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4.2

 翌日、了一はさっそく倉橋の住むマンションを訪問していた。

 一人暮らしの男性の割には広いマンションに住んでおり、弁護士という職業の計り知れない年収を垣間見た気がした。

 彼の購入したロボットはスピカインダストリーの最新型PA‐880で、デザインは宇宙人のような大きな眼しかない顔が特徴で、両耳には開放型のヘッドフォンのようなデザインが施されている。

 今は丁寧にダンボールに梱包されているので、その顔を拝見することはできなかったが。


「待っていましたよ木崎さん。今、お茶を持って来ますね」


 倉橋は了一を居間まで案内すると、湯のみと急須を台所から持ってきた。


「どうも、お気遣いなく」


 形だけの断りを入れ、了一は緑茶を口にした。


「こちらが前金の七十万円です」


 倉橋が現金が入っている白い封筒を了一に差し出し、了一は少しだけ封筒の口を開き中身を確認した。七十枚正確に数えはしなかったが、大体それぐらい入っているだろうと判断し、正式に依頼を受けることにした。


「それで、どういう風にしましょうか?まず名前と体型から決めましょうか」


 了一がジーパンのポケットから小さなメモ帳とペンを取り出す。


「ユリカで巨乳でお願いします」


 倉橋が即答で答える。


「決断が早いですね……巨乳、と。身長とスリーサイズの指定があればその通りにしますよ」


 巨乳、と真っ白なメモ帳に殴り書きをする。


「そんなに細かく決められるんですか?」

「女性型の素体なら百四十センチから百七十センチまで調節できますよ。体型も……極端に肥満体が好きだと言われると困りますが、一般的なものだったらできますよ」


 あまり脂肪をつけすぎるとロボットのバランスが取って自立が不可能になってしまうだろう。そんな特殊な注文は受けたことがないので、あくまでも了一の推測ではあるが。


「どうしようかな……」

「別に急がなくてもいいですよ」


 眉間にしわを寄せ悩む倉橋に、了一は無責任な言葉を掛けた。大の男が真剣に悩む姿を見るのはなかなか珍しいかも知れない、などと考える始末である。


「でも、今決めないとそれだけ彼女が届くのが遅くなるじゃないですか」

「そういえばそうですね」

「あ、良いこと思いつきました。ちょっと待っててください」


 そう言うと倉橋はテレビの棚の奥から大きな白い段ボールを持ってきた。机の上に置かれたそれの中には、大量のアダルトDVDが入っていた。


「どれにしようかな……」


 適当に女優のプロフィールを見ながらさらに悩み始める倉橋。了一もその品揃えに興味があったので、箱の中身を漁ってみた。


「あ、俺これ持ってます。うわ、これなんて懐かしいなぁ」


 了一の贔屓の女優や学生の頃友人から借りたものなど、多種多様なビデオが段ボールの中に入れられていた。なかなか可愛い子とかもいたので、彼は一つぐらいもって帰ろうかとさえ思った。


「木崎さんも、やっぱりこういうの持ってるの?」


 興味津々でDVDを物色する了一を見て、思わず倉橋が了一に尋ねた。


「男ですから」


 了一は何の迷いもなく即答した。


「ですよね」


 その答えに、倉橋は全面的に同意した。


 それから倉橋とアダルトDVDの戦いが始まった。

 DVDのパッケージをまじまじと眺めては、また次のパッケージへ。これじゃない、惜しいなぁ、とぶつぶつ小言を呟きながら、倉橋は次々にDVDを手に取っていった。三十分ほど経ってようやく、一つのDVDで手が止まった。


