TINCOサムライ最終話 銃剣使いとサムライ
「僕と闘って頂けませんか」
ようやく少年の域を脱したばかりであろう青年。その少し高目のよく通る声が、瓦礫の街に木霊する。ひび割れて崩れた石碑の前に佇む初老の男がゆっくりと振り返る。
頭の頭頂部の髪を剃り上げ、奇妙な形に結いあげた『チョンマゲ』と呼ばれる髪型。風変わりな衣服。この国の人種とは明らかに違う肌の色や低い鼻。似た者すらいないその姿を見間違えるはずも無かった。
『サムライ』とだけ呼ばれる彼について知っている事は驚くほど少ない。
刀を使う事。とても強い事。どんな戦場からも逃げなかった事。それだけだ。名前すら知らない。だが、それでいいと思った。
振り向いた初老の男の目は憂いを帯びた様な、それでいて孫を見る様な静かな優しさに満ちていた。いつもと同じように。
「挑まれたのならば、相手をしよう。儂は逃げも隠しもせん。だが……」
「はい。全力を尽くします。結果がどうあれ後に遺恨を残す事はありません」
奇妙な姿の初老の男の低い落ち着いた声をさえぎって、言葉の先を奪う。何度も聞いた言葉だから覚えてしまった。
小さくうなづいたサムライに小さく礼をすると、青年はベルトを弛めて軍から支給されたズボンを脱いだ。
昔はブカブカだったそのズボンを跪いて丁寧に折り畳む。
「きちんと畳むのだね」
感心した様にサムライが声を掛けてくる。小さく頷くと折り目を揃えて畳み終えると、脱いだブリーフを上に重ねる。あとでまた穿くのだ。必ず。だから大事に扱う必要がある。下半身の全てを脱ぎ、風と一つになった青年は、堂々と胸を張って立ち上がった。
かつては戦争の度に縮こまっていた彼の『男の魂』は、ぶらりと自然体で垂れ下っている。良い兆候だった。
『これ』は、心の有り様をそのまま映し出す。偽る事も誤魔化す事もできない、等身大の鏡の様なモノだ。
青年は誇らしい気持ちでソレを右手に取ると、左手を斜め上に振りあげた。そこから大きく円を描き、力強く払い、見栄をきる。そして万感の思いを込めて、何度も口にしてきたその言葉を絶唱した。
「イキますっ! ≪充血武装化/アームド・エレクチヲン≫!」
戦闘の火蓋を斬り落とす力ある言葉に反応して、心臓がドクンと大きく跳ねる。
強化された心臓のポンプが送り込む大量の血液は全身を灼熱となって駆け廻り、身体の一点に集い深紅の液体は股間のTINCOを殺戮の兵器へと変態させる。
かつて戦いの度に縮こまっていた器官はそこには無い。両脚の付けには黒い砲身。
下半身強化人間が、充血武装化を終えるのに要する時間はわずか0.5秒に過ぎない。しかしその間は完全に無防備。戦う相手を目の前にしてから充血武装化を開始するなどありえない事だったが、サムライはその下半身強化人間の最大の隙を黙って見守る。
『Tactical Inflation Nude Control Object』戦術膨張全裸制御物質……頭文字を取ってなんだか無理やり気味に『TINCO』と呼ばれる特殊な金属がある。これを体内に埋め込まれた人間は、大量の血液を送り込む事でTINCOを起動し、己の思う『強さの象徴』である武器へと変化させる事ができる。
身体の中心に近く、重心が安定し、なおかつ多くの太い血管が集まる場所として、股座への設置を行う事が最も多い。手や足に手術を施せば日常生活に不便があるが、排尿にしか使われない器官ならば戦闘時に姿が違った所で大きな問題は無い。青年のTINCOも当然股間から生やしていた。
「大きく、なったな。少年」
「はい。貴方を超える為に自己鍛錬に励みました」
充血武装化を終えた青年の股間には、1メートルにやや満たない長さの黒い筒がそそり立っていた。
夜の闇を溶かし込んだような艶の無い黒い姿。太さを誇る者が多い中で異様とも言える細身の砲身。しかし最も異様なのは、その先端に付く刃だった。下半身強化人間達は、破壊力はもちろんの事、速射性・射程・連射性能・命中率に角度に回復力など、己の信じる最強の形を目指して己のTINCOを鍛え続ける。
マシンガン・ジョニー。バズーカのイワン。馬並みロジャー。多くの男たちがそれぞれの最強の姿を見せてくれた。
