ジョニー
第14章
「兄ちゃん、あの光は何?」
太陽が沈みかけた、ニュージーランドの上空に、フラッシュをたいたような、白い光が、地平線上のあちこちに、見えていた。
「何だろうな?」
シェリーの兄、ジョニーが頭を右左に動かしながら言った。
やがて太陽が沈み、一番星が見える時間を迎えた。
「あれ~ 空全体が、緑色に光ってない?」
シェリーの目が、夜空に広がる、緑色のベールを捉えた。
謎の発光が起こるたびに、空全体がパッと、緑色の光に覆われているのが見える。
「今夜はおかしな物が見えるな、地震でも起こるのかな? そろそろ晩御飯にしよう」
ジョニーには空の異変は、あまり興味がないようだ。
それよりも、家の中にいる母親を気にかけていた。
「シェリー、中に入るぞ」
「分かった、兄ちゃん」
ここは、ニュージーランド北島のオークランド、この国には、核はない。
停電もしていなければ、死の灰も降っていない。
この国にはなんの被害もない。
ただ、この国を核爆発の被害から、守っていたのは、緑色をしたシールドだった。
何故、守られているのか不明だ。
何者の仕業かも不明だ。
ただ、人間の仕業ではないのは確かだ。
「ジョニー、外で何をやってたの」
ジョニーの母親、カイヤが衰えた体を動かして、冷蔵庫から、冷えた水をテーブルに置いた。
「何だか知らないけれど、夜空が光ってるんだ」
ジョニーがそう言うとカイヤは、
「今日は花火でもやってるの?」
と言った。
テレビの前ではシェリーが、やたらとチャンネルを変えている。
「兄ちゃん、衛星放送が全然、映らないよ!」
シェリーがリモコンのボタンを、何度も衛星放送のチャンネルに合わせて押しているが、何も映らない。TV画面は、ホワイトノイズだけが映っている。
「どれどれ」
ジョニーは、シェリーからリモコンを受け取り、衛星放送の番組表を出そうとするが、
「ただ今、接続出来ません。アンテナが接続されてないか・・・・・・・」
と画面にメッセージが出るだけだ。
「おかしいな、昨日まで映っていたのに」
ジョニーは一応、アンテナの端子を確認したが、ちゃんとつながっている。
全局同時に、メンテナンスなんてないだろと、ジョニーは首をかしげた。
テーブルに座って食事をしていたが、ここからでも、少し離れた所にある窓から、白い発光が時折、見える。
「お母ちゃん、見える? 光っているの?」
シェリーが母親に聞くと、
「何か、光ってるみたいね。花火かしら?」
ジョニーは、母親を外に連れ出したかったが、母親は足が弱っており、あまり家の外には、出たがらなかった。ジョニーはそれをよく知っていたし、心配も していた。
ジョニーは今年で55歳、母親は83歳になる。妹のシェリーはジョニーより、3歳下で52歳だった。ジョニーもシェリーも結婚した事がなかった。父親は2年前に他界していた。
今は、母親と3人で暮らしている。ジョニーとシェリーは3年程前から働いていなかった。今まで蓄えた貯金と、母親の年金だけで生活していた。近くにジョニーの友達、ハルトが住んでいる。
ジョニーの携帯が鳴った。
メールだ。
「ジョニー、外に出て見ろ。何か光ってるぞ!」
ハルトからのメールだった。
さっさと食事を終えると、ジョニーは自分の食器を洗い、
「ハルトの所に行って来る」
と言い、ハルトの家に向かった。
歩いていると、ハルトの姿が見えた。ハルトの家までは距離にして500m程しか、離れていない。
ハルトが声をかけた。
「俺の家に来いよ」
ハルトの家は建て替えたばかりで、ハルトと奥さんのガルシアとの共同設計だった。特に2階のバルコニーが広く、バーベキューパーティーが出来た。また、寝そべると、夜空の星がよく見える。
ハルトの自慢の家だ。
「行くよ」
ジョニーがそう返事すると、ハルトはジョニーが来るまで待って、一緒に歩き出した。
ハルトの家に着くと、2階のバルコニーへと上がった。
バルコニーに出ると2人は、寝そべった。
「なぁ、よう見えるだろう」
ハルトがジョニーに言った。
「楽ちんだな、空がよく見える」
ジョニーはそう返事すると、腕を組んで、枕代わりにして寝そべった。
「あっ、光った」
ハルトが言った。
寝て星空を見ていると、目の死角に入っていても、隅の方で、光っているのがよく分かる。
「何だか、空が緑っぽいな」
ハルトは勘がよく、空の異常にすぐに気付いた。
「おかしいぞ」
ジョニーはハルトの言う緑色にまだ、気付いていない。 聞き流していた。
ハルトは体を起こして、まだ、空の異常に気付かないジョニーに言った。
「オーロラが見える場所でもないのに、空全体が緑色に光ってるぞ! ジョニー、よく見てみろ!」
ハルトに言われるとおりに、ジョニーは目をこらして夜空を見た。
2人は黙ったまま、夜空を見た。