「体型はこれでお願いします」


 倉橋はそのDVDを了一の手に手渡した。パッケージには真面目そうなスーツを着たメガネの女性の写真が写されていた。


「わかりました。顔はどうしましょう?こっちの方は誰かを参考にするってのはお勧めしないですけど」


 了一は念のため知り合いに似せるべきではないとだけ注釈を付ける。誰かに似せるのは、いつだってトラブルの素なのだ。


「そうですね、いきなり言われても」


 体つきを決めるのに三十分かかっただけあって、顔を決めるのもまだまだ時間がかかりそうだ。


「ゆっくり考えて下さい。俺はちょっと自宅に電話したいんですが……電話借りてもいいですか?」

「どうぞ、好きに使ってください」


 居間の隅にある電話台の上に置かれた電話の受話器を取り、自宅の電話番号をプッシュする。最近はカバン大の携帯できる電話機があるが、そんな邪魔なものは持ちたくない。


『はいもしもし、木崎工務店です』


 電話をかけるとすぐにケイが出てくれた。


「もしもしケイ?俺だけど、お願いがあるんだ」


『リョーイチさんでしたか。そろそろ犯人が解るところなんです。電話切ってもいいですか?』


 推理物のテレビドラマの再放送を見ていたケイは、番組が気になって仕方なかったので電話を早く切りたくて仕方がなかった。


「CMの間工房見てくるだけでいいから、な?頼むよ」


 テレビの音声が電話越しに了一の耳に伝わってくる。彼も好きだったシリーズもので、特徴的な俳優の台詞が聞こえてきた。


『仕方ないですね……何を見ればいいんですか?』

「スピカ用のパーツと頭部ユニットがまだ残ってるか、確認してもらえない?」


 今朝確認すれば良いことだったが、寝坊した了一にはそんな暇はなかった。


『仕方ないですね、ちょっと待っててください』


 そう言うと、ケイは受話器を脇に寄せ、奥の工房に入って行った。アルミ棚を見回し、指定のものがあるか確認する。頭の方はすぐ見つかったが、パーツの方はどこにあるか見当すらつかなかったので、多少部屋を荒すことになってしまった。

 掃除しない方が悪いと思いながら、ケイはようやく目当てのパーツを探し当てた。彼女はすぐに居間に戻り、テレビ画面を確認する。CMが終わったばかりでドラマには間に合いそうだった。


