話者 庭田
大きくガタンと揺れた後、目の前のドアが開いて薄暗い島式ホームが現れた。
さぁ、ここで踏み出す一歩。時間は午前十時五分。番線は……、特にないか。すでにくしゃくしゃの紙を取り出して、まずはメモ。あまり意味がなさそうだけど、とりあえず…。
案内の文字を何度も見返して、エスカレーターに乗る。
地上まではわずかな距離。しかし、気だけは無駄に焦りながらも、身じろぎもせずにじっと身を任せる。そしてほんのわずかな時間で、次の関門を越えた……のだ。気分的には。
今から始まる旅。
参加者一名。
行き先の案内が出来る者一名。
いや、すべて地図とガイドブック通りなら、という条件だから、案内人とは普通言わない。ただの観光客でしかない。
もう一度、手持ちの地図に目を落として行き先を確認する。その動作はごく一般的な観光客のようで、しかし俺は片手にボールペンをもっている。ボールペンにはどちらかといえばスポーツ新聞が似合うが、あいにく俺はギャンブルが大嫌いだ。なぜかって? 俺は不確実なものには手を出さない人間だからだ。
……まぁそんなことはどうでも良かった。改めて時計を確認、現在時刻を地図に記して、それから何故か腰につけている万歩計をゼロにして歩き出した。庭っちガイドの始まりだ。
目の前の信号を右折。目の前の信号を…。何度もくり返しながら、早足になりかけて抑える。
黒森さんにまわしてもらった今回の任務は、タイムと歩行数と料金を調べること。だからその気になれば誰にでも出来る。むしろ俺のような人間にこそ向いてないのかも知れない。
いつも早足で、道を歩けばどれだけ他人を抜けるか、そればかり考えている。
知らない場所では、さっさと行き先を確認しようと、また早足になる。
今日はまさにそういう場所で、身体はいつものように動こうとする。しかしいつものように動いてしまえば何の役にも立たない。なぜならガイドには、俺がいつも抜きまくっている人たち向けの情報が載せられるからだ。ああ、イライラがつのる。
せめて誰かと一緒なら、こうもイライラはしなかっただろう。
が、取材費は一人分しか出ないし、ゴールデンウィーク真っ直中の今日はみんな帰省中で、おあつらえ向きの相手もいない。あきらめて歩幅を確認、やや前のめりになりつつ交差点に着く。右折の信号は赤になったばかり。それがまたイライラを増幅させる。耐えろ庭っち。
右折、左折、右折。
そのたびに、目的地が目に見えることを期待しながら、何度も裏切られてきた。
手持ちの地図を見れば、まだ見えるわけないと分かっていても、何かしら向かう先の正しさを確認したい。そうしてイライラを重ねたなかで、ようやく見えた築地塀。一気に視界が開けたように、にこやかな顔になる。我ながら馬鹿な人間だ。
長い塀を抜け、どうにか最初の目的地に辿り着き、門をくぐる。
レミタンならここで何かしらの儀式があるのかも知れないが、ひとりではそれもかなわない。……というか、メモだろ。
思い出してまずは時刻をチェック。それから歩数を確認してメモる。事前に調べたガイドの標準時間より、少し早いようだ。まぁ予想通りってとこだな。
歩数は……、比較対象がない。
とりあえず、俺の脚は他人より長くもないから、たいして標準を離れてはいないだろう。うむ。宮サマやナオナオと一緒に歩いて、歩数が大きく異なってたら嫌だな。普通に有り得るだけに。
門の内側を見る。
うむ、ほぼ予想どおりの寺である。料金所――受付ともいうらしい――も見える。そしてそれなりに他の観光客も。ここはどちらかといえば穴場の観光地なのだが、さすがに黄金週間はにぎわうようだ。
観光施設内部のガイドは、今回は特に義務づけられていない。したがって、料金を払わずに次に向かっても問題ないのだが、さすがにレミタン部長ともあろう自分にそれは出来ない。
毎日が探検。
人生は探検。
どこかの広告みたいなフレーズを、本当に実現するのは簡単なことではない。なぜなら、探検しない方が楽だからだ。
浜中や宮サマとだらだらしゃべってるレミタン自体、本当に探検なのか、という疑問はある。しかし、ああいう珍妙なる同好の士がいなければ、旅に出ようという一歩が踏み出せない。何もかも矛盾だらけだ。
見ろ、この寺の中を。
