(二) 相馬美恵
この町には千年の歴史があるという。
小学校で習った「町」の歴史は、一応千数百年前から始まっていた。でもそれはあくまで考古学の領域だ。せいぜい理解できるのは、人類が私の生まれた場所に存在したという事実に過ぎなかった…のに、ここではそんな考古の時代に誰がいて何をしたなんて話ができる。
どちらにしろ、生物学的にいえば同じヒトが生息していた。それなのに………。
軽い劣等感と大きな好奇心を呼び起こさせるこの町は、もう一つ大きな特徴をもっている。それは、とてつもなく広いこと。
ここが、私の生まれ育った「町」の十倍以上の人口だということを、もちろん数字では知っていた。それは簡単すぎて受験勉強にもならないぐらいの常識だ。だけど実際に引っ越して近所を歩いてみると、最初はぴんと来なかった。たぶん四月の半ばまでは、そんな感じだった気がする。我ながら細かい記憶だ。
犬を連れた老人とすれ違いながら進んだ先に、十字路の交差点。信号で立ち止まって、ちらっと視線をずらした右手の道には、何軒かの店が見える。
反対の道にもやはり並んでいる。
信号が青になって、どちらにも曲がらずにまっすぐ進むその先にも店が並んでいる。そして次の信号でも、両側に店が並んでいる。
…そういうことだった。
そのうち終わるはずの町が終わらないから、だんだん息苦しくなる。十倍すごい町並みなんてないけれど、十倍の奥行きならあるから、いつか溺れてしまう。だからせっかく外に出たのにもう嫌になって、気分が落ち込み始めていた。今日はもう五月だから、立派な五月病患者だった。
……独りの探検は無理がある。せっかくの発見も、それだけでは価値がないから。
発見したなら、誰かに報告しなきゃ。
でも少なくとも、今日の自分にそんな相手はいなかった。寂しい……のかな。
ちょっと頭がぼーっとして、逃げ道を探す私の眼に映ったのは、ありふれた本屋だった。ベタベタと宣伝の紙が貼られ、ぽつぽつと人が出入りしている。中には似たような年齢の人もいる。…制服の高校生もいる。
わずか前まで高校生だった自分も、本屋には普通に通っていた。
受験生だったから一応は問題集の棚を眺めて、それから雑誌をめくる。目についたスポーツ雑誌を二、三冊読んで、それから旅行ガイドのページをめくるのが日課だった。
遠く離れたこの町の本屋でも、並んでいるのはほぼ同じような本だった。本棚のそびえる場所の空気も、けだるそうな店員の立ち姿も同じ。だからリハビリにはちょうど良さそうだ。
手に取ったのは……、なぜかバドミントン雑誌。この表紙は見たことがあった。たぶんこれは月刊誌ですらなかった。どうせリハビリごっこなんだし、何だっていいや。
中学では、なぜかバドミントン部だった。
なぜか…、はないか。今のレミタンに比べればごくありふれた部活だ。小学生の頃、なんとなく親に連れられていった町の体育館で、何度か遊んでみたら楽しくなって、だから中学では入学と同時に迷わず選んだ。そして三年間、強くはなかったけれど続けることはできた。もっとも、それである意味満足してしまったから、高校で続けようとはまったく思わなかった。
それにしても、昔から私はあっさり身の振り方を決めてしまう傾向がある。ということなんだろう。レミタンなんて………。
………。
なんか赤面して、雑誌を閉じた。こんな雑誌でどうやって赤面するのか、聞かれても説明できそうにないから、早々に退散する。ちなみに雑誌の中身はほとんど読んだ記事ばかりだった。