『ありましたよ、両方。電話切ってもいいですか?』

「悪かったな。あ、それと」

『それと?』

「真犯人は村長の娘だから」


 そう言うと、電話の向こうから勢いよく受話器が戻される音が届いた。了一は小さくため息をつくと、再びさっきまで座っていたソファーに腰をおろした。


「彼女ですか?」


 電話の会話が聞こえていたのか、倉橋が了一を茶化すように尋ねた。


「いえ、残念ながらロボットです」


 了一は諦めたように笑いながら首を横に振った。


「なるほど。その割には随分下手に出ていた気がしますが」


 倉橋には、ロボットに命令ではなくお願いをしている了一が不思議でならなかった。立場がまるで逆なのではないかと。


「初等教育を少し間違えまして」


 そんな倉橋の疑問にも、了一は軽い冗談で答えるだけだったが。


「そうなんですか……あ、決まりましたよ理想の顔立ちが」

「どんな感じですか?」


 了一はメモ帳を取り出し、メモとイメージを膨らませる準備を始めた。


「眼は大きく奇麗な二重で……鼻は高すぎず低すぎず。下唇がちょっと厚くて、輪郭は丸すぎない丸顔でお願いします」

「なるほど……」


 了一は言われた通りの特徴をとりあえず殴り書きでメモし、次のページにはそれらしい女性の顔を書き始めた。一分ほどで簡単な絵ができたので、倉橋にそれを見せた。


「こんな感じですか?」

「ええ、こんな感じです。それにしても絵が上手なんですね」


 メモ帳に書かれる空想の女性は倉橋の理想と一致したらしく、納得したような表情を浮かべていた。


「職業上、必要なんですよ。それではこの体型にこの顔をくっつける、ということで」


 了一は渡されたアダルトDVDのパッケージと自分の書いたイラストを照らし合わせてみた。なかなかいい仕事ができそうだ、と彼は一人で悦に入っていた。


「それと、もう一つ聞きたいんですが」


 満足そうな表情を浮かべる了一とは対照的に、倉橋にはどうしても聞きたいことがあるようだった。


「なんですか?」


 倉橋は了一に耳を貸してほしいと手でジェスチャーをし、了一も彼の手に耳を近づけた。


「その……ロボットに性器ってついてるんですか?」


 恥ずかしさと期待の籠った小声が、了一に向けられる。

 その言葉に、了一は言葉ではなく笑顔と右手の親指を立てることで応えた。


「木崎さん、あなたと会えてよかったです」

「その言葉は、できれば女性から聞きたかったですよ」




 帰宅した了一はさっそく作業に取り掛かろうと工房の扉を開けたが、空き巣にでも入られたのかと疑わずにはいられないほど荒らされていたので、すぐに扉を閉めた。

 居間で掃除機をかけているケイに、その真相を問いただすことにした。ただ、機嫌が悪そうな彼女が質問に答えてくれるかどうかは微妙なところだったが。


「なぁケイ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 了一の予想通り、ケイは聞こえているはずなのに彼に顔すら向けなかった。


「おーい、聞いてるか?」


 二度目の呼びかけでやっと、ケイが了一に顔を向けた。もっとも、不機嫌そうに彼を睨みつけてはいたが。


「その前に、謝罪の言葉を要求します」


 彼女は了一に対する苛立ちを隠そうとはせず、彼にむき出しの敵意を向けた。


「謝罪?なんで俺が」


 だが彼には謝らなければならないような事をすぐには思い出せなかった。


「それが解らないリョーイチさんに質問を返すわけにはいけません」


 何の事だかさっぱりわからなかった了一は、今日一日の行動を朝から振り返ってみた。まず昼の十二時に起床し、棚にあった買い置きのカップラーメンを食べた。寝汗がひどかったのでシャワーに入り歯磨きと洗顔を済ませ、依頼人のマンションまで車で移動。

 そこからは依頼人とアダルトDVDの話をした。そこでようやく、了一は謝罪するべき事を思い出した。


「あ、もしかして真犯人のことか」


 そう言うと、ケイは小さくうなずいた。


「悪かったよ。ちょっとした悪戯心ってやつだ」


 了一は形だけの謝罪の言葉を口にした。いつもテレビに張り付いてる彼女にはいい薬だ、と本心では思っていた。


「そのちょっとしたもののために私の楽しみが奪われたんですか?」

「そんなもんだよ」


 その答えに納得しなかったケイはさっきよりも機嫌が悪くなったように見えたが、そんなことよりも了一には確認したいことがあった。


「なぁケイ、本題に入るが家に泥棒でも入ったの?」


 了一は改めて工房を荒した犯人が部外者かどうかを確認することにした。職業上空き巣に入られても警察は呼びたくなかったので、自分で探すか探偵を雇うしかない。

 そうなると余計な出費が掛かってしまうので、何としても泥棒の線は避けたかった。


「そんなわけないじゃないですか。ずっと私が家にいたのに、どうしてそんな事を聞くんですか?」


 ケイの言葉を聞いて、了一は内心ほっとした。工房を荒した犯人はどうやら知り合いのようだ。


「工房が荒らされてたからさ」


 ケイの問いに彼は簡潔に答えた。その答えを聞いたケイは、了一にわざとらしく背を向けて掃除機をかけ始めた。それだけで、了一には真犯人が誰か分かった。


「やっぱりお前か」

「荒らされているとは心外です。私はただリョーイチさんの命令に従っただけです」


 了一の指摘に対して、ケイはあっさりと罪を認めた。もっとも彼女は褒められはしても怒られる筋合いはないと考えているが。


「なんでパーツ探すのにあんな汚くなるんだよ……」


 たかだか二つのものを探して貰うだけで、大地震が起きた後ような大惨事になっていたかが了一には理解できなかった。こんなことなら電話で確認なんて取らなければ良かったと彼は激しく後悔した。


