(六) 村上直美
私には嫌いな言葉がある。
その響きを耳にするたびに虫唾が走る。
だから庭っちが最初に私を誘ってきた時、この旅に気乗りなどするはずがなかった。
「自分探しやってる人たちの聖地だな、あそこは」
「はぁ…」
改札を抜けた先に立つ、派手な看板の群れ。パノラマ写真でも撮るかのように首を動かして、そして改めてため息をつく私。
たとえば線路の向こうには、なだらかな山が続いていて、わりと緑も豊かなロケーション。だから気分はハイキング……なんて選択肢も今ならまだ可能。だけどレミタンが軽登山部じゃないことぐらい、残念ながら知っている。せっかくの緑に背を向けて、私たちは曲がりくねった路地に向かう。
―――ちょっと無理がある。必要以上に悲劇のヒロインになろうとする自分に嫌気がさして、もう一度ため息をつく。
とりあえず分かったのは、かつて一度ここに来た、子供の頃の記憶が何も残っていないこと。曖昧なままに昨夜から重ねていた妄想は、もう要らないだろう。
「いい天気ねぇ、直美さん」
「うん」
「まずは楽しめ!」という庭っちの口説き文句を思いだしては苦笑いしつつ、結局は言い訳ばかり用意する。いつも気の合う博美にまで「さん」付けされて、やっぱり私だけが取り残されている気がする。
もちろんそれは、見透かされてるからなんだけど。
「今日は気遣い無用でしょ。どうせ案内はバカがやるし」
「案内すんだから今日は天才って呼んでやれ、なぁ相馬さん」
「え、えー…」
「可愛い後輩に無茶な振りしないで」
心配性、といえば聞こえはいい。
そこまで分かっているなら、なぜ責めないの?、と去年の今ごろの私は悩んでいた。
「ナオナオに可愛いって言われるとはさすが大型新人だ」
「何言ってんだ、相馬さんは可愛いだろ!」
「…………」
まぁ私は今でも悩んではいるのだろう。大型新人と昔呼ばれた記憶までしっかり思い出したから、ついでに少し気分も晴れた。
「で、出発の挨拶は誰がするの?」
「俺はさっきやったし………、ここは副部長で」
「はいはい」
既にポーズまで決めていた準ちゃんを無視するやり取りに、相馬さんがくすっと笑う。
いつも一緒の三人だから繰り返されるお約束。四人目の私は時々ツッコミを入れ、そして五人目はなかなか定着しなかったけれど、相馬さんはあっさりその位置に座るのかも知れない。
大型新人。
その呼び名にどれほどの皮肉が込められていることか。
「まぁのんびり行きましょ。どうせ写真撮りまくり…」
「ガンガン撮れよ、副部長!」
「都合のいい時だけ副部長なのよねー」
大学とは人生のカオスである。
誰かにそんな名言を聞かされた。誰に聞かされたかは覚えてない。別に誰だってかまわない程度の名言だ。
「うむ、我々は探索に忙しいからな」
「じゃあ私も忙しいから無理だわ」
「む………」
「………いるじゃん、ほら」
「えー……、と」
そしてここでは、何の変哲もないビルの中にちっぽけなカオスが充満している。
そのカオスをとりあえず冷ややかに眺め、嘲笑を投げかける。無意識な私はとにかく嫌な人間だ。大勢に流されながら、正義の自分に安心するばかりの。
「ふっ、ナオナオだけはやめておくんだな」
「え?」
「またカメラ壊されるぞ」
「あれは庭っちが教えてくれないから…」
でも正義の味方は時々傷つけられて、いつの間にかそれがちょっとだけ楽しくなっていく。博美に言わせればマゾ。去年たまたまカメラが壊れたことまで私のせいにされて、また笑う。
えー……。
たまたまじゃないって説もある。
「じゃあ行くぜ、宮サマたんけんたーい!」
「叫ぶな!」
駅前の大きな地図で、これからの行き先を確認する。
当たり前の儀式によって、目的地には十五分ほどで到着することが分かったけれど、もしも十五分で着いてしまったら、提案者の準ちゃんには非難が殺到することになる。
レミタンの評価は、どれだけ寄り道出来るかで決まる。去年の夏、庭っちは偉そうにそう断言した。ならば見せてもらおうか、その実力を。




