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河図石語  作者: nats_show
五月研究会編
29/35

(一) 庭田

「やぁ元気かい宮海クン」

「元気よっ!」


 ふふーん。

 宮海は元気らしいぞ、聞いたか諸君。実は俺も元気だ。他人が苦労していて、俺はその苦労を共有せずに済む状況は、実に気分がいい。我が心すがすがし、だ。地名の一つや二つはつけてやるぜって気分だ。


「印刷手伝ってよ」

「手伝ってやらなくもないが、いつ出来るんだ?」

「そのうち、よ!」


 談話室という名のここで談話する者などいない。基本的にここはただ叫んだりわめいたりする場所。動物園の檻の中だ。我々も当然のように騒音をまき散らすが、あるいはそこに何らかの調和があったりすれば、ここは談話室の名に相当するだろうか。何を言っているのか分からないな。

 ともかく今日は本年度研究会初日。柳田国男の名著『妖怪談義』について、副部長であらせられる宮サマの御高説を賜わる日である。こんな雑然とした空間ではなく、静かでキレイな教室が舞台だ。そこはまるでリアル宝塚!

 ………。

 まぁ当日の昼にこのアリサマで、どれほどの御高説になるやら状況は不透明で予断を許さないが、一応こうやって焦っているのだし発表すっぽかしはなかろう。

 うむ。

 研究会は過酷だ。

 今までに幾多の屍を晒してきたことか―――。


「よぉ宮サマ、なんだまだ出来てねぇのか」

「殴ってあげるから右の頬を出しなさい」

「右をやられたら……、次は分かってるな、浜中準」

「分かるか!」


 空気の読めない男、ハマジュンも現れた。宮サマにとっては俺もハマジュンも同じようなものだろうが、俺の視点では違う。偉そうに言うことでもない。

 ………。

 ちなみにハマジュンとは、昨夜のテレビを見ながら思いついた画期的な名称である。まだ声に出してないから、俺は密かに他人の名前を独占していることになる。フフ。

 別になんのありがたみもありません。フフ。


「四時までに済むのか?」

「大丈夫、もう話すことは決まってるから」

「真の妖怪は私です、とか」

「そんな話で面白いと思う?」


 からかうつもりが蔑まれてしまい、俺は嘆きつつその場をあとにする。宮海は時々頭が切れすぎていけない。なぁハマジュン。

 男二人で出かける先は、ただの学食だ。全くオサレではなく、味の保証もない。所詮俺たちはそういう関係なのだ、とお互いにはっきりさせるにはいい場所だ。なんの話だっけ?


「相変わらず宮サマは準備が遅い」

「…来週はキミじゃないのかサダジュン」

「無論だ」


 妙に偉そうな奴を前に、どうにも新名称を披露し辛くなっているわけだが、そもそもこの新名称には披露されるほどの価値があるだろうか、などと余計な心の揺れも始まっている。サダジュンの方が遙かにひねった呼び名ではないか。


「柳田国男先生が存命ならば、俺は弟子入りした」

「はぁ」

「庭っちはそこでどうして感動しないんだ」

「いや、一応してる」

「一応じゃダメだ。もっと本格的にしろ」

「はぁ」


 浜バカ大先生の言語感覚というものは、常人には理解が難しいものである。いや、理解しようと試みるのがダメなのだ。感じろ。感じれば伝わるさ。


「しかし」

「…なんだ庭っち。不服か」


 まぁともかく、浜中準が柳田信者であることは、残念ながらレミタンの常識である。

 そういう研究会なのだから、いても不思議ではない。しかし今となっては絶滅危惧種。


「それならおまえが概説をやりゃ良かっただろうに」

「………」


 浜中準はすねてしまった。

 まぁすねるだろうと思って発言したわけだが。


「宮サマはなぁ、いずれ目覚めるさ」

「眠っていてもらった方がいいんじゃねーか?」

「ふっ、何とでも言え庭っち。いいか、刮目して待てっ!」

「来週をお楽しみにね」

「…まぁそんなとこだ」


 アニメの予告編の真似に、大真面目な返答しか出来ない男。その余裕のなさで大丈夫なのか浜中!

 浜中! 浜中!

 無駄に盛り上がって、しかしその必要のなさに気付いて醒めていく。



 宮サマは柳田信者ではない。

 そして俺も信者とはいえない。いや、これだけ柳田民俗学が否定されていく世の中で、しがみつく方が難しい。幾多の批難に耐え続けるしかないからだ。

 ハマジュンの潔さに多少の嫉妬を覚えつつ、壁の時計を見る。

 …ちょうどイベントの一時間前。

 そろそろ談話室に戻ろうか。目と目で通じ合う、そういう色っぽい関係の俺たちだった。


「左の頬までやられちゃ痛ぇだろうな」

「ざっつらいと」

「それは右だ」

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