4.3
依頼を受けて二日後には、了一は倉橋理想の女性を完成させていた。
ケイが話しかけても答えてくれない寂しさが彼を仕事に没頭させ、遂に自己新記録の二日という記録を立てた。これから彼の人生で余程悲しいことがなければ、この記録は破られそうにない。
了一はいつものようにロボットを椅子に座らせ、起動テストを開始した。ただ、今回はロボットが何故か出荷前の状態に初期化されていたのでいつもより手間がかかりそうだった。
ロボットに接続したパソコンから、電子マニュアルに従って設定を開始した。スピカ社製の人工知能は初期設定の際にロボットの性格を決めることができ、全五十問の質問でロボットの性格が細かく決められた。
これで購入者に最適なパートナーの性格を判断してくれるというわけだ。どうせ倉橋にもう一度自分で初期設定をやってもらうつもりだったので、了一は全ての質問にイエスと答えた。
こうすると人間に非常に従順なロボットができることを了一は前もって知っていた。
初期設定を終わらせてからしばらくすると、ようやくロボットが起動した。そこでやっと彼女がユリカと名付けられていたことを彼は思い出した。
「こんにちは、御主人様」
ユリカが機械的な微笑みで了一に笑いかけた。
「こんにちはユリカ。でも残念ながら俺は君のご主人さまじゃない。ただ君の体をほんの少し改造しただけの男だよ」
了一は彼女がしっかりと起動したことに満足した。
スピカ社製の最新型なので何かプロテクトがあったらどうしようかと思っていたが、それは彼の杞憂に終わった。
「そういえば、確かに私の体には大きな変化が見られます」
無機質なプラスチックからシリコン製の豊かな体に変えられていたことをユリカは二つのカメラで確認した。
彼女の人工知能は、この程度の変化なら自分の活動に制限は起きない事を認識し、さらに実際に手や足を動かしてみることで、元の体よりも動きやすいことがすぐ分かった。
「ありがとうございます。こんな素敵な体を」
彼女は自分の体を改造してくれた謎の男に笑顔で感謝を述べた。こちらの体の方がいろいろ都合がよさそうだと合理的に判断したからだ。
「気にしないで。それじゃあ悪いけどもう一度眠ってもらうよ。お疲れ様」
「あの、その前に一ついいよろしいでしょうか?」
彼女の首の後ろに接続されたケーブルを抜こうと手を掛けた了一だったが、それをユリカに止められてしまった。
「答えられる範囲ならね」
了一は戸惑った表情を浮かべているエリカに優しく微笑みかけた。それで緊張が解けたのか、エリカは遠慮なく了一に質問を投げかけた。
「私のご主人様は、どんなお方ですか?」
「君のご主人はいい人だよ。正義感が強くて、職業も弁護士だ」
了一の言葉を聞いたエリカは、満足そうな顔をしながら目を閉じた。
了一は彼女の首からプラグを引き抜き、彼女を入れられてきた大きな段ボールに梱包する準備に取り掛かった。
その次の日、了一は先日訪れた倉橋の自宅までエリカが梱包された大きな段ボール箱を届けに来ていた。あまりにも目立つ荷物だったが、幸いして誰かに呼び止められることはなかった。
チャイムを押し、倉橋を呼び出す。
するとすぐに彼は玄関扉を開け了一を快く迎えてくれた。
「いやはや、こんなに早く届けてくれるなんて思いませんでしたよ」
予想よりも早い了一の訪問に、倉橋は喜びを禁じえなかった。
「まぁ、俺もたまにはやる気を出すんですよ」
了一は倉橋と一緒に大きな段ボール箱を居間まで運び、倉橋は興奮した手つきで段ボール箱を開けた。
そこには彼の理想の女性が優しい笑みを浮かべて眠っており、彼は感動の余り言葉を失った。了一にはそれが一瞬だけ棺桶に入れられた死体に見えたが、目の錯覚だと自分に言い聞かせた。
「それでどうです?ご感想は」
