戦地で「結婚してくれないなら死にます!」と告白した翌日、あっさり婚姻届を出してくれた隊長は、実は私のことを愛してくれていたようです
「結婚してくれないなら死にます」
頭の上に拳骨が落ちてくる。
「お前はこの状況下でよくそんな不謹慎な冗談が言えるな」
暗闇の中、デビット隊長の顔は見えないけれど、引きつっていることだろう。
今は戦時中。
というか私達は敵陣営で身を隠しているところだ。見つかればもちろん命の保証はない。
「だって、昨日他の部隊の子が隊長のことカッコイイって騒いでて。顔は怖いし何考えてるかわかんなくて不気味な隊長の魅力に気付いてるのなんて私だけだと思ってたのに」
だから悠長にこの戦争が終わったら告白しよう、なんて思っていた。けれど、他の隊員に先を越されるかもしれないという焦りが生まれる。
そんな時に訪れた二人きりという滅多にないシチュエーション。今がチャンス! と思いあまって「死にます」なんて告白をしてしまった。
国を守る命がけの前線では、冗談でも言っていい言葉ではない。
「死にません! 絶対に死なないから私と結婚してください!!」
言い直した私の言葉に、大きなため息が聞こえた。
「誰かいるのか!?」
敵陣の中とはいえ人気の無さに油断してつい大きな声でしゃべり過ぎてしまった。
敵兵に気付かれたようだ。
「まずは生きて帰るぞ」
隊長が銃を構えて走り出す。わたしもそれに続く。
銃戦を潜り抜けて奇跡的に生還した翌朝。デビット隊長は驚くべき発言をした。
「……本日の業務連絡は以上だ。ここからはプライベートなことだが、俺とミシェルは婚姻届けを作成、提出の手続きのためこれから一時間ほど抜ける」
日常の定例朝会で、解散の気配を感じていた隊員が目を引ん剝く。
いつもと変わらない強面の隊長の顔を確認して、次は全員がわたしを見る。
しかし、わたしだって目を引ん剝いて驚いている最中だ。
え、隊長、今なんて言いました?
ミシェルって私ですけど、婚姻届けって言いました?
「解散!」
デビット隊長はいつもと同じテンションで朝会を終了させ「行くぞ」と私に向かって声を掛けてきた。
使っていない会議室で、二人で婚姻届けを埋めていく。
「大事な部下に死なれたら困るからな」
ボソッと呟くようにデビット隊長が言った。署名の手を止めて顔を上げたけれど、隊長は頬杖をついた横顔で、表情はよく見えない。
「死なれたら困る」って、言ったもん勝ちじゃないか。怖い顔して本当は虫だって殺さずに逃がしてあげる優しい隊長は、部下の命を大切に思ってくれている。
その優しさに付け込んだようで多少の罪悪感はあるけれど、他の子が同じ告白をしていたら、きっとその子と結婚をしていた。
だから、不謹慎だけどラッキーだと思ってしまう。
勢い余った昨日の私、グッジョブ過ぎる。愛情なんて、溢れるほど私が持っているから大丈夫。
拳を握りしめて、隊長を絶対に幸せにすることを誓った。
私が隊長を幸せにする宣言を心の中でしているうちに、隊長が婚姻届けを書き終える。
「一週間程度で許可は下りるだろうが、この状況下では家族特例は受けられないかもしれない」
隊長の言葉に頷く。
本来は夫婦や家族は同じ基地内で活動する場合は同室や勤務時間の配慮が認められる。
けれど、現在私と隊長が所属する第三部隊は前線に一番近い基地に駐屯している。
隣国との戦況は緊迫しており、夫婦になったからといって優遇される状況ではない。
「この戦いが終わったら、一緒に暮らしましょう」
私の言葉にデビット隊長が唇を引き締める。わずかに頷いた気がした。
「私の故郷は春に一面真っ白な花畑が見られるんです。観光地にもなっていて、そこが一望できる丘の上の教会で結婚式を挙げるのが憧れだったんです」
幼い頃に参加した従姉の結婚式。純白のウエディングドレスを着た幸せそうな花嫁の笑顔を思い出す。風にのって真っ白な花びらが舞い上がる風景が美しかった。
その日の夜、食堂でトレイを受け取るとスープの中にオレンジ色の花を見つける。よく見るとそれはニンジンで、顔を上げた私に、料理人のリックが親指を立ててニカっと白い歯を見せて笑った。
「おめでとう」
同僚のサムエルは声を掛けながら今日のメインであるチキンソテーをわたしの皿に載せる。
ジョアンナはデザートのリンゴを、ダンはサラダのブロッコリーを私の皿に移す。
「みんな、ありがとう……」
