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『お試し下さい。』

『お試しください。』 =スッキリ爽快シャンプーの巻=

作者: 桃色 ぴんく。

          シャアアアアアアア――――――――



 坂下頼子さかしたよりこは、出てくるシャワーの下に頭を突っ込んで、顔面にお湯を受けたまま、”今日あったこと”を思い出していた。




 今日は、部長に嫌味を言われた。

『君の企画書はどうもイマイチなんだよねぇ。お茶を入れるのは上手なんだけどねぇ』

 部長の四角い眼鏡がキラッと光る。なんとも言えず、憎たらしい顔付きだ。



「・・・ぷはっ」


 頼子は、シャワーの外へ顔を出した。だめだ、息が持たない。こうやって、嫌なことがあると、頼子はいつも長い時間シャワーに打たれっぱなしになるのだ。そうすることで、なんとなく嫌なことが流れて行く気がするから。お茶を入れるのが上手になったのは、なかなか企画に参加させてもらえなくて、お茶くみばっかりさせられていたから。企画書が認められないのは、確かに私の勉強不足もあるかもだけど、それ以前に、企画書に目を通す部長に【女のくせに】みたいな偏見があるから。



           シャアアアアアアア――――――――



 頼子は、シャンプーを手に取り、地肌からマッサージしながら髪を洗い始めた。最近は、こういう【地肌シャンプー】みたいなのがよく出ているが、なんとなくもっとスッキリするようなのが欲しい。美容院で丁寧に洗ってもらった時のスッキリ感を、自宅でも簡単に体験出来るような優れたシャンプーとかないのかしら。まぁ、シャワーで少し今日の嫌なことも流せたし、後で企画書練り直そう・・・





 数日後。結局、企画書を認められたのは、頼子の後輩の中村なかむらという男だった。

「良かったわね」

 可愛い後輩の頑張りに頼子はそう言ったが、やはり自分の企画が通らなかったことでダメージも受けていた。早く帰ってシャワー浴びてスッキリしたい。頼子はそんなことばかり考えてその日を過ごした。




 その日の夜、仕事から帰った頼子がポストを覗いたら、小さな包みが入っていた。

「何かしら?」

 宛名も差出人も何も書いていない。気味が悪い・・・けど、気になったので頼子は家の中に持って入り、包みをそっと開けてみた。

「シャンプーだわ」

 新しいシャンプーの試供品なのか、小さいボトルが1本包まれていた。シャンプーのボトルには、

【驚くほど汚れが落ちて気分爽快!3回洗えば、きっと誰もが虜になります!】

と、書かれている。

「TORIKO・・・虜シャンプーか」

 見る限りでは普通のシャンプーだ。1本しかないところを見るとトリートメントが入ったタイプなのかも知れない。私の家のポストに入ってたんだし、使ってもいいかな。頼子は今夜、このシャンプーを使ってみることにした。


    


