表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
河図石語  作者: nats_show
四月編
5/35

(五) 宮海博美

「ごめんね、うちの曜日にしちゃって」

「しょうがないでしょ。部長さんの都合優先だし」


 四月もいつの間にか半ばを過ぎた。

 私たち三回生にとってもそれなりに忙しかったけれど、ゼミも決まったし一通り初回の講義は受けた。いつものような毎日が戻ってきた。


「で、博美はどう思った?」

「何が?」

「今の授業」

「うーん」


 別のクラスだった直美とは、今までは般教ぐらいしか一緒に受ける機会がなかった。しかし専門科目が増えたら、ほとんど被ってしまった。ゼミも一緒。

 …まぁ、ゼミはうちの部長も浜バカも一緒だけど。結局、レミタンとヒラブンは内容が被ってるということだ。


「文芸論の授業よりはマシ」

「それは極論すぎ」

「いいじゃない、直美はあれに耐えたんだから余裕でしょ?」

「うーん…」


 四講目の社会学が終わって、二人で歩くキャンパスは相変わらず人が多い。出店がないぶん広くなったはずの通路も、ひっきりなしに行き交う学生たちで埋め尽くされている。この辺では有数のマンモス大学らしい景色だ。

 肩掛けカバンを右側に背負って、上は似たような色のシャツ。だけど直美はスカートで自分はジーンズ。気が合う所もあれば合わない部分もある。


「今日はまだナンパされてない?」

「博美にされた」

「声かけてきたのあんたでしょ」


 とりあえず、一人でいるよりは一緒の方が気楽だ。

 直美は二年前の入学早々から声かけられまくりで、自分もわりと定期的に引き留められる。この大学は男子学生七割だから、そもそも需要のバランスが崩れている。彼氏がほしいなら是非入学すべきである…と、いない私たちが言っても信憑性がないか。

 相手を選ばなければいいだけ? 声かける男は神様です? さすがの三波さんだってそこまでは言わないだろう。興味も湧かない見知らぬ男に「宮サマ」と声かけられて喜べるのは職業アイドルだけだ。

 そんな時に二人で行動していれば、互いに逃げやすくなる。見え見えの打算が働いたとしても不思議ではない。


「なんでコーラなの?」

「博美はその質問百回はしてる」

「仕方ないじゃん。いつも新鮮な驚きだから」


 春休みに改修された学食でコーヒータイム。まぁ直美がコーラだから半分コーラタイムだ。

 性格はおっとり、見た目もお嬢様っぽい直美なのに、飲み物はたいがいコーラだ。それもペプシじゃダメだとか、こだわりまである。

 ミスキャンパスにはそれぐらいの庶民性があった方がいいって? 直美は去年の一時期マヨネーズご飯にはまってた。正直、もうちょっとお高くとまってもいいと思う。


「ヒラブンは結局何読むことになった?」

「…堤中納言」

「とりかへばやは?」

「部長さんがどうも…」


 以前より白っぽさが増した壁面。無駄に色とりどりのイス。リニューアル学食の印象は、ちょっと微妙。別に学食に多くを求める気はないけど。

 少し離れた席には、何やらプリントを並べて話してるグループがいる。たぶんあれは受講登録の相談してる一回生だろう。たとえプリントがなかったとしても、雰囲気だけで何となく分かる。

 いいなぁ、

 自分たちもかつてはそうだったのに、いつの間にか学食の主のようにふんぞり返っている。人間はこうして年とっていく。


「直美は三回生…か」

「博美はもう二十一」

「何が言いたいの」

「年上のお姉さんだなって」

「直美は鼻水垂らしたガキだって?」

「ティッシュなら駅でもらった」


 昨日が誕生日だった。レミタンの野郎二人にはババァ呼ばわりされたので、晩御飯おごらせた。もちろん南国なんて冗談じゃない。以前から気になってたお豆腐の店で三千円のコース。直美は自腹だったから、次は六月に払わせなきゃ…なんて。


「ねぇ博美」

「何よ」

「図書館で庭っちからかってく?」

「いい。昨日も邪魔したから」


 明日のレミタンは部長の新歓発表で、そのまま宴会だ。部長を引き受けると漏れなくついてくるイベントだが、さすがに気の毒に思える。今さら新人が増えるとも思えないし。

 …新人、か。

 何もかも分かった気になって、年寄り顔で新入生に教えてる自分は嫌らしい。頼りになるお姉さん。作られたイメージを演じてる白々しさ。溜まっていくストレスは……、たとえば直美はコーラで解消する。そんな話あったっけ。


「だからね、博美もヒラブン出なさいって」

「…ちっとも脈絡ないし」

「意地張らなくたっていいじゃない、副部長さん」

「張ってないって」


 どんな新入生だって、いつか上回生が聖人君子じゃないことに気づいていく。誰だって不安定。自分だって直美にやり込められて、だけど直美は同じような弱点を抱えていて、だからたぶん今は気を許してばかりいる。

 だけど一つだけ否定しておこう。

 直美といけない関係ということだけは、絶対ない。遠野の河童に誓ってもいい。あんまり価値ないか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