そして、見始めてから10数分程すると、白い発光は見えなくなった。
やがて目が、暗闇に慣れたのだろう、ようやく、ジョニーにも空全体が、緑色に光っているのが、はっきりと見えた。
「なんじゃ、こりゃ? オーロラ、いや、違う、空が光っている!」
少し興奮ぎみにジョニーが言った。
そしてジョニーは体を起こして、立ったまま空を見上げた。
そして、
「天文台に電話してみる」
ジョニーはそう言うと、ポケットから携帯を出した。
彼は、自慢の天体望遠鏡を持っていて、分からないことがあると、各地の大学や、天文台に電話したことがある。
マウントジョン天文台を、電話番号グループの科学から検索した。
ニュージーランドで、最大の望遠鏡がある所だ。
そして電話した。
「プー、プー」
話し中だ。
数分待ってもう一度、電話した。
「プー、プー、プー」
やはり、まだ話し中だ。
仕方なく、ジョニーは一番近くにある、スタードーム天文台に電話した。
この天文台は以前に電話したことがあるが、なかなか電話に出ない所だ。呼び出し音が、10回程鳴って、やっと出た。
「はい、こちらスタードームのフランクです」
繋がった。
ジョニーは少し、興奮ぎみで言った。
「ノースランドに住むジョニー・ウィルソンと言う者です。空を見ていたのですが、ちょっと前まで不思議な白い光がよく見えたんです。今はみえませんが・・・・・・」
「それで」
天文台のフランクは、更に尋ねた。
「白い光は見えなくなったのですが、空を見ていると空全体が緑色に、光っているんです」
ジョニーはフランクの返事を待った。
「そうですか、やはり君たちにも見えますか」
「やっぱり、そちらの天文台でも、見えるんですね」
フランクは、日が沈むずっと前から、異常を観測していた。
「君は異常を知らしてくれた最初の人物だ。私はずっと前から異常を観測して、関係機関、各天文台、大学に連絡して、異常の詳細を報告していたところでした」
「関係機関? 大学?」
ジョニーはこの言葉を聞いて、ただ事ではないと、感じた。
「異常って、空以外にも何かあるんですか博士?」
ジョニーの質問に、フランクは戸惑って、すぐには答えなかった。
数秒間、無言状態が続いた。
そしてフランクは話す事にした。
最初に電話をしてくれたから少しくらい、いいだろう。
それに、聞いたことがある声だ。
彼になら少しは、話してもいいだろう。
「実は夕方前から、衛星通信や海外の短波放送、それに国外への電話が、一切途切れているんだ」
これを聞いてジョニーは、衛星テレビが全チャンネル映らないのを思い出した。
「一体、どう言う事ですか?」
するとフランクは話出した。
「いずれ、誰もが知る事となるだろうが・・・・・・」
そう、前置きして、
「まず、外国の短波放送、衛星放送が午後4時から突然、一切入らなくなり、その後、国内の衛星放送も見れなくなった。もちろん、国外への電話も一切通じない。アメリカやイギリスだけでなく、全ての国でだ」
「そ、そう・・・・・・」
ジョニーは話そうとしたが、フランクはそれを無視して話を続けた。
「そちらでも見えたと思うが、あの白い閃光が見え始めてからだ」
「そちらでも見えただろう?」
フランクの質問にジョニーは、
「その事で電話したんです。白い光と何か関係があるんですか?」
ジョニーが核心を突いた。
すると、フランクの声の調子が急に変わった。
「あの白い閃光は、核爆発だと私は考えている」
フランクから、突然出た言葉にジョニーは、
「まさか?」
と頭から信じなかった。
「核爆発って核ミサイルの?」
ジョニーは、思いついたままを言った。
だが、フランクは冷静だった。
「ミサイルとは限らんが、あの閃光は核爆発に間違いない」
そこまで話して、フランクは電話をかけてくれたこのジョニーと言う人物に、これ以上、自分の意見を話すのはやめようと思った。
政府機関でさえ、通報した時に、核爆発については全く、信じてもらえなかったからだ。
「ジョニー、私が言えるのはここまでだ。後は政府が多分、教えてくれるだろう。政府発表があるまで、この事は他の人には言わんでくれ、パニックが起きかねないからな、気を付けろよ。それじゃ」
フランクは電話を切った。
ジョニーはまだ聞きたい事が沢山あったが、仕方なく携帯をポケットに入れた。
「ジョニー、核爆発ってどう言う事だ!」
ハルトに聞かれてジョニーは、フランクの言った事を話した。
「フランクの話では、あの白い光は核爆発だと言うんだ」
ジョニーは半信半疑で言ったが、
「あの白い光が全部、核爆発って言うのか?」
ハルトが敏感に反応した。
「そう」
ジョニーが言うと、
「そ、そんな、バカな!」
ハルトには、信じ難い話だった。
あれほど、そこらじゅうで、光っていたんだぞ、ハルトはそう思いながらも心の中で、そんなバカなを繰り返していた。
