(一) 相馬美恵
朝。
どこかの部屋がガタガタ音を立てていて、目がさめた。
枕元の小さな置き時計を見た。
時刻は九時を指していた。
どうしよう……。
あまり回らない頭で考えるのは、今日のこれから。
五月三日は国民の祝日だから、学校には行く必要がない。行っても知ってる人は誰もいないし…。
………。
どこかの部屋がガタガタ音を立てていて、目がさめた。
枕元の小さな置き時計を見た。
時刻は十時を指していた。一時間私は何をしていたのだ。自分にあきれて、今度は飛び起きた。閉めきった窓のカーテンからも、もはや朝日とはいえそうにない光が漏れている。少しだけ迷って、半分ぐらい開けてみた。別に誰も覗いてる人はいなかった。
「…ポセイドンを飲んでから、いいんですよー」
テレビをつけたら、商品の宣伝中だった。四月半ばには面白いと思っていたけれど、もうすっかり飽きたテレビショッピング。
一応は最近まで受験生だったし、家のテレビを自由に見る権利もなかったから、テレビは新鮮だ。人の声が絶えないから、寂しい一人暮らしという状況も改善できる。
…でもそれは引きこもり一歩手前らしい。
五十川さんにはそう言われてテニスに誘われた。せっかく誘ってもらったのに断ったのは、よくないことだと反省している。きっと彼女は今日も練習しているはずだ。いつも元気な五十川さんになら、そんな陽の当たる場所へも引っ張ってもらえたのに………。
やめよう。
自分だってレミタンの皆さんに引っ張ってもらってるんだ。それ以上、まだ人任せでどうする美恵。勇気を出してみようよ美恵。
「燃焼!燃焼!燃焼!」
時刻は十一時前だった。
テレビ通販は脳を麻痺させて商品を買わせると、庭田さんと浜中さんが話していた。なんとなく分かる気がする。でもまだ大丈夫、三度も同じ画面を見たことに自己嫌悪できているから。
ようやく準備も終わり、とうとう靴をはいた。準備といっても、この一ヶ月の間いつも持ち歩いているかばんに、ただどんな本を入れるか悩んだだけ。どうせ読む気もない本を選ぶ自分がかわいいと思えるようになったら――、さすがに人生おしまいかもしれない。もう繰り返しはごめんだからテレビを消して、大きくため息をついて私は立ち上がる。どうってことのない動作を大袈裟に表現してばかりいる。
焦げ茶色で触ると冷たい玄関扉。内側から鍵を外して押し開ける瞬間は、いつも緊張する。
扉の隙間から覗く細長い外界には、「不審者に気をつけてください」の文字。だけどそんな貼り紙がいくらあっても、とりあえず日中は心配していない。
むしろ―――。
自転車の並ぶ狭い通路の先で、アスファルトの道に出る。これも緊張する瞬間。もちろん何も起こらないけれど。
ゴールデンウィークの住宅地は、基本的には静かな空間だ。たまに子どもとすれ違うぐらいで、学生はいない。全員が帰省してるわけじゃないだろうし、まさかみんな私みたいに昼まで寝てるわけでもない……と思う。
たまに通過する車は、道幅に不釣り合いな大きさ。もう少し人通りが多かったら、不審者も現れないだろう。私みたいな、余所者という不審者も。
………。
気にしてもしょうがないこと。でも気になるから外出がおっくうになる。言葉すら通じない町で、どこかを一人で探検しようという勇気は、なかなか湧いてこなかった。
今の自分がこうやって歩いているのは不思議な光景だ。
うん。不思議だ。
でも、不思議なことを実行する、その理由も分かっている。
見知らぬ場所を眺めて歩くのは楽しい。そんな今更のことを再発見したから、部屋で黙ってはいられない。私はあの渦巻くお寺どころか、この町に何があるのかすらまるで知らないから。




