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ホワイトデーなヤツら

作者: 遠富 智廣

ホワイトデーってホント、異様な日。バレンタインデーのお返しの日だもの。お返しなら、その日でも出来るのに、なぜ1ヶ月もあけるのだろう。でも、その異様さ。嫌いぢゃない。うん。嫌いぢゃない。

 あと数日で、6年通い続けたこの小学校ともお別れ。私は、この春から私立の女子中学校への入学が決まっているため、今までのクラスメイトのみんなともお別れしなくちゃいけない。とても小さい町だから、各学年にクラスはひとつずつしかなく、6年間ずっと一緒だったクラスのみんな。そのみんなと別れちゃうのは、とても寂しい。だからね、先月のバレンタインデーには、クラス全員にチョコを配ったの。もちろん、女の子たちにも。これで、卒業した後もちょっとは、私のこと、想い出してくれるかな!?


 な~んて、てへっ。

 全部、ウソ。ホントは、マサヤくんと卒業後も仲良くしたいからなの。ホントなら、マサヤくんにだけ、チョコを渡せれば一番良かったんだけど、さっきも言った通り、この町はとても小さいから、ちょっとしたことでも、全ての人に筒抜けになっちゃう。マサヤくんを好きなのは、当然私だけじゃない。だって、マサヤくんは、背も高くて、スポーツだって何でもできる。さらに去年の夏なんて、盆踊りの『イケメン小学生大会』で優勝してたんだから。そう、だからちょっとでも浮いたことをすれば、たちまち多くの敵を作ることになるの。でもね、このまま卒業して、ずっと何も知らないまま何年後かの同窓会で、パパになってるマサヤくんと再会なんて、絶対いやっ!!例え、可能性がなくても、その間に、私の出来ることは全部したい。やらずにあきらめるのと、やってあきらめるのでは、全然意味が違うもの。


 今日は、待ち遠しかったホワイトデー。1ヶ月だ。バレンタインから1ヶ月経っているんだ。この日のために、どれだけのシミュレーションをしたことか。大丈夫。マサヤくんが、どんなパターンで来ても、受け答えられる自信はあるっ!!

「カエデ~、はい、これっ。」

「え?え?あ?え?」

 びっくりした。いきなり、後ろからピンクの紙袋を出してきたマサヤくん登場だもん。『いきなりびっくりマサヤ』だもん。

「も、もぉ、びっくりしたなぁ~…ありがとっ。」

 なにが「ありがとっ」だよ、私のバカ…平然を装っているけど、心臓はバックバク。シミュレーションなんて、何べんやったところで、役に立つわけないのに。私のバカ…。


 紙袋を開くと、手作り風の大きなシュークリーム。これよ。これこれ。私が1ヶ月、待ちわびていたものが、今こうして目の前にある。これが、本当の幸せなんだと、自信を持って言える。

「わぁ~これ、マサヤくんが作ったの?」

 感想を今すぐ伝えたくて、私はそのままそのシュークリームにかぶりついた。

「ううん、うちのママンが作った。」

 その瞬間、私は席を立ち、そのまま猛ダッシュで教室を出て、廊下を猛スピードで走り、トイレに駆け込んで、口に入っているもの全てを吐き出した。そしてそのまま、しばらくむせ続けた。私は涙をこすり、右手で握りつぶしていた残りのシュークリームを見たら、びっくりッ!!血だっ!!え?なんで?自分の舌でも切っちゃった?ううん、違う。クリームだ。絵の具の赤のようなクリームがびっしり出ていた。あぁ、そうか。私、辛いからむせてたんだ…。もぉ、びっくりっ!!『いきなりびっくりマサヤ、シュークリームに罠を添えて』だもん。でもなぜ、私がこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだろう…。マサヤくんの気に障ることでもしただろうか?え?え?なに?なに?でも、マサヤくんは、人をびっくりさせるのが好きなのかもしれない。だとしたら、このドッキリに引っかかったことで、マサヤくんも喜んでくれて、今以上に親密な仲になれるかも…なぁんて。早く教室に戻らなくちゃ…。私は、水飲み場で入念にうがいと手洗いを済ませた。


