(四) 庭田
「ざしきわらしはレミタンのアイドルになれるか。サダジュンの旅は、まだ始まったばかりだ」
「最終回はまだまだだぜ!」
浜バカがポーズをとる午後。
今日のメインイベントまではあと一時間になった。俺はもう既に消耗している。
バカをおだてることは難しい。いや、実はサダヤマの野郎はそれほどバカではない。むしろそういう単純なノリに対しては、猜疑心から入る男である。要するにバカじゃないから難しいのだが、そういう難しいヤツはやはりバカなのではないかとも思う。不毛な思考のループ。
「ナオナオも来るのか?」
「来るだろ。別にかぶってねぇし」
「そうか…」
夕方に近づきつつある景色。視界に入るツツジの植え込みと車いす用のスロープを、ぼんやりと見つめている。
図書館で本を返すからと、俺はいったん浜中と別れたのだが、数分後に外に出たら、ヤツは同じ位置に座っていた。もう既にふぬけていた。脳内で宮サマと戦って、勝負がついたのだろう。どっちが買ったのかは………、聞かぬが花というものだ。
「ナオナオは常識人だからな」
「お、俺は別に悪く言ってるわけじゃねーぞ」
「普通、常識人はほめ言葉だぞ浜中君」
「むむ…」
ツツジの花が咲く頃には、もうここに慣れているだろう―――。
何だったのか、ふと思い出した台詞。誰の言葉だったかすら覚えていない。大学というアバウトな空間で、何も予定のない時間が不安になった俺は、図書館という安住の地を得た。そんな昔話もあった。今では逆に息苦しくて、できるだけ本は外で読みたくなってしまったが。
……それにしてもこの男、つまり浜中準という男は、意外にナオナオの参加不参加を気にするんだよな。
去年の後期のナオナオは、一人だけ授業が入って参加できなかった時期があった。だいいち、かけ持ちだからヒラブンを優先せざるを得ない時はある。今年はたぶん夏には部長就任だろうから、ますますレミタンへの参加は限定的になるだろう。
ヒラブンの歴史を背負うナオナオは、議論に加わってもどこか違う。どこか…というか、俺や宮海はヒラブンにたまに顔を出すから、はっきりと感じている。かたくなにヒラブン参加を拒むサダジュンも、頭では分かっているのだ。
「学校では、ざしきわらしの存在を教えない」
「それぐらいナオナオだって知ってるだろ」
「まぁ常識だからな」
「庭っちは悪意があるよな」
「ない」
視線をそらしながら嘯いてみるが、本当に悪意などもっていない。
村上直美という女は、サダジュンがバカでないならば絶対にバカではない。なので、自分の立ち位置ぐらい理解している。ナオナオが醸し出す違和感は、わざと研究会をかき回すものなのだ。
ともかく、もうすぐ開幕だ。
「宮サマの手伝いはいいのか? 庭っち」
「いらんだろ」
「そうか?」
「宮サマなら、宮サマなら何とかしてくれる」
浜バカより先にポーズをとってみたが、目の前の男は特に表情を変えなかった。そもそもこいつはポーズをとるつもりがなかったようだ。ということは俺は謎の行動をとってしまったわけである。
まぁそんな些細な事実はおいといて、今日の宮海には手伝いなど必要ない。それは何かの試合中のあやふやな期待とは違う、間違いのない事実だ。朝からギャーギャー言っていたから時間はじゅうぶんあるし、ずっとナオナオが一緒にいる。
……まぁ後日、自分の発表時に手伝ってもらいたいのなら、先に手を貸して恩を売る方法もある。しかしそんな恩など後日どころか明日にすら誰も覚えていない。下心を疑われたり――というか疑いではない――、邪魔だと一喝される可能性すらあるのに、得られるものが不確実性では話にならない。
「今日も南国だな」
「庭っちは南国の何がいいんだ?」
「絶対に空いてる」
「それだけかよ!」
世の中は確実性を求める時代だ。それなりの味でのんびり飯が食えればみんな満足だ。ういんういんだ。ああいう言葉を得意げに口にする人間は、打算と欲にまみれているけどな。
図書館に夕陽が反射し始める時刻。朝からキャンパスに滞在し続けると、とてつもなく長い時が流れた気がしてくる。普段から昼夜逆転気味の頭は、もう既に一度限界を超えて、今はなんだかよく分からない昂揚にある。
今日は楽しい一日になりそうだ。
今日は楽しい一日になりそうだ。
呪文のように同じ文句を唱えながら、アスファルトの硬い感触を確かめる。既に終了後の予定まで決まったイベントに、さぁ出かけようか。




