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河図石語  作者: nats_show
五月研究会編
33/35

(五) 村上直美

 レミタンはいい加減を宗とする。

 レミタンは適当を宗とする。

 レミタンは……。


「できた」

「本当に?」

「……ちょっと見直してみる」


 三限の授業が終わると、博美はすぐに一階の談話室に走り出す。体力に自信のない私は、できるだけ後を追うけれど、そのうち人混みに包まれて一度見失った。

 誰も博美と同じ用なんてないのに、みんな駆け足で階段を降りていく。次の授業になら、歩いたってきっと間に合う。だけどその一秒が大事なのだと、昔聞いたことはある。

 ………昔じゃなくて二年前だ。その時にそれを主張した人物のことは、今も鮮明に思い出せる。いつでも物真似できるぐらいに。

 きっと当人は忘れている、些細なこと。


「博美の舞台まで、あと一時間二十三分」

「人類滅亡じゃないからカウントダウン不要!」

「だって、博美の顔見てるだけじゃ暇だし」

「そもそも顔を見るな。アンタだって発表あるんでしょ!」

「どうせ焼き直しだし…」


 彼氏みたいな彼女とは、はぐれた約一分後にまた合流した。

 そして忙しそうな博美を眺めながら、私はやることもない。授業のプリントを整理しつつ、時々博美の表情を盗み見する現在の時刻は、午後二時五十七分。

 あまり実用性のないソファーと、作業用机が半々に並ぶ談話室は、いつも汚れている。紙くず、こぼしたコーヒーの痕……、きっと不注意の結果であって、わざわざ汚そうという人はいないはずだけど、人が集まれば汚れていく。それは宿命だ。


「コーヒー飲む?、博美」

「ごちそうさま~」

「まだおごるとは言ってない」


 ともかく、コピーさえすれば本番に臨める状況になったようだ。コピーはどうせ直前までしないから、約一時間十三分ぐらいの私は暇をもてあます予定。

 博美は完成したレジュメを絶対に見せてはくれない。本番まで内容は秘密にするものだ。その方が聞く側も楽しみでしょ?、という論理で。

 本当にそうだろうか?

 博美にそれを聞いたことはないけれど、ずっと疑問に思っている。


「じゃあお願い、直美」

「コーラも可?」

「私はホット!」

「そんなこと知ってる」


 たとえ疑問だらけでも、博美の行動様式は、無意識に流されてのものではない。

 他人の真似をするのはプライドが許さない、そんな姿が凛々しいからみんなが憧れるのだ。もちろん今の博美も、コーヒーを買わせようとするそんな表情すら美しいのだ。

 ………。

 自分が病的だという自覚はあります。一応は。




 紙コップの縁で、プチプチとはぜる音。

 そのかすかな響きを聞く幸せな時間は、いつもあっという間に終わってしまう………。


「はぁ…」

「えっ?」

「………」


 声を挙げた瞬間に、それは博美のため息だったと気付いたけれど、私の口は止まらなかった。そして私の勘違いの声に、博美は何も応えてくれなかった。

 寂しい。

 そう。コーラを飲みながらぼんやりしている私は、いつも博美に突っ込まれて正気に戻る予定になっている。だから博美に無視されてしまうと、ただぼんやりした学生だ。私はダメな人間だから救われたい―――、そんな身勝手な妄想で生きているから。

 でも……。


「…なんか用?」

「ううん」


 用はない。ただ見とれているだけ。

 真剣なまなざしの博美は、息をのむほど美しい。時々は無視されても仕方ないかなぁ。


「で、直美」

「え?」

「妖怪って何?」


 しかし、そんな至福の時ははかなく消える。

 博美の瞳は相変わらず輝いている。美しく光るその眼は、だけどどこか意地悪で、どこか自信にあふれている。こういう雰囲気は危険だ。とても危険だ。


「いると思ってないのに、なんで鬼太郎みたいなマンガが流行るの? ううん、魔法だとか陰陽師だとか、あるわけないと思ってるのになんで喜んで読んだりするの? なんで?」

「それは博美が質問されたら答えることでしょ」

「私は答えないわよー」

「なにそれ」


 こうやって一気にまくし立てる時の博美は、やっぱり庭っちに似ている。いつもクールで格好いいけれど、博美のそれはたぶん虚像で、奥には熱い魂の叫びが隠されている。それって、どこかの熱血マンガの主人公みたいだ。


「発表者は最後に自説を述べるの」

「みんなが分からないって答えたら?」

「大丈夫、それは無理だから」


 無理と言い切れる博美を見ると、だけど一瞬だけ敗北感に襲われた。

 私は博美の観察者。

 だけどそれはたぶん一番じゃなくて、二番目なんだろうな。

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