「ちょっとぉ、マサヤっ!!これ、どういうことよっ。」

 教室に戻るとリョウコが、大声でマサヤくんに詰め寄っていた。

「はぁ?なにが。」

「なにがじゃないわよ。これ食べてみなさいよ。」

 リョウコの手には、私がさっき食わされたのと同じシュークリームが。マサヤくんは、それを受け取り口に入れた。

「うわっ。なんだこれっ!!ぺっ!!ぺっ!!」

 マサヤくんは、口入れたものを、教室の窓から全て吐き出した。

「やっぱり、あんた知らなかったんだ…。私、辛いの平気だからアレだけど、正直あんたのお母さんヤバいわよ。だいたい、お返しくらい自分で用意しなさいよ。」

 そっか…マサヤくんは、シュークリームのこと知らなかったんだ…。でも、そんなことは、もうどうでも良い…。ずっと分かっていた…。マサヤくんとリョウコが、すごく仲の良いことくらい…。マサヤくん、リョウコが口つけたシュークリーム、なんのためらいもなく食べてたな…。間接キス…。私が1ヶ月シミュレーションしてたこと、あの二人はあんなに当たり前な感じでできちゃうんだ…。私は、ただ二人の姿を眺めていることしか出来ない。声が出ないのは、シュークリームの辛さで口の中がやられただけじゃなかった…。


 クラス全員にチョコを渡したことがアダになって、心に傷を負った私のことなんてお構いなく、いろんなお返しをもらった。でもそこは、小学6年の男子たち。どれも子供っぽいし、特にひどいのは、おまけ付きのお菓子のおまけだけ抜き取って、残ったお菓子だけを渡してくるヤツもいた。まったく、誰のためのホワイトデーだか。でも正直、マサヤくんのくだりが終わった時点で、その他のお返しなんてどうでも良かったんだ。

 すると、携帯にメールが入った。キヨシくんからだ。件名に『ホワイトデーのお返し』と打ってある。開いてみると『曲作ったから聴いてみて』と打ってあり、ファイルが添付されていた。へぇ。キヨシくんって、作曲してるんだぁ。知らなかった。そもそも、小学6年生で携帯持つなんて早いって言われてたし、こんな小さな町で必要ないって言われてたけど、中学校の合格祝いとキヨシくんも持っているっていう理由から、先月買ってもらった。あ、でもそうか。私、今までマサヤくんしか見てなかったから気づかなかったけど、実はキヨシくんみたいに私の知らない世界を知ってる人こそ、ホントにモテる人なのかもしれない。え?あれ、あれ?どうしよう。この曲で告白とかされちゃったら、どうしよう。さっきまで、あんなに乗り気じゃなかったのに、急にドキドキしてきた。まだちょっとヒリヒリするノドにゴクリとつばを飲み込み、イヤフォンをつけて、恐る恐る、添付されたファイルを開いた。

「あー。あー。えっと、じゃ、歌うから聴いてください。」

 ちょっと緊張してるキヨシくんの声。ちょっと笑える。

「チョコチョコ、チュッチュ。チョコチュッチュ。チョコチョコ、チュッチ…」

 私は急いでその曲を止めた。なんだ?この歌詞っ!!いや、百歩ゆずって、歌詞のことは許そう。まさか、アカペラで歌い出すとは想ってもいなかったっ!!しかも、ラップ調でっ!!せめて、ピアノやギターで弾き語りだと想っていただけに、今まで経験したことのないくらい、全身の鳥肌が立ちまくった。よくもこんなの、送れる気になったもんだ。録音している最中や、メールを送信する瞬間に、ヤツは自分の犯しているバカバカしい罪に、気がつかなかったのだろうか?ヤツのいる席をみたら、本を読んでるふりして、チラチラこっち意識してやがる。一応、番号を交換しているから、何度か連絡が来るのだろう。でも、はっきり言える。ヤツは、私には合わない。中学に行ったら、適当にヤツのアドレスはブロックでもしよう。


 結局、あんなにワクワクしていたホワイトデーは最悪だったな。肩を落として帰ろうとすると、後ろから誰かに押された。もぉ、この期におよんで、なんなの?私は、にらみ返すように振り向いた。案の定だ。バカヤマだ。バカヤマは、授業中も落ち着きないし、いつも鼻水が出てるし、それを服の袖でふくからいつもカピカピだし、現に今だって小学6年なのに、どうやって生活したらそうなるのかわかんないけど、泥だらけだ。だから、極力、私はバカヤマのことを避けていた。

