表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
河図石語  作者: nats_show
四月編
8/35

(八) 相馬美恵

 北の町から夜行列車に乗ってきた。

 大学生と呼ばれるようになって、もう半月になる。

 あんな町にいつまでも住み続けるのは嫌だった。だから今は待望の一人暮らし。なのに、がらんとしたアパートの片隅で私は震えた。不思議な夜が明けて、この世界には一人の知り合いもいないと気づいた。


「もう時間だよー、美恵ちゃん」

「あ、ごめんごめん」


 引っ越して三日目が入学式。沢山の同級生を見て、最初に考えたことは他でもない。

 …話しかけてもいいの?

 私はそこで自問自答を繰り返し、結局そのまま帰ってしまった。


「今日はただなんだよね?」

「え、そうなの?」

「当たり前じゃない、新歓コンパなんだしー」


 同じクラスの五十川さんに引っ張られて校舎を出る。彼女はレミタンを覗きに来て、私に話しかけてくれた。最初に出来た話し相手。

 それから一ヶ月近く経って、少しずつ話しかけられる相手は増えている。なのにちょっと気を抜けば、お決まりの妄想に囚われる。

 私はこの空間にたまたま重なってしまっただけの異物。

 だから風が吹いて剥がれるセロファンのように、いつか分離する。頭だけは空を飛びながら、誰もいない部屋でただぼんやりと天井を見ていた。

 まだちょっとだけ夜は震えた。


「こ、こんに…」

「よぉミエミエ」

「…………」


 求めていた大学で、たどり着いた場所。

 それは想像とまるで違っていて、プールで溺れかけた子供のように私は手足をバタバタさせていた。泳いでいたのは手足じゃなくて、目だった。

 ………。

 たとえダジャレでも、収まりのいい言葉が見つかって満足してしまう。それが逃げ出した私。


「バカ野郎、お前は口開くな」

「なんだよ、ただの挨拶じゃねぇか」

「浜中の言うことなんて気にするなよ、相馬さん」

「…は、はい」


 だけど庭田部長の声を聞いた瞬間、顔が赤くなっていくのを感じる。

 他人と接しながら、いつも余所ばかり見ている。そんな私なのに、部長さんの顔を見ると、未だにどきっとしてしまう。世界がつながってしまう。こんな大学の門の前で、大勢の人が行き交う場所で。

 きっかけは入学二日目の昼休み前。

 さっさと忘れてしまいたい記憶は、部長さんの顔と一緒に蘇る。当事者なのだから当たり前……だけど、その前後に何をしていたかなんて、がんばって悩んでも思い出せない。学食で食べたものすら忘れて、あの出来事だけ切り取られている。


「えー、では集まったようなので出発しまーす」

「万歳三唱やるか!」

「百メートル以上離れてやれ」


 宮海さんと村上さんはいないよね、と隣で同級生の五十川さん。うなづいて歩き出す私の足元は乾いた音を発している。

 大学生という私は、セロファンに空いた穴のようなここにしかない。でたらめな妄想に無理矢理な理由を付けて、ただすがっているばかり。そういう状況を世間では「騙された」って言うらしい。


「相馬さん」

「は、はい」


 これだ。

 呼ばれただけで緊張するようじゃ、どうしようもない。


「飲み過ぎるなよ」

「…はい」

「さりげなく断るテクニックは宮サマに学ぶといい」


 ……けれど。

 この人たちの仲の良さに、少しずつ憧れはじめている。それはきっと五月の大学生なのかな、と妄想する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