(十二) 宮海博美
「大丈夫かなぁ、庭っち」
「彼氏が送ってくれるでしょ」
宴は二度の解散で、みんな散り散りになった。
チューハイばかり飲むグルメな連中は、ひとしきり相撲を取っていた。私は行司をしながら、歩道の段差を気にしていた。
「ジュンちゃんは大変だ」
「どうせそのまま泊まるだけ」
「庭っちはお部屋片づけてるかな?」
直美がその名前を呼ぶたびに、一瞬苛立って、すぐに平静を取り戻す繰り返し。
こんな薄汚れた一室で、きらめく機械と不躾な轟音に囲まれながら、時々私の意識は鮮明になる。いや、鮮明になった気がする。
「で、博美はまた津軽海峡?」
「季節が合わないでしょ」
最初のマイクを直美に譲って、グレープフルーツジュースを飲む。
今日は少し飲み過ぎたかも知れない。妹分が増えただけ、知らず知らずのうちにストレスもたまっていったかも知れない。もうアルコールはもうやめて、酸っぱさで酔いをごまかして……。そんな繊細な人間だったっけ、私は。
「ヒラブン副会長、まだ二十歳の女が唄います」
「口上はいりません」
聴き慣れた伴奏が、場末というほどうらぶれてもいないカラオケボックスを満たしていく。画面には今日の一次会会場と似たような景色。その隣では、裏町風情がこれほど似合わない女もいないだろうという私の連れが、嬉々としてマイクを握る。
だいたい、コーラ飲んで演歌だ。グレープフルーツジュースとは似たようなものだが。
「まだ選んでないの?」
「どうせ二人なんだし急かさないでよ」
「じゃあ博美にぴったりの曲を一つ…」
「却下」
現在の時刻は深夜二時ぐらい。幸か不幸か、この店は私の部屋から徒歩三分の好立地。直美の住んでるとこだって近いけど、帰る気はなさそうだ。
仕方なく、歌う。
邪魔されないよう、一気に三曲入れて一気に歌う。
「いつまで歌う気?」
「夜が明けるまで!」
もちろん夜が明けるまで、とは希望的観測…というか、気合いを入れるためのハッタリに過ぎない。一時間ほどで酔いが抜け始めると同時に、眠気が襲ってきた。夜更かし上等の私たちでも、三時になれば寝る。
そして午後四時。
まだ起きている。
正直言って眠いけど、直美がいるので眠るわけにはいかない。
「庭っちのプリント」
「動かすな」
「床に投げてるくせに」
「置いてる」
あーうるさい。
部屋中に散乱するプリントを拾うたびに、声をあげるのは直美。村上直美。何が楽しいの? 部屋が片付くと嬉しい? ……嬉しいか。
でも片づけるだけなら、黙ってやればいい。
庭っち。庭っち。庭っち。私だって心の中でならいつだって叫んでやる。
「で、直美はまだ寝ないわけ?」
「添い寝してくれたら」
「アンタの好きなDDTかますわよ」
いつも面倒くさそうな同級生を、少しだけ親しみやすく変革してやろう。庭っちという名には、そんな崇高な使命があった。
そう、あれは私が付けた名前。いつの間にか周りに広まって、いつの間にか名付け親だけが呼ぶのをやめてしまった。
もう一年以上前の話。
直美はイヤミな女になって、私は不機嫌になって、そして当人は何も気付いてないだろう。
午前六時。
キッチンと呼べるほどの広さもない水まわりで、まるで半同棲の彼女のように直美が食器を洗っている。
外はいつの間にか雨。
帰れない彼女と二人で過ごす一日。
何も悪い予感ばかりではない。
おやすみ。
四月編完。
次はGW編(全12話)。