まだ飢えを感じることはないが、戦時中の食事は貴重だ。手に入らない食材や限りある食料から毎食栄養を考えて料理人が作ってくれる。
エンタメのない基地の中での唯一の楽しみといってもいい食事を、結婚のご祝儀代わりに分けてくれる同僚達の優しさに思わず泣きそうになった。
「ダンは好き嫌いしちゃダメだよ」
周りに乗じて自分の苦手な野菜を私の皿に載せたダンのことは軽く睨む。
空いた席の椅子を引くと、テーブルの向かいに同じように山盛りの食べ物が載ったトレイが置かれた。
「こんな状況でも祝福してもらえて嬉しいですね」
眉間に皴を寄せたデビット隊長が頷く。
真っ赤な耳が、彼が恥ずかしがっていることを物語っている。
「隊長の好きな食べ物はなんですか?」
いつか二人で暮らせるようになったら、フリルのついた可愛いエプロンをつけて隊長のために食事を作って……
「隊長、私実家では包丁もフライパンも触るのを禁止されていました……!」
実家で、親に固く禁じられていたことを思い出す。
指を無くしたくなければ包丁を握るな。家を燃やしたくなければフライパンには触るな。
私は料理に興味を持つたびに注意された。実家でわたしがやっていいのはカラトリーを並べるかお茶を注ぐことぐらいだった。
「市場の近くに住もう」
団長が小さく呟く。
「素敵!」
たくさんのマーケットが並ぶ市場では安く食事が出来る。朝も昼も夜も、自分の台所は不要だ。
団長と並んでマーケットを見ながら歩く。同じ物を食べて感想を言いあったり、違う物を一口ずつ交換したり。きっと何を食べても二人なら美味しく感じるだろう。
それから戦況は少しずつ悪くなり、基地の中は疲弊と不満が溢れ始めた。
あの日、デビット隊長率いる第三部隊の出陣が決まったけれど、なぜか私は外されることになり、落ち込んでいた。
「自分の嫁だからってズルいよな」
「危険なのはみんな同じなんだから、身内だからって贔屓されるとやってらんねぇよ」
通路の先から歩いて来た他の部隊の隊員達の話し声が聞こえる。
彼らに私の姿はまだ見えていない。面と向かって言うほどの強い敵意ではないだろう。緊迫した戦況下、密閉された基地での生活。疲れ切った心はつい言わなくてよい言葉まで発してしまう。
隊長と結婚して、約三か月。
住む部屋は変わらず、隊長と隊員という関係も変わっていない。
けれどほんの少し会話をすることが増えた。目が合うと反らされることなく、眦が少し緩むようになった。
夫婦らしい関係性ではなかったけれど、それでもずっと片思いしていた隊長の妻になれたことが嬉しかった。
でも、私は守ってほしいわけではない。
隣国から突然攻め込まれて始まった戦争。
私は大好きな人達を守りたくて、自ら志願してここにいる。
「デビット隊長!!」
私はノックもせずに勢いでデビット隊長の部屋の扉を開けた。
荷造り中の隊長が驚いた顔を向ける。
「ミシェル、どうした?」
声に優しさが滲むようになったのはいつの頃からだろう。
じんわりと胸が熱くなる。なんだか泣きそうになるのを堪えて、隊長の目を見る。
「明日からの作戦、私も参加します」
「お前はここに残って後方支援をするように言ったはずだが?」
指揮官としての冷静な隊長の言葉が冷たく聞こえる。
「人数は足りていないはずです。どうして私を外すんですか?」
何か言いかけた隊長の言葉を遮って、私は続ける。
「私が女だからですか? 私が隊長の妻だからですか?」
隊長がグッと唇を結ぶ。
「私は国を守るためにここにいます。明日、第三部隊の一員として、絶対に一緒に行きますから!!」
言いたいことを一方的に言って、私は隊長の部屋の扉を閉めた。
まだ一度も入ったことのない隊長の部屋は物が少なくて整頓されていた。こんな時なのに、実に隊長らしい部屋だったなぁ、なんて思う。
翌日、私が目を覚ますと、私を除く第三部隊は出発してしまっていた。計画が変わり明け方出立したらしい。
一週間で戻る予定だった第三部隊は十日経っても二十日経っても戻って来なかった。
やがて、突然、本当に突然、戦争は終わりを告げた。
「終わった……?」
「勝ったのか……?」
実感の湧かない疑問符ばかりの会話が交わされる。
やがてそれは確信に変わり、基地の中は安堵と希望に満たされて行った。
「やっと帰れる」
誰かがポツリと言った。みんなの顔が笑顔に変わる。
私も笑って「そうだね、帰れるね」と相槌を打つ。