「僕もハルトと同じだ。フランクの言った事は信じられない。あの光が全部、核爆発としたら、世界中で核爆発が起こってると言う事だ。こんな、バカな話はない。でも・・・・・・」
必死で話しているので、喉が渇いてきた。
だが、ジョニーは話続けた。
「フランクが言うには、あの光が核爆発で、4時頃から外国の短波放送、衛星放送が一切、聞こえなくなり、映らなくなった、と言ってた。外国との電話も、一切通じなくなったとも言ってた。確かにフランクの言ってた通りに、僕の家では、衛星放送が全部のチャンネルで、映らなくなったよ。外国の衛星放送は、どうかは知らないけど、確かに衛星放送は映らなくなった」
それを聞くとハルトは、バルコニーから出て、リビングルームに行くと、テレビのリモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。
すると、
「衛星放送は今、入らないよ」
キッチンに立っていたハルトの奥さん、ガルシアが一言、軽く言った。
テレビが映ると、ハルトは衛星放送にチャンネルを変えた。何も映らない。他の局にしたが同じように何も映っていなかった。衛星放送の、番組表を出そうとするが、出ない。画面にあるのは真っ白なホワイトノイズだけだった。
「ジョニー、衛星放送がみんな入らない、国内放送は入っているのに、なぜ衛星だけがはいらない。大雨も降っていないのに」
ジョニーは既に、自宅で衛星放送が入らないのを、知っていたので驚かなかった。
「やっぱりな」
そう思いながら、ジョニーは国内の衛星放送が、入らない理由を捜していた。
信じたくはないが、海外の短波放送が聞こえなくなったり、海外に電話が通じないのはフランクの言う、核爆発が原因なら、筋が通る。
しかし、国内の衛星放送が見れない理由にはならない。もし、自分の国に核爆弾が落ちたら、テレビも電話もダメになるだろう。まぁ、それどころではすまないだろう。
しかし、それにしても、世界は全面核戦争など、起こる雰囲気は全然なかった。ただ、ニュースやインターネットで、世界各地で、小さな戦争が起こっているのは、知っていたが、小火器での戦闘で、核兵器を使うような大規模な戦争になっていない。
もし、核兵器が使われたとしたら、アメリカに対するテロくらいしか思いつかない。
今は、大国どうしでの核兵器の使用は、全面核戦争を意味する。そんなことをするはずがないと、思っていた。
しかし、白い光をたくさん見た。この事がジョニーの頭に大きく引っかかっていた。
ジョニーもリビングに入った。
「テレビで緊急放送も何も、やっていない」
ハルトはチャンネルを変えたが、いつもの番組がやっているだけで、平和そのものだ。
「ジョニー、核戦争が起こっているなら、緊急ニュース速報があるだろう、でも何も出ていないぞ」
ハルトの核戦争という言葉に、ガルシアが驚いた。
「核戦争ってどう言う事?」
「今はまだ、何も言えない」
ハルトの返答にガルシアは、
「何も言えないって核戦争と言ったでしょう!」
ガルシアは食い下がった。
代わりに、ジョニーがわけを話す事にした。
ガルシアはハルトの奥さんではあるが、ジョニーの古い友人でもあった。
「さっきまでハルトと一緒に、空を見てだが、白い発光がそこらじゅうで、見えていた。今はもう、見えないけど、それで僕がそのことを天文台に電話したら・・・・・・」」
ガルシアは黙って聞いていた。
「天文台の人が、あの光は核爆発だと言うんだ。それに外国に電話も通じないし、外国の短波放送も聞こえなくなったと僕に話してくれた」
ジョニーは隠そうとはしなかった。
「そうすると、外国で核戦争が起こっているの?」
ガルシアの素直な疑問にジョニーは、
「僕にも分からない、天文台の人は、パニックが起こるから、誰にも言うなと言われた。でも、テレビは何も言ってないだろ?」
と言い、ジョニーはこれ以上、答えられなかった。
すると、
「お母さん、空が緑色に光ってるよ」
娘のキンバリーが、3階から降りて来て言った。
「やっぱり」
ハルトが言った。
そしてガルシアはバルコニーに、出ていった。
「見える、見える。私にも見える。空が緑色になってるよ!」
キンバリーも一緒に見に行った。
「緑だ、緑!」
キンバリーの明るい声が、救いのように、ジョニーには思えた。
ジョニーもバルコニーに出た。
綺麗な夜空に、薄い緑のベールが、かかっているのが、はっきりと見える。核爆発と言う事を、聞かなければ、珍しいオーロラが、見えていると思っていただろう。
ジョニーは直感的に核爆発が起こったと、自分自身でも理由はわからないが、確信し始めた。
ハルトもやって来て、
「これから先、僕らはどうなるんだろう」
ジョニーも同じようにこれから先、何が起こるのかと思った。