「なに?なんか用?」

 あからさまに迷惑そうに聞くと、バカヤマは、

「お返しあげるよ。」

 とヘラヘラ笑って言ってきた。いらない。もらったところで、食べることはない。ホントなら、こいつにだけは、チョコを渡すのを、本気でためらった。でも、どうだ。クラスでたったひとりだけあげなければ、それはそれで、そこだけが目立ってしまう。同じ目立つ話なら、マサヤくんだけにチョコを渡して目立った方が良いに決まってる。それが出来ないなら、こいつにもあげる選択肢しかなかった。

「ほら、おまえの作ったチョコに似てるだろ?」

 と言って、バカヤマは、泥団子をふたつ出してきた。やっぱりだ。これを私がもらって、いったいどうしろと言うのだろう…。困っていると、

「カエデ~。帰ろう。」

 スズコちゃんが声をかけてくれた。助かった。

「あれ?ちょっと、カエデっ!!どうしちゃったの?」

 と、スズコちゃんが大声で驚いた。

「背中っ。すごい汚れてるよ?大丈夫?」

 え?背中?はっ!!さっきバカヤマに押されたときのだ。うわっ、最悪っ!!今日はホワイトデーだから、お気に入りのワンピースだったのにっ!!私は、たまらずバカヤマに殴りかかった。

「ほら、私の作ったチョコに似てるんだろ?だったら、その泥団子、食ってみろよっ!!ほらっ!!ほらぁっ!!」

 私は、マサヤくんのこと、キヨシくんのこと、全部のうっぷんをバカヤマにぶちまけた。

 あまりの私の取り乱し方に、スズコちゃんが先生を呼びに行く事態まで発展してしまった。ホントに最悪のホワイトデー。もぉこりごり。


 なんとか家に着くと、たっくんが玄関で座っていた。

「ただいま、たっくん。」

 たっくんは、まだ3歳。歳が10歳近く離れている弟ってことに、はじめは恥ずかしさもあったけど、でもやっぱり子供は可愛い。あんなことがあった後でも、なんだかほっこりする。

「ねえたん。これ、お返し。」

 と言ってモジモジしている。

「えぇ~。嬉しい。たっくん、ありがとぉ。なにかなぁ?」

 と、たっくんの手に目をやると、泥団子。私はそれをつかんで、全力で遠くに投げた。泣き叫ぶ、たっくん。たっくん…ごめんね。いつものお姉ちゃんなら、嬉しかったと想う。でも、泥団子は、今はどうしても見たくなかったの。たっくん、これから、たっくんが生きる上で、いろんなことが起きると想う。でも負けちゃだめ。強くなるの。だから…だから、今は思いっきり泣きなさい。私の分まで、思いっきり泣きなさい。

「ちょっと、どうしたの?」

 たっくんの泣き声に気づいて、お母さんが家から出てきた。そして、私を見て言った。

「ちょっと、カエデ、なにがあったの?さっきも男の子とケンカしたって言うじゃない。」

 え?ついさっきの出来事が、私の帰宅より前にお母さんに知れ渡っているなんて…。これだから、小さい町はイヤなんだ。ただ、お母さんの地獄耳は、こんなもんじゃなかった。

「あ、それと、マサヤくんからお返しもらった?え?食べちゃったの?大丈夫だったの?激辛だったんでしょ?マサヤくんのお母さん、マサヤくんのこと、溺愛してるの有名なんだから。もしかしたら、次は本気で毒を盛られるかもしれないわ。カエデ、もし気になってるとしても、マサヤくんだけはやめときな。絶対苦労するから。」

 そっか。そういうことか。なんで、あんな目にあったのか分かんなかったけど、この町は噂なんてすぐに広まる。それを利用して、女の子たちからマサヤくんを遠ざけるために、マサヤくんのお母さんが仕掛けたことだったんだ。でも、どうだろう。それって、本当にマサヤくんを心配してのことなのだろうか?なんか、それって、去勢させられたペットみたい。そう考えていたら、今日の朝まで、あんなにマサヤくんにドキドキしていたのに、あのきれいな顔立ちが、逆に気持ち悪く感じている自分がいた。

 よくニュースで、良いときは散々持ち上げといて、悪い事件を起こすと、とことん叩くシーンがあって、私はアレが理解できなかったけど、でも今気づいた。私も変わらない。


 今日、私は、ちょっとだけ大人になった…。

読んでいただき、ありがとうございました。

皆様にとって、よい風が吹きますように。

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