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ヒューマン・ビーング  作者: マーブ
10/35

被爆

第10章 



 世界の先進国と言われる国は、核爆発でそのほとんどが消滅し、そして隣接する国には人間を含め、全ての生物が絶滅するのには、あまりにも多すぎる、放射性物質が降りそそいでいた。


 核とは縁の遠いアフリカでも、大量の放射性物質が降りそそいでいた。内戦が、泥沼化している国々にも、地球規模の核の異変は、例外なく、襲いかかっていた。


 「あの光は何なんだ?」

 日の出前の、荒れ果てた市街地に、潜んでいた兵士は言った。


 「分からん、何かの爆発か、それとも雷か?」

 右頬に、深い傷跡がある、仲間の兵士が、半信半疑で答えた。


 このあたりの戦闘はストップしていた。


 原因は海からの謎の、発光のせいだった。光ると戦闘地域全体が白い光に包まれる。戦闘状態とは言え、敵味方関係なく誰もが、尋常な事ではないと思っていた。そして、ほとんどの兵の銃口は、敵にではなく、地面に向けられていた。


 あたり一面は瓦礫の山だ。


 数えきれない程の、銃弾の後が、瓦礫となった建物に刻み込まれている。

 皮肉にも、この場所はまるで、核が爆発した後のようだった。ここでは核の爆発は必要ない。人と人とが、絶えず爆発し合っている。


 しかし、今は近くでも、遠くの方でさえも銃声は、聞こえてこない。


 「あの霧は一体?」

 敵の1人が、瓦礫から頭を出して、こちらにも聞こえる程の大声で言った。


 右頬に深い傷跡がある男は、無防備になって見えている、敵の頭を撃ち抜こうとはしない。敵と同じように、振り返って海側を見た。この狙撃兵は、ハッサンと呼ばれていた。ハッサンは、あの光の正体は核爆発ではないかと、昨夜から疑っていた。


 「核兵器など、使うはずがない」


 長い間、戦闘をして、多くを殺した。

 だが、核兵器で攻撃などあり得ん。ハッサンでさえ、こう考えた。そして顔を上げて、再び海の方を見た。


 時間は午前5時過ぎだ。


 「そろそろ太陽が出る頃だ」


 ハッサンは、目を凝らしてよく見ると、敵が言ったように霧が見える。その後ろには、太陽らしいものも、ぼんやりと見える。


 ここ、モガディシュは海のそばの町だ。いつもなら太陽が昇ると、エメラルドグリーンの美しい海が、見える。しかし、ここ何年かは、海が綺麗だとはハッサンは思わなかった。頭にあるのは海ではなく、海岸に横たわる、同胞の無残な死体の記憶だけ、だった。