誰も、一人として戻って来ていない第三部隊のことは口にしない。
戦争が終わって約一か月、ほとんどの隊員が基地から去った。
今は常駐する隊員が通常運営しているだけ。
軍では隊ごとに指示が下るけれど、私が所属する第三部隊は出陣したままで、隊長も不在。
取り残された私は、軍を辞めて故郷に帰ることに決めた。
私の暮らしていた小さな村は隣国に近い。だから戦争が始まってすぐにほとんどの人が避難した。今はもう、村に人も戻っただろうか。
まだ郵便は正常化されていないだろうから、手紙を出しても届くかどうかわからない。
私は連絡もせずに蒸気機関車に乗った。
車窓から流れていく景色をぼんやりと眺める。
母と父は元気だろうか。戦争が始まる直前に結婚した姉は義兄と仲良くやっているだろうか。
私も結婚したんだよと家族に隊長を紹介したかったな。
「あ」
私はとんでもないことに気が付く。
「結婚してくれないなら死にます」と戦況下で冗談でも言ってはいけないようなプロポーズをして受け入れてもらって夫婦になった。
けれど、それだけだった。
私はデビット隊長に「愛してます」はおろか「好き」の一言も言っていない。
部下に同情してくれたデビット隊長に私の気持ちは届いていただろうか。
優しい隊長は、戦時中の情緒不安定な女に寄り添ってくれただけかもしれない。
好きと言えばよかった。
ゴツくて筋肉ゴリラな見た目がカッコいいと思っていた。くだらないことでバカ騒ぎする部下をいつも優しく見守ってくれていた。どんなツライ訓練でも泣き言一つ言わない。隊長だけど、私達と同じ訓練をして同じご飯を食べていた。部下の一人が夜逃げしようとしたことがバレて、それを庇ったせいで昇進の機会を失ったと聞いた。
いつもしかめっ面の隊長が「バカだな」と言って笑ってくれた時は嬉しかった。自分だけに笑いかけてくれたらいいのに。もっと笑顔を見たいと思った。
ボロボロと涙が零れ落ちる。
何事もなかったかのように、帰って来る気がしていた。
もう二度と会えないなんて、思いたくなかった。
好きだと、一度でもいいから伝えればよかった。
私が駐在していた基地は故郷からあまり離れていなくて、蒸気機関車で一時間程度。
涙が乾ききる前に降りる駅に着く。
荷物が入った大きなボストンバッグを抱えたまま、家には寄らず教会へと向かう。
いつか私もここで愛を誓うのだと、幼い頃から漠然と思っていた場所へ。
普段は牧師さんが一人いるだけの静かな教会が、なぜか騒がしい。
教会の前には見慣れた軍服を着た男達がいる。
わたしは思わず走り出す。
「ミシェル!!」
私の姿に気が付いて声が上がる。
「サムエル!! ダン!!」
私は同じ第三部隊の仲間の名前を呼んだ。
「ミシェル!?」
教会の中からジョアンナも姿を現す。
持っていたボストンバッグを放り投げて走り出す。私達は力いっぱい抱きしめ合った。
第三部隊で唯一の女性だった私とジョアンナはいつしか親友と呼べる仲になっていた。
少し痩せたように感じるジョアンナの後ろから、次々に第三部隊の隊員達が姿を現す。
「ミシェルじゃないか!」
「おい、みんなミシェルだぞ!!」
懐かしい第三部隊の面々が姿を現して私とジョアンナを囲んだ。
「無事だったのね」
私の言葉に「無事じゃないわよ!」とジョアンナが返す。
「ほら、見て! 野営の火おこしに失敗して私の髪の毛が犠牲になったのよ!!」
ジョアンナの腰まであった長い髪は肩程まで短くなっている。睨んだ視線の先のダンが苦笑いをしている。
懐かしいジョアンナとダンのやりとりに、みんなと一緒に涙が出るほど笑った。
やがてポツリポツリと、今日までのことを語り出す。
「奇襲戦だった」
「敗戦を覚悟した捨て駒だったよな」
今だから言える、というように少し笑う。
「少しでも敵にダメージを与えたいって上からは碌な指示もなくってさ」
「でもさ、いたんだよ。そこに」
戦争のさなかに起こった隣国の王位争い。王位を継承したばかりの若き王に勝ち星を与えるためだけの遠征だったらしい。
敵国の資源豊富な鉱山が眠る一帯を焼き払う、それだけの目的で王を担ぎ上げてやってきた彼らに奇襲をかけたのが我が第三部隊だった。
王の首を取ったはいいが、その後敵国から追われ辿り着いたのは辺境に住まう一族の隠れ村。そこでも敵扱いされたけれど、やがてわかってもらえて解放され、やっとこの村に辿り着いたのが二日前だという。