全てを見届けた青年の信じる最強の形は、ただの銃では無かった。小銃型の先端に銃剣を付けた姿。それが彼のTINCOだった。
「追いつけた、と思ったから戦いを挑んで来たのかね?」
「いいえ。同じ位置に立つことはできないでしょう。鍛え続けた年季が違います。それを容易く覆せると思うほど思いあがってはいません」
「ならばなぜ今になって儂に挑むのだね?」
「貴方に憧れたから。けれど貴方のようにはなれないと思ったから、貴方の向かう先に僕も行こうと思います。その為に、違う形で最強を目指しました」
サムライはその言葉を聞いて目を見開くと、嬉しそうに笑った。
「この年になって子ができるとは思いもしなかったよ。だが容易い道では無いと教えてやる。さぁ、ヤろうか」
「はい。言い尽くせぬ思いは、全てここに!」
青年はTINCOを握る。
「ここに篭めました!」
言葉で語れるような想いに意味は無い。全てはコイツが語るだろう。青年は腰を限界まで捻ると身体を大きく振る様に跳躍すると、サムライにそのTINCOを叩きつけた。
度重なる核や生物兵器の影響か、幾度も振り下ろされた神の鉄槌か、それとも他の理由によるものなのかは誰にもわからない。
ある時を境に、世界中で生まれる子供の男女比が大きく狂い始めた。20年も経つ頃には圧倒的に女が足りない社会からは男女平等などと言う言葉は無くなっていた。さらに時がたち、女性が国策で保護されるようになり、子孫を残せるのは優秀な上に女性に選ばれた一部の男だけの権利になった。優れた一部の男だけが子孫を残す世界は、金も地位も人種も関係なく全ての人類を二つに分けた。選ばれた者と、余った者だ。
土地よりも、貴金属よりも、油田や鉱脈などのどんな資源よりも貴重となった宝物『女』を奪う為、世界中で争いが起こった。
女性の保護という名の隔離が政府主導で行われた国の男達は、他国からの略奪を試みるようになる。瞬く間に戦火は広がり、国家の制御できない物になって行く。
そして各国の上層は覚悟を決めた。「余った物」を完全に切り捨てる事を。
世代が二つほど替わる頃。世界は堅固なドームに守られた清潔で近代的な『上流世界≪街≫』と、女という言葉すら失われ性欲を攻撃衝動に転化させた男達が無限に争い続ける『下流世界≪荒野≫』とに分かれていた。
産まれてすぐに潜在能力を仕分けられ、能力の劣る男を去勢。
性の意味も知らず、女と言う存在に触れる事も無く、荒野に廃棄される。廃棄された子供は下流世界のいずれかの群れに拾われて集団の一員として、農耕や狩猟を行い育つ。
失われた衝動は、別の衝動に変わり限界を超えて膨らんでいく。
得体のしれない衝動を芸術への創作に転化させる物もいる。心穏やかに過ごす物も居る。それでも、かつての地球のどの時代よりも争い事は多かった。
個人的な諍いや、集団が集団を襲う争いも無くはない。しかし、最も多いのはルールを決めた上での戦争儀式だった。
互いに人数を決め、彼らにとっては正体不明の巨大モニュメントである『ドーム』付近に必ずある「シアイジョウ」と呼ばれる地形を使って、拠点の旗を奪い合うというルールで勝敗を決する。
群れ同士の縄張り争いや揉め事の解決には全てこのサヴァーゲと呼ばれる儀式が使われる。
なぜかこの場所で闘うと、謎のドームから食糧やさまざまな便利な道具、時には人間の子供も下賜されるのだ。
このドームからの戦いの報酬目当てに、意味もなく戦い死んでいくもの達すらいる。
この狂った世界を受け入れる者。疑問を持つことさえできない者たちの中、『ドーム』に戦いを煽る意思があると見抜き、反逆の狼煙を上げたものがいた。
しかし、戦いの果てに得るものなどなにもなく。
ただ、瓦礫となり果てた街に戦いの頂点を極めた男と男のTINCO共鳴音が響きわたる。
間合いの読み合いで有利が取れるとは思わないので、青年は先手を取って攻め続ける事にした。力強く一歩を踏み切り、腰を鋭く回転させて横薙ぎの斬撃を放つ。これを下がって回避すれば、銃身から打ち出される射撃がサムライを撃ち抜く。とはいえ、銃剣の斬撃を受け止めることも困難なはずだ。なぜならこの一撃は全ての血液の重さと速度に加えて、通常の三倍もの回転が掛けられているのだ。威力は十倍にもなるだろう。