             シャアアアアアアア――――――――




 いつものように、しっかりとお湯で髪を流し、頼子はTORIKOシャンプーを手に取った。手のひらで泡立てると、しっかりとしたクリーミーな泡が立った。

「すごい・・・きめ細やかな泡だわ」

 頼子は泡立てた泡で頭を包み込むようにしながら髪を丁寧に洗った。お風呂の鏡に映る自分を見ながらゴシゴシとシャンプーしていると・・・

「え・・・?」

 頼子の頭の上の白い泡の中から、文字が浮いてきた。

「えっ・・・なに・・・?タ・・・?」

 確かに文字のように見えるが、はっきりと読み取れない。頼子はお風呂の鏡に顔を近づけてみた。自分の頭の泡の中に、『タバコ』という文字が見えた。

「えっ???なにこれ・・・」

 文字は他にも浮き出てきた。

『ホコリ』『アブラ』『スプレー』

 さらには

『ヨワネ』『グチ』『イヤミ』

などの文字も浮き出てきた。

 そして、その文字はシャンプーの泡にまみれ、だんだんと消えて行った。




            シャアアアアアアア――――――――



 TORIKOシャンプーで洗い、髪を流すと、今まで感じたことのない爽快感を感じたのだった。

「すごい・・・」

 髪に付いた汚れだけじゃなく、心のモヤモヤも洗い流してくれるんだわ。頼子はこの試供品シャンプーの通常サイズの商品が欲しくなった。

 けれど、どこを見ても販売元や連絡先は書いていない。ネットでも検索したが、全く引っ掛からない。おかしい・・・こんなすごい商品なら爆発的ヒットになるはずなのに。

「試供品のボトルじゃ3日ぐらいしか持たないなぁ・・・」

 こんなにすごいシャンプーに出会えたのに、どこにも売ってないなんて・・・頼子は日にちを置いて3回洗おうかとも思ったが、早く使わないとスッキリ効果も薄れる気がして、3日連続で使ってみることにした。




 翌日。会社に行くと、企画書を認められた中村が言ってきた。

「あれ?先輩、いつもと何か違いますか?化粧かな?」

「なに?何も変わらないわよ」

「そうですか。なんだか昨日に比べて数段美しくなってる気がします」

「なによ?あなたがそんなこと言うなんてめずらしいわね」

 中村はマジメ人間で、女性に対してそういうことを言う人間ではないはずなのに。そう思っていると、今度はお茶を持ってきた新人の川上幸恵かわかみゆきえが声をかけてきた。

「おはようございます。頼子先輩、美容院行かれました?」

「え?行ってないけど、どうして?」

「ええ?そうなんですか?髪がすっごいツヤツヤですよ?」

 幸恵に言われて、気になった頼子は、机に置いてある小さい鏡を覗き込んだ。気が付かなかったけど、本当だわ。髪に綺麗な天使の輪が出来ている。

「最近ミネラル摂ってるからかしら」

 などと適当に返して、仕事に集中した頼子だった。





「坂下くん、ちょっと来て」

 部長のいつもの意地悪が始まった。こうして私を呼んでは、書類のダメ出しをするのが部長の日課なのだ。けれど、頼子にはTORIKOシャンプーがある。ちょっとぐらい嫌味を言われたって、あの爽快感で癒されるのだ。

「はい」

 部長の元に頼子が向かった。部長は、いつものように書類を見て、横で立っている頼子を見上げて・・・

「坂下くん・・・ここが・・・」

と、何か言いかけたが、急に口をつぐんだのだった。

「ここが、何でしょうか」

と、頼子が聞き返すと、少し照れたような顔をして

「いや、私の間違いだったようだ。戻っていいよ」

と、何も言われなかったのだった。頼子は拍子抜けした感じがした。いつもなら、しょうもないミスを何が何でも見つけて嫌味を言ってくるのに、今日はどうしたんだろう。





             シャアアアアアアア――――――――





 2回目のTORIKOシャンプーで髪を洗ってみる。『タバコ』や『ホコリ』などは毎日文字が見えるようだ。今日は昨日のように『イヤミ』の文字はなかった。それでも、洗い終わるとあり得ないぐらいの爽快感だった。





 翌日、会社に向かう頼子を道行く人がみんな振り返る。

「なんなのかしら・・・私、顔に何かついてるのかしら」

 慌てて家を出たから身だしなみがおかしいのかと頼子は不安になった。会社についてすぐにトイレに駆け込む。

「別に大丈夫よね」

 鏡に映った自分を確認するが、何もおかしいところはない。不思議な気持ちで、自分の机に向かうと、ここでもまた社内の人がみんな振り向く。何なの・・・?

「おはようございます・・・」

 語尾が小さくなるような言い方で、幸恵が挨拶してきた。

「おはよう、なぁに?元気ないわね」

「いえ・・・頼子先輩、どうしてそんなに美しいんですか?」

「ええ??」

「昨日よりも女らしさが増したような気がします」

「ええ~?なにそれ?別にいつもと変わりないけど」

 そんなやりとりを幸恵としていたら、頼子はふと視線を感じた。ああ、この感じ・・・きっと部長が私を呼ぶんだわ。頼子は部長の方をちらっと見た。すると、部長は『ハッ』となった様子で、慌てて顔をそむけた。ええ???あの部長が何も言ってこないの・・・?