 「今日は何かがおかしい。海が見えない」


 ハッサンは、霧のようなものが、こちらに向かって来るのが、はっきりと見えた。


 「あれは何だ。こっちに向かって来るぞ!」

 ハッサンの後ろに、ついてた仲間のアリが言った。


 向こうにいる敵も、海の異変に気付いて、ざわめいている。

 そうしていると、いきなり焼けるような、熱い風が吹いて来た。


 「なに!」


 まるで爆風だ。


 それもとてつもない爆風だ。


 ハッサンは反射的に、身を隠した。


 そしてアリの頭を押さえて、

 「頭を下げろ!」

 と大声で言った。


 アリが頭を下げると、熱風に続いて黒い霧のようなものが、あたり一面を覆った。

 1メートル先も見えない状態になった。


 すると、

 「ハッサン、何だか喉が痛いよ」

 アリが言った。


 「俺も喉が痛い」

 ハッサンは長袖の袖の部分で、口と鼻を覆いながら言った。


 「ハッサン、毒ガスか?」

 アリも同じように、口と鼻を覆いながら言った。


 「バカ、あいつらも霧の中だぞ!」

 ハッサンは目の前で、敵の兵士も、霧に覆われているのを見て言った。


 「ハッサン、体中がチクチクする」

 アリの言うとおり、ハッサンも同じように体中がチクチクと、痛みに襲われた。


 敵が毒ガスを使うはずがない。

 敵の兵士も同じように霧の中だ。

 敵も、仲間を道連れにして、殺すようなことは決してしない。

 これまでもそうだった。


 「しかし、この痛みは・・・・・・」

 ハッサンは全身の痛みをこらえながら、


 「この霧は、ただの霧ではないぞ!」

 と身の危険を感じた。


 「アリ、ここから撤退するぞ!」


 ハッサンはこう言いながら、銃でアリの肩を押し撤退を急がせた。


 前方は黒い霧でほとんど見えない。

 敵に見えないのは好都合だが、こちらも敵が見えない。 狙撃される恐れはないと思うが、建物に沿ってゆっくりと、後方の部隊へ目指した。

 黒い霧に覆われてから、体中や喉の痛みもあるが、しばらくの間、歩いていると、なぜか息苦しくなってきた。


 「やはり、毒ガスなのか?」

 ハッサンはしだいに、そう思うようになった。


 「胸が苦しい」

 と胸を押さえたまま、アリが突然、倒れこんだ。


 「アリ、大丈夫か?」

 ハッサンがアリを、両手で支えながら言うと、


 「ハッサン、息が苦しい。もう、これ以上歩けない」

 アリが苦しそうな声で言った。


 「俺も同じだ、息苦しい。アリ、しっかりしろ! ここにいると2人共、死ぬぞ!」


 アリはもう、立てそうにもないので、ハッサンはゆっくりと地面に寝かせた。


 「ハッサン、やっぱりあれは、敵の毒ガスじゃないのか?」


 これを聞くと、

 「バカ言え! 敵が味方を殺すようなまねをするか!」


 ハッサンは部族こそ違うが、敵が自分の仲間を殺してまで、我々を殺すはずがないと信じていたし、実際そんな話は今まで、聞いた事もなかった。


 しかし、この黒い霧は間違いなく毒ガスだ。


 時間と共に、体の自由を奪われていく、ハッサンは確信した。


 「アリ、頑張って起きろ! この辺はヤバイ!」


 ハッサンはこのままでは、アリと共に死んでしまうと判断し、早く、この地区から脱出しようとした。


 「ハッサン、息が苦しくて、苦しくて・・・・・・」

 アリは口を大きく開いて、肩で呼吸をしていた。


 そんなアリを見てハッサンは、アリを背負う事にした。

 ハッサンは自分の銃を地面に置き、アリを背中に背負おうとした。


 すると、

 「アリ、銃は置いていけ!」

 とハッサンが言うと、

 「ハッサン、銃がないと撃ち殺ろされる」

 アリは不安そうに言った。


 が、

 「敵の兵士も俺達と同じさ、俺達を撃ち殺す余裕はないさ」

 苦笑いしながらハッサンは言った。


 そしてアリを背負って、歩き出した。

 アリを背負ってから、1時間程歩いたところで、ハッサンは小石につまずいて、前のめりに倒れてしまった。 

 ハッサンは倒れたまま、アリを背負っていた。


 「あっ」


 目の前に、敵の兵士が同じように倒れている。

 一瞬、身構えたが動きがとれない。

 アリが背中にいる。


 しかし、よく兵士を見ると動きがない。

 死んでいるようだ。

 アリをゆっくりと背中から下ろし、敵兵を仰向けにした。

 銃創はどこにもない。


 「あの黒い霧で死んだのか?」


 そうすると、こちらも本当にヤバイ、


 こちらも同じように、あの黒い霧を吸っているからだ。 目を閉じて、肩でやっとのことで、呼吸をしているアリに声をかけた。


 「アリ、起きろアリ、起きてくれアリ!」

 しかし、呼吸はしているものの、アリは目覚めない。


 「アリは置いていけない、しかし、このままでは俺まで動けなくなる」

 ハッサンは2人共、ここで死んでしまうのを恐れた。 


 周りはあの黒い霧で包まれている。

 この先、どこまで黒い霧が続いているのか、分からない。


 「アリ、よく聞いてくれ、お前は歩くことが出来ん。俺もやっとのことで歩いている。アリ、悪いがここで待っていてくれ、後方の仲間を連れて必ず、戻ってくる」