気を取り直した了一は、言葉を失った倉橋に感想を求めた。聞くまでもなく喜んでいる事は表情から読み取れたが、作った本人としてはその感想を聞きたかったのだ。
「完璧です」
倉橋は段ボールの中に横たわるエリカの頬を撫でながら、これ以上にない褒め言葉を言った。エリカの頬も、人間のように滑らかなものだったので、倉橋は更に了一に褒め言葉を掛けた。
「それにしても、本当に人間そっくりなんですね。まだ信じられないですよ」
ついこの間までは無機質で家事をしてもらうための機械だったはずなのに、目の前にいる理想の女性になって帰ってくるとは。
夢を見ているのではないかと彼は思ったが、指先から伝わる滑らかな肌がそれが本物だと教えてくれた。
「一緒に生活していればすぐに慣れますよ。あ、残りのお金ですけど口座の方に入金していただけるならばそれでお願いします。それじゃぁ俺はこれで」
了一は自分が二人にとっての邪魔者に思えたので、さっさと退散することにした。
「木崎さん、ありがとうございました」
倉橋はそんな了一に心からの感謝を述べた。
「末永くお幸せに」
了一は人間と機械には不釣り合いな言葉を倉橋と横たわるユリカにかけ、無愛想なケイの待つ自宅へと足を向けた。
初期設定を終えた倉橋の前には、自分の名前を優しく呼んでくれる笑顔の女性がいた。
彼は今、幸せだった。こんなに奇麗な女性を、こんなに優しい女性を、自分の手で強姦することができるのだから。
倉橋は鼻歌を歌いながら掃除機をかけているユリカの肩を掴み、無理矢理押し倒す。
「……弘明さん?」
そんな彼の行動を理解できなかったユリカが、脅えた目で彼の顔を覗き込んだ。先ほどまで優しい笑顔を浮かべていた倉橋が、大きく口を歪ませ醜く不気味に笑っていた。
倉橋は押し倒した彼女の衣服を力いっぱい破き始めた。衣服の破れる音と彼女の居やがる声が、さらに彼を興奮させた。
「やめ、やめてください!」
必死に抵抗するユリカの顔に彼は力強く平手打ちをした。
何度も、何度も。
「本当に嫌がってくれるんだね。まぁ、そっちの方が俺としては嬉しいんだけど」
平手打ちを繰り返しようやくユリカの声が小さくなると、倉橋は穿いていたスラックスと下着を脱ぎ棄てた。
「やめて……やめてください……」
ユリカは小さな声で拒絶の言葉を繰り返したが、獣のように腰を振り続ける倉橋には届きそうになかった。
誰かが言っていた。
君のご主人はいい人だよ、と。
でも、それが誰の言葉だったのかはユリカはもう覚えていなかった。
「愛してるよ、ユリカ」
鼻息を荒くしながら、倉橋は彼女の耳元でそう囁いた。
「しかし、今日は久々に気分のいい仕事ができたよ」
帰宅した了一は、居間でケイの淹れたコーヒーを気分よく飲んでいた。
仕事をするなら、誰かに喜ばれるものでありたいものだ、と彼はしみじみと実感した。
「偽物の恋人の紹介がですか?倉橋さんは一生結婚する機会を奪われたことになるかもしれないんですよ?」
そんな彼の無責任な自己満足を、ケイは皮肉たっぷりに批判した。
「まぁ、機械でも偽物でも、寄り添ってくれる誰かが必要な人がいるもんさ」
一人で生きていくには、世の中は少し窮屈だ。誰かがいて初めて、笑いながら生きていける。
そんな考えをケイに理解してもらおうと彼は思ってはいなかったが、少なくとも自分はケイに支えられてきたということだけは彼女に理解してほしかった。
「そういうものなんですか?」
ケイが訝しげに了一に尋ねた。
「そういうものなんです」
了一はすっきりとした表情でケイに答えた。彼は楽しく過ごしているだろう倉橋とユリカを想像して、自然と笑顔がこぼれた。
太陽が、光を放つ。
喜びも怒りも、悲しみも哀しさも。
光がなければ、どれも見えない。
暗闇の中では、誰にも届かない。