 その日は仕事もやたらとうまく行った。難しいと思われていた商談に、部長が頼子をお供に抜擢したところ、トントン拍子で話が進み、見事に大きな契約を取れたのだった。あんなに私をいじめてきた部長が私を横に付けることもおかしいし、何より先方のお偉いさまが私の顔を見て、『あなたがいるならぜひ!』と言ってきたのも意味がわからない。

 何かがおかしい・・・けれど、会社にとって良いことだったので、頼子はそれ以上は考えないことにした。




              シャアアアアアアア――――――――




 これで3回目、試供品のTORIKOシャンプーがなくなるから、今日が最後だ。

「こんないいシャンプーがどうして売ってないのかしら」

 そう言って、最後のシャンプーをしようとした時に気付いたが、髪が随分綺麗になっているのだ。前は毛先とかもっと枝毛もあったし、地肌もベタついていたのに。本当に、すごいシャンプーだわ。髪も心もこんなにスッキリするなんて。試供品がなくなって、また明日から普通のシャンプーに戻るなんて、なんか嫌だわ。

 頼子はもう一度TORIKOシャンプーのボトルを手に取り、眺めた。

【驚くほど汚れが落ちて気分爽快!3回洗えば、きっと誰もが虜になります!】

 3回洗えば、か。私なんて1回目に洗った時からこの爽快感の虜になったわよ。あ~あ、それも今日で終わりか・・・頼子は最後のTORIKOシャンプーを洗い流した。初日よりも2日目、2日目よりも3日目と、だんだんと爽快感が増す気がした。

「ありがとう、すっごい気持ち良かった」

 思わず空のボトルにお礼を言ってしまうぐらいだった。





翌朝。会社に向かう頼子は、背後に人の気配を感じた。歩きながら振り向くと、知らない男性がものすごい、至近距離で歩いていた。

「えっ」

 こんなにピタリと歩幅を詰められて歩くのは初めてだった。頼子は少し怖くなって、早歩きになる。すると、後ろから来る足音も早くなり、だんだん音が大きくなってくる。えっ、何この足音・・・まるで団体で行進してるかのような・・・頼子は恐る恐る後ろを振り向いた。

「ええええええ」

 なんと、頼子の後ろに数十人の通行人がみんなついてきている。なにこれ、どういうこと?わけがわからないまま、頼子はそのまま会社に向かった。




 頼子が会社に着いた頃には、数十人が百人に届きそうなぐらい、付いてくる人が増えていた。会社の入口に部長が入ろうとしているのを見かけた頼子は、思わず声をかけた。

「部長!おはようございます!」

「あっ、頼子くん、おはよう。今日も美しいね」

「えっ」

 あの嫌味しか言わない意地悪な部長が私を下の名前で呼んだ?しかも、美しいねとか言った?あ、いや、そんなことよりこの人だかりをなんとかしないと。

「あの、部長、この人たち、私に付いてきたみたいなんですけど・・・」

 部長は私の後ろの人だかりをチラッと見て、こう言った。

「さすが頼子くんだな!君の魅力にみんな虜のようだ」

 振り返り、付いてきた人の顔を見ると、みんな私をまるで憧れの人を見るような目つきで見ている。

「・・・まさか」

 私は、ふとTORIKOシャンプーのボトルに書かれていた文字を思い出した。

【3回洗えば、きっと誰もが虜になります!】

 これって・・・私がシャンプーの虜になるんじゃなくて、みんなが私の虜になるって意味だったの?

「ありえない・・・まさかのモテ期到来だわ」




 

 シャンプーでたった3回洗っただけで、私と出会った人全てを虜にする効果は、その後もずっと続いた。

「頼子様、お食事の時間でございます」

 こうして、私は教祖様となり、身の回りの世話などを全部お付きの者にさせた。

私が微笑みかけると、周りのみんなは有難過ぎて涙を流して平伏すのだ。

教祖頼子は、今日もみんなの心を虜にして離さないのであった。




        『お試し下さい。』=スッキリ爽快シャンプーの巻=





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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりのシリーズやっぱ面白い〜発想が(o^^o) もしかしてそのシャンプー使ってる?\(//∇//)笑笑
[良い点] 蒸す夜は、臍を放り出し 大笑い 川柳にもなりませんが、これが今の心境です。 相変わらずスッパリ斬れるお話でした。 そうかぁ、シャンプーで攻めてきたか。 だったら、一度目で効果を確認し…
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