 とハッサンは言うと、アリの手を力強く握ったが、アリは握り返してこなかった。


 「かなり、弱ってる。早くここを脱出して、後方の仲間を連れてこなければ」

 そして上着を脱ぎ、アリの口元までその上着を、かぶせた。


 「アリ、必ず戻るから死ぬなよ!」

 そうハッサンは言うと、銃を置いたまま、上半身裸で歩き出した。


 胸の痛みはいっそう増した。息をするたびに、胸に痛みが走る。いくら歩いても、黒い霧は消えそうになかった。途中、敵兵士の死体、同胞の兵士の死体を10数体見かけた。


 どの死体にも銃槍はなかった。

 「一体どうなてるんだ? どこまで歩いてもこの黒い霧はなくならないぞ!」

 ハッサンは歩き続けた。


 全身の皮膚がチクチクと痛み、喉も痛みが増した。


 肺がこの霧にやられたのだろう。


 息苦しい。


 「毒ガスならなぜすぐに死なない!」


 今まで毒ガスをくらった事はないが、この黒い霧を吸ってから1時間は過ぎている。


 「しかし、どう考えても、敵が味方を道連れにして俺達を殺すはずがない。それに今朝のあの光、方角からしてアラビア半島か、インドだ。そんな所に核攻撃をする理由がない。おかしい」


 しだいに、意識が遠のく感じがしてきた。


 「だめだ。まだ、倒れる事は出来ん。アリを置き去りにしたままだ!」

 ハッサンは倒れようとする自分と、倒れまいとする自分と戦っていた。


 しかし、このまま、倒れたほうが楽だ。

 そうするうちに、前方に人影が薄っすら見えた。

 「着いた!」


 そう思うと、一気に力が抜け、ハッサンはその場に倒れこんだ。


 どれくらい時間が経っただろうか、どうやら気絶していたようだ。ハッサンは頭を少し上げ、右目で周りを見たが、人の姿のようなものは見えるが、動きがない。それに自分を助けに来る者もいない。


 すると、

 「ハッサン、大丈夫か?」

 倒れているハッサンを見て、同胞のヌルディンがゆっくりと近づいて来た。


 「ハッサン、俺だ。ヌルディンだ。聞こえるか!」

 ヌルディンはハッサンを、抱きかかえて言った。


 「ヌルディン、お前なのか」

 「そうだ。俺だ」

 ハッサンは、ヌルディンのガスマスクを見て、


 「やはり、敵が毒ガスをまいたのか?」

 ヌルディンはすぐには返事しなかった。


 そして、

 「ハッサン、これは敵の攻撃ではない」

 ヌルディンが言うと、


 「お前らがやったのか?」

 とハッサンが言うと、


 「まさか、同胞を殺すようなことはせんぞ! それに毒ガスなど持っていない。俺達にはこの銃だけだ」


 そしてヌルディンは上着を脱いで、

 「ハッサン、これが見えるか?」


 ハッサンの目には、ひどい日焼けをしたように真っ赤になった、ヌルディンの上半身が映った。


 「どうしたんだその体は?」

 ヌルディンは答えた。


 「これは毒ガスではない」


 「じゃ、生物兵器か何かか?」


 ハッサンは驚いて聞き返した。


 「まさか、俺にも分からない。この黒い霧が一体なんなのかは?」

 ヌルディンはハッサンの腕をまくって、


 「見ろ、お前も同じだ」


 ハッサンは自分の腕を見せられて、初めて体の痛みの正体が分かった。

 ヌルディンと同じように真っ赤になっている。


 それにひどく腫れている。


 「ヌルディン、アリが待っているんんだ」


 「どこで?」


 「そうだな、歩いて3時間くらいの所だ」


 ハッサンが言い終わると、ヌルディンは言った。


 「ハッサン、アリはあきらめろ」


 ガスマスクをしていても、ハッサンには、ヌルディンの悲しげな表情が分かった。


 「ハッサン、すまない。ここも全滅なんだ!」


 ヌルディンの言葉を聞いて、ハッサンはガクッと力が抜けた。


 「アリ、すまない・・・・・・」

 ハッサンにはもう、アリを助けに戻るだけの体力は、なかった。


 「ここにも俺と同じように、体中が赤く腫れあがり、肺がやられ、息が出来なくなって、ほとんどの奴らは倒れたままで、動けなくなっている」

 ヌルディンはこう言うと、ガスマスクを外した。


 「ヌルディン、何をする! やめろ!」

 ハッサンが驚いて言った。


 「ハッサン、これを付けていてもいなくても、同じなんだ。このマスクは化学兵器用だが、これをかぶってもダメなんだ」


 ヌルディンは自分の顔を、ハッサンによく見せた。


 「こ、これは!」


 ヌルディンの顔が体と同じように、赤く腫れているのを見て、ハッサンは驚いた。


 「その顔は一体! どうした!」

 ハッサンは声を上げた。


 「ハッサン、このガスマスクではダメなんだ!」


 ヌルディンは、手に持っていたガスマスクを、地面に叩きつけた。


 「この前線基地はおしまいだ。皆、体中が赤く腫れ上がり、そしてしばらくすると、痙攣を起こして死んでいく。この黒い霧は一体何なんだ! 敵も同じように死んでるぞ! 無線も故障して通じない。衛星電話も通じない。本隊もどうなっているか分からない。同じように全滅してるのかも」