「置いてある場所を言わなかったリョーイチさんの責任です」


 当のケイは開き直り、大惨事の責任を彼に転嫁した。


「はいはいどうせ俺が悪いですよ」


 彼は諦めたように悪態をつき、工房に戻って掃除を始めた。

 しばらく掃除していなかったからいい機会かもしれない、とでも自分を誤魔化さなければやっていけない重労働になった。




 その夜遅く、工房を綺麗に片づけ終えた了一は居間のソファーに座っていた。事前にケイが自室で充電している事を確認すると、彼は倉橋から渡された参考資料であるアダルトDVDを紙袋から取り出した。

 パッケージの女性が、自分に笑いかけてるように了一は感じた。

 もっともそれは彼の独りよがりの妄想ではあるのだが、気分の良くなっていた彼にはそんな事はお構いなしだ。


 ディスクを取り出し、テレビの下に置かれたデッキのトレイの上に乗せる。

 リモコンの再生ボタンを押すと、ディスクトレイが自動で閉まり、画面には仰々しい他のビデオの宣伝が流された。

 一瞬テレビから大きな音がした事に驚き、彼は急いでリモコンの消音ボタンを押しテレビのイヤホンジャックにヘッドフォンを接続した。


 これは参考資料だから仕事のうちだ、と自分に言い訳をしてから、彼は画面に映る豊満な胸と女性の裸体に神経を集中させた。だから、後ろでケイが仁王立ちしている事には全く気付かなかった。


 ケイは了一のヘッドフォンを勢いよく取り外し、テレビのリモコンの消音ボタンを押した。それでようやく、了一はケイが起きていた事に気がついた。


「幸せそうですね。何を見てるんですか?」


 ケイは嫌悪感と怒りしか感じ取れない満面の笑みで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした了一に質問した。


「いや、違うんだこれは参考資料なんだ」


 予想外の敵の出現に、了一の脳はフル回転で対応した。探偵並と称されたその脳がはじき出した答えは、先ほど自分に言い聞かせた言いわけをそのままケイに告げることだった。


「だったら、どうして部屋のパソコンじゃなくて居間で見るんですか」


 今度こそケイは怒りを前面に押し出して了一に質問した。その問いにうまく答えられるほど了一の脳は高性能ではなく、自分でも訳のわからない事を口走っていた。


「違うんだ。大きい方がいいんだ」


 暴走を開始した脳を了一は止めることができず、代わりに墓穴の数だけをいたずらに増やしていった。


「そんなに牛みたいのがいいんですか。そんなにそれが好きならこんな仕事さっさとやめて北海道で酪農家にでも転職したらどうですか?」


 ケイは画面を指さしながら、冷ややかな目で了一に転職を促した。そもそも彼女は、彼が深夜に変なビデオを見ていることよりもビデオに写っている女性の胸がやたらと発達していることに怒りを覚えていた。

 彼女の胸は亡き桜が原因で貧乳にされていた。


「いや、そうじゃなくて大きすぎても小さすぎても駄目なんだ。みんな分かってない」


 了一の脳はさらに暴走を続け、墓穴の数を順調に増やしていった。彼は小学生の時自転車のブレーキが壊れて大怪我を負ってしまったことを思い出した。


「なるほど、ホルスタインでも私みたいな洗濯板でも駄目なんですか。リョーイチさん、あなたは女性に対してご高説を垂れられる立場だったんですか?」


 ケイは自分の胸がコンプレックスの一つだったので、身勝手な事ばかり口にする了一が許せなかった。


「そういう問題じゃないんだ……男ってのはみんなスケベなんだ……」


 了一の脳は遂に停止した。

 その代償は、訳のわからない全国共通の言い訳だった。


「わかりました。とりあえず気持ち悪いので最低二日間は私に話しかけないでください。変な病気になりそうです」


 そう言い残すと、ケイは自分の部屋に不機嫌そうに大股で戻って行った。了一もディスクをパッケージにもどし、惨めな気分で自室に戻った。

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