どこかの哲学者は、文化遺産など権力者の収奪の証拠に過ぎないとつぶやいた。俺も時々、そう思うときがある。ありがたがっても、所詮はお寺。俺は別に仏を信じてるわけでもないし、それっぽい庭を見て心が洗われたりもしない。嘘くさいだろ、そんなの。
でも、娯楽であれ芸術であれ、金儲けに成功した連中がその一部を恵んでやらなければ存在しない。それも事実。貧乏人ばかりの世界には、レミタン部員というひねくれ者を楽しませてくれる何かなど、そうそう存在しないだろう。
なんて矛盾だ。またイライラしながら本堂に腰をおろす。結局、誰かと一緒にいれば、この無駄な思考に費やされる時間を、会話で紛らわすことが出来る。だって、にんげんだもの。
愛想はそれなりのおばさんが陣取る料金ゲートの前に戻り、改めて時間を確認。それから万歩計の数字をメモる。この間の数字は余計だから、後で引いておかないと。
最近は観光旅行も健康重視らしい。身体に悪い食事をしながら、この程度の距離を歩いたところで何も健康的ではなさそうだ。しかし消費カロリー数を載せると、なんとなくやせたり高血圧が改善されたりするわけだ。テレビショッピングのインチキな購入者の声と同じだな。
ともかく地図を確認して、次のポイントへ向かう。徒歩十五分ぐらい先に石碑があって、そこから十分で次の寺。予定通りに日程をこなしていく俺は優秀なアルバイト。ただの観光ルートなんだから、任務に失敗するようじゃまずい。
草ぼうぼうの公園の、臭いのきついトイレの横に石碑はあった。
あまり立ち止まりたくはないが、予定されたチェックポイントなのでメモをとる。
ここはイニシエの武士の終焉の地らしい。辺りは新興住宅地。公園には誰もいない。見渡す景色からは何も想像出来ないが、レミタン的にはこういう景色の方がリアルに思える。何百年も前のことを、そう簡単に分かってたまるものか。
でもトイレの臭いはどうにかしてほしいなぁ。文化系サークル人間は何にせよ軟弱だった。
住宅街の細い道を歩き、どうってことのない十字路を左折すると、前方に寺の門らしきものが見える。らしきものというか、寺の門だろう。
一応、目印でもないかと探してみるが、角は普通の民家である。まさか「○○さん宅」とは書けないだろう。遠くに門が見える、とでもするしかあるまい。
もうこの辺では観光客に会うこともない。さっきの寺から、今日のルートと反対に行けば有名寺院だから、わざわざこちらに来る人間はいないわけだ。うむ、ウォーキングにはぴったりだ。ぐだぐだ頭の中でうずまく台詞が、そのうち声になりそうだ。
そう。
今日の旅は退屈だ。忘れかけていた歩数確認。時刻はもう昼を過ぎて、調査人は未だ何も食っていなかった。何せ店らしき店もないし。
ゴールを目指せー、ゴゴッゴー。
お寺を目指せー、ゴゴッゴー。
腹も減ったし、何だかんだで疲れたし、すっかりやる気をなくしつつ最後の目的地へ。本堂が国宝という有名寺院だが、その割には観光客が少ないという。要するに交通が不便だというわけだ。
でも大丈夫。ウォーキングと称して歩けば、不便な地だって楽々行けちゃうよ。
………。
やっぱり一人の旅はつまらん。同じことばかり繰り返しながら、記憶に残らない新興住宅地の中を進んでいく。かつては田園風景だったのだろう。田園風景だからって記憶に残りはしないだろうが。俺はそんな都会の生まれじゃないし。
庭田さーん。
はーい、こちら庭田です。今日は何とか寺にきています。見てください、この池。よどんでますねー。ほら、スタジオの皆さん聞こえますか?、ボーッ、ボーッ、この鳴き声はウシガエルなんですよー。自然いっぱいって感じですねー。
だってさ。
浄土式庭園という名の、単なるため池。水面が時々動くのは、アメンボもしくはレポートにもあったウシガエルなんだよ。食用ガエルっていえば分かるよねー。
………。
面白い。
なんて面白いんだ。
この怪しさ、面白い。面白すぎる。
スタート地点の三つ先の駅に到着して、午後三時。
楽しい一日は終わってしまった。
仕事は仕事。レミタンの活動と同じだと思えば、それは拷問となる。とりあえず、休み開けに熱く語ってやろうと誓う、庭田少年まだ二十歳の五月であった。さぁ飯食うぞ! 金ないから、目の前のスーパーの特売狙いだぜ。