 ヌルディンは怒りをあらわにして言った。


 ハッサンはただ、聞いているしかなかった。ハッサン自身も、この黒い霧の正体を知らなかったからだ。


 この黒い霧の正体は、核爆発で作られた死の灰だった。

 出処はインドだった。


 インド各地に、建っていた原子力発電所が、途方もない熱核爆発を起こし、その時に、作られた大量の放射性物質がこの黒い霧の正体だった。その量は地球規模での、生物絶滅に十分に、たりる量だった。

 そして、インドが保有していた核ミサイルは全て、パキスタンに降り注いでいた。


 ハッサンやアリ、ヌルディンや多くの兵士の体が、赤く腫れ上がったのは、短時間に、多量の放射線に被曝したからだった。日焼けと同じだが、日焼けと違うのは死ぬほど体が、焼かれたのだ。


 ヌルディンがガスマスクを付けていても、顔中が赤く腫れ上がったのは、放射線が、ガスマスクを容易に突き抜けた結果だ。厚さ30cmの鉛で、作ったガスマスクなら、放射線は防げるだろうが、マスクの重さは数100キロにもなってしまう。こんな重いガスマスクは到底かぶっていられない。


 この放射線によって、短時間で中枢神経系に直接障害を起こし、そして脳がダメージを直接受け、脳みそ自身が腫れ上がり、それが原因で、全身の痙攣を起こして短時間で死んでしまう者もいる。


 それでも、生き残った者は、すでに全ての臓器にダメージを受けている。

 致命的なのは、細胞の再生能力が、なくなってしまっている事だ。放射線によって、細胞の中にあるDNAが、破壊されてしまう。DNAは、細胞を作るための設計図だ。この設計図が無いと細胞は作れない。その結果として、焼けただれた皮膚や臓器は、再生出来ずに、結果的に死にいたる。


 人間や多くの哺乳類の場合、死ぬほど放射線を浴びると、約4週間程で死んでしまう。放射線の恐ろしさは人間の場合、死ぬほど浴びても、浴びた直後は、体には何の変化もないところだ。死ぬほど浴びた本人も、元気そのものだ。ただ、浴びた時点で、4週間後には必ず死ぬ事が決まってしまう。避ける事は決して出来ない。

 もう、お前は死んでいるのだ。


 これは冗談ではない。


 もっと、具体的に説明すると、4週間後に死ぬのは、お腹にある、小腸内部の細胞再生能力が死ぬほど放射線を浴びた時点で、なくなっている事が原因だ。普通なら小腸の内側の細胞は日々、新しい細胞に変わっている。


 しかし、ひとたび多量の放射線に被曝すると、小腸内部の、細胞の再生能力がなくなってしまう。そうなると口から食べた物は、小腸で栄養や、水分が、吸収出来なくなる。その結果、食べ物が消化出来なくて、下痢を繰り返し、体力が極端に低下する。細菌にも簡単に、感染するようになる。そして多くは、4週間以内に死んでしまう。


 いずれにしても、このようなレベルの放射線を、一度に浴びると、短時間で死ぬか、4週間以内に死ぬしかない。地球に住んでいる人類が、絶滅するのは時間の問題だろう。


 突然始まった、地球規模の核爆発では、世界各地から、とてつもない量の、放射線を放出し、莫大な量の放射性物質を、地球上にばらまいた。

 人類が絶滅するだけではなく、放射線の被曝に強いと言われる、ウィルスでさえ、生き残れなくなってしまったのだ。


 やがて、全ての生命体が地球上にいなくなって、しまうだろう。


 さらに、地球上に降り積もった放射性物質は、永遠と思われる間、放射線を出し続ける。なぜなら、核兵器や原子力発電所が核爆発を起こした後に、残ったウラン238と言う物質一つでさえ、放射線を出す量が、半分になるまでには、44億年もの時間を必要とするからだ。


 太陽系が作られたのは50億年前だ。時間のレベルが桁違いに大きい。こんな途方もない、危険な物質を人間は後先考えずに、作ってしまった。核に異常が起こり、核爆発を起こしたのは、人間への罰なのであろうか、それは分からない。

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