「国に戻ってみればいつの間にか戦争終わってるんだもんな」
「俺達英雄を差し置いて、国中勝利に沸いてるって聞いてビックリだよ」
やっと辿り着いた祖国で、戦争が終わったことを告げられた。
驚いたけれど、今は安堵のほうが強い。
「どうしてこの村に……?」
辿り着いたのがこの村だとしても、本来ならすぐに軍本部を目指すだろう。
疲れた体を癒すにも、この小さな村には宿泊施設はない。だから彼らはこの教会の屋根を借りていたのだろうけれど。
「ミシェルに会いたいって、隊長が」
サムエルの言葉に、私は走り出す。
何度かデビット隊長に話した記憶がある山沿いの故郷の村。彼はそれを覚えていてくれたのだ。命がけで帰って来て、私に会いに来てくれた。
「敵国の狙いはこの村の山を焼くことだったんだ。山の麓にはミシェルが結婚式を挙げたいと言っていた教会があるって隊長は言っていた」
「故郷を焼かれるかもしれない状況にお前は連れて行けないって」
だから最後の作戦から外されたんだ。その言葉をみんなは飲み込んだ。
私の実家は教会から歩いて三十分程。その距離を全力で走る。
懐かしい赤い屋根の我が家が見えてきた。煙突からは煙が昇っている。
実家の扉を開けると、狭い我が家はすぐにリビング兼キッチンが広がっている。
台所に立つ母、ダイニングテーブルに座る父と狭い家に不似合いなゴツい体の隊長が振り向く。
「お、ミシェル。おかえり」
「ミシェル、ただいまくらい言いなさい」
いつも通り穏やかな父に、無言の私を叱る母。
「あと、結婚したならちゃんと報告してちょうだい」
母の言葉に、わたしは座ったままこちらを見ている隊長に視線を移す。
「デビット隊長……」
生きていた。
立ち上がった隊長の左腕の袖がブランと揺れる。
敵兵から逃げて、辺境の一族の元にしばらく滞在したのは隊長が腕を無くして生死をさまよっていたからだという。やっと動けるようになって、辺境の一族にお礼を言ってこの村に向かった。
「ただいま、ミシェル」
無言の私に、隊長が自身の左腕に目線を落とす。
「やっとお前を抱きしめられるのに、今はそのための腕がない」
「私が抱きしめます!!」
私は勢いよく隊長に抱き着く。片方の腕が、優しく背中に回される。
「隊長、好きです。私と結婚してください」
「もう結婚している」
愛の言葉を添えてもう一度プロポーズをするが、事実を返されてしまう。
「愛しています」
「俺もだ、ミシェル」
ダメ元で言った愛の言葉の返事に、驚いて私は顔を上げる。
隊長の顔は真っ赤だ。耳も首も赤く染まっていく。
「……知りませんでした」
「部下に手を出せるか」
「結婚はいいんですか?」
「正直、今回の戦争は負けると思っていた。だから、形だけでもお前と夫婦になれるのならいいかと、お前の言葉に甘えた」
テーブルにお茶が置かれる。家族は苦手だというけれど、私は好んで飲んでいたハーブティだ。
「話は座ってしなさい。そして、私達に新しい家族を紹介してちょうだい」
母は自分のマグカップをテーブルに置く。
四人でダイニングテーブルを囲んで話をした。
これまでのこと。これからのこと。
翌日、私は姉に借りた白いワンピースを着て、隊長は義兄に借りたパツパツのスーツを着て、教会で式を挙げた。
私の家族と、戻って来ていた村人達、それに第三部隊の仲間達の祝福を受けて、私達は夫婦の誓いを行う。
「おめでとー!!」
「幸せになれよー!!」
第三部隊の大声に全力で返す。
「ありがとー!! もう幸せ!!」
隊長が生きていてくれて、しかも私のことが好きだという。
私はもうすでに幸せだ。
式が終われば第三部隊は一度中央に戻り今回の遠征の報告をする。
その後になるけれど実は貴族の三男だという隊長の家にご挨拶にも行かなくてはいけない。
これから先の私達の人生には、山も谷もあるだろう。
けれど、見上げれば強面のデビット隊長が微笑んでくれる。
「愛しています」
「俺も、愛している」
恥ずかしそうに、けれど目を反らさずに答えてくれる。
「愛している」と言える幸せを、返してくれる嬉しさを噛み締めた。
風に乗って白い花びらが舞っていく。
幼い頃に憧れたあの情景の中に、私はいた。
数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。
ブックマーク、評価、リアクション、どれもとても嬉しいです。