この必勝の一太刀を、サムライは下段から跳ね上げたカタナで弾いて流す。
必殺の技が無傷で避けられたようにもみえるが、サムライの使う下段からの恐るべき斬りあげを潰したともいえる。
自然体で立っているようにみえるサムライは、袴の下で常に臨戦態勢となっていた。下段からの鋭い切り上げの初太刀は最も警戒すべき一撃だった。
一太刀一太刀が詰め将棋の様に攻守を変えて続けられる。一太刀が相手の技を潰し、躱す足さばきが次の一太刀の布石となる。知り尽くした太刀筋を、新手を、必勝の一手に誘う罠を、互いに交わしあい、躱しあう。
破壊力という数値は、握力と速度と重さを掛けた数字で表す。これは一部の物理学の常識だ。TINCOの強さは天を掴む握力だと言う説がある。だとすれば、果てしない高みに手を伸ばしたこの青年の銃剣に宿る破壊力は最高峰の物と言っても良い。
そしてそれを逸らし続けるサムライの刀と技量もまた同じか。
夜を徹して続けられた奇跡の舞は、数十合を打ちあいを経て最終局面へと向かっていた。
元々、刃と言う物は打ちつけあうように出来てはいない。鍛え抜いた男同士の全力を受けとめ続けた二人のTINCOに、甲高い金属音を立ててヒビが入る。
「後、一太刀が限界か」
「ええ、お互いに」
青年はここに来てゆっくりと跪くと、両手を頭の後ろに組んで胸をそらす。基本的な|射撃姿勢<・・・・>の一つだ。ここまで青年は銃剣部分での斬撃のみを行っており、一発たりとも弾を撃っていない。
サムライが不敗である理由は、その鍛え抜かれた肉体を駆使した移動の早さと、KATANAで弾を斬り落とす技術による。
時間を掛けて休憩をとれば、TINCOは何度でも蘇る。しかし今、ヒビの入ったTINCOで弾を斬る事ができるのか。
青年の撃ち出す、溜めに溜め続けた全力の一発をサムライは容易に斬りふせる。
しかし、サムライの見た物は、弾を撃った後の_クール《賢者》タイムに硬直する青年の姿では無く。身体をそらせる程に腰を突き出し、神速で迫る青年の姿。振り下ろしたKATANAの影を縫うように、銃剣の刃が滑り込む。サムライの切り返しも間に合わない完璧なタイミングだった。青年の股間から伸びる黒くて硬いモノが、ズブりと湿った音を立てて老人の中に突き込まれて行く。
「最後には飛び道具に頼るのか、そう思ってしまったよ。あれは飛び込み突きの為に儂に振らせる誘いだったのだな。見事だった」
「はい。そう思わせるためにあえて撃たずに置いて布石にしました」
お互いに満身創痍の中で、止めを刺したのは青年。とはいえ、青年も無傷ではない。全身に負った無数の刀傷から流れる血液は、とうに致死量を超えていた。まもなく彼の命の火も消えるだろう。
「それでも撃つ事ができるというだけでかなりヤリ辛い戦いだった。射線に入らぬように躱すだけでもだいぶ逃げ道を塞がれた」
ピシリと音を立てて青年のTINCOが砕ける。もう限界だったのだ。
「お前の刃にかけた誠実さを疑ってしまった。儂を音高く殴ってくれ」
その言葉に答える声はない。砕けた青年のTINCOの破片は、胸の中心を貫いている。
「もうイッタのかい」
長い戦いの果てにひとつのドームを落とした時よりも、遥かに大きな喜びが彼を満たしていた。彼は生涯を以て鍛え抜いた技の全てを尽くし、敗れた。そのことがこの上なく嬉しいのだ。
「我が息子よ」
枯木が朽ちて倒れるように大地に倒れた二人の周りを、天から舞い降りた大勢の強化巨乳兵が十重二十重に取り囲む。他のドームから遣わされたそれらは、サムライと同じような肌や髪の色などの特徴を備えていた。
TINCOサムライ 最後の戦い 完
連載でヤろうと思っていたネタですが、手を広げ過ぎるのもなんですし、他の人に先にヤられる前に書いておこうと思っていきなり最終話という形で書いてみました。
そうしたら、説明文に我慢してもらえれば、最終話以外要らない事にきがつきました。ゴウランガ!




