君に逢いに
白と黄色のコントラストがとても鮮やかな花束を持って君の元へ向かう準備をする。
この花にしたのは、僕の中での君のイメージは純潔な白色と弾けるような黄色だったからだ。君に見せたら「らしくない」と笑われるだろうか。そんな確信のない想像をしながら、行かないで。と足元で鳴く猫に謝りつつ、僕は家を出た。
君と最後に会ったのは約一ヶ月半ほど前だったか。随分と長い時間が過ぎたような気がする。
新しいカフェを見つけたこと、飼い猫の体調が思わしくないこと。
そして――君のいない部屋が、ひどく広く感じること。
春の少し冷たい風に体を震わせながらこの坂道を登る。君に話したいことを指折り数えていると、ようやく君の前に辿り着いた。
「久しぶり。元気してた?」
わざと落ち着いた声で僕は君に話しかけた。
『……どうかな。ある意味、元気だよ』
君は相変わらずの様子で、そこにいた。
「もう四月だというのに、今日は少し風が冷たいね。薄着できてしまって、もう少し暖かくして来ればよかったな。」
こんな中身のない事を話すものだから、君からの返事はない。
「仕事の帰り道に新しいカフェを見つけたんだ。そこのコーヒーは僕の苦手な深煎りなんだけど、君の好きなオニオンのピクルスが置いてあるんだよ。」
僕は視線を外し、遠くに見える白桜の木を見つめながら近況を話す。
『そうなんだ、今時珍しいんじゃない?』
春先の冷たい風が吹く。僕は寒さのせいか少し震えた声でゆっくりと話す。
「ピクルス、前に来ていたお客さんがかなり美味しいと言っていたのを聞いたよ。僕もあれが得意だったらぜひにでも食べてみたかったんだけどね。」
『いいなぁ。私はあれ、大好きだから。そんな話聞いたら今すぐ食べたくなっちゃうよ。』
「……君と来たかった。なんて言ったら、君は笑うかな。」
間髪入れずに、君の方を見ず少しトーンを落とした声で僕は言った。君は少し困ったような顔をしている。そんな気がした。
「……ごめん、返事に困るようなこと言ったな。」
苦笑いしてようやく君の方を向いた。
『本当だよ。そういうとこ、昔から変わらないね。』
冷たい風が、花束の花弁を揺らす。その花の香りが、君の髪の匂いに似ているような気がした。
「君が使ってた部屋、今はあの子の大きな寝床になっているよ。時々夜中にあの子が宙を見ながら泣くんだよ。僕にはもうわからないけれど、まだ君の匂いが残ってるみたいでさ。」
十三歳になる老猫。君と一緒に暮らしてきた、僕たちの家族の事だ。
『そっか、あの子にも悪い事をしたなぁ、叶うなら、あの子をまた膝に乗せて撫でてあげたいよ。』
猫のことを可愛がる君を見るたび、僕らはずっとこうして暮らしていくものだと信じて疑わなかった。今はその幸せが、痛いほど僕の心を蝕む。
「これ、君にと思って持って来たんだ。僕の中の勝手なイメージだけれど、この色、好きだったろう?」
少し息を吐き、ずっと手に持っていた花束を君の元に置く。君が花束をもらって手放しに喜ぶタイプではないのはわかっていた。でも今の僕が君に贈れるものは、これくらいしか思いつかなかったのだ。
『ありがとう。すごく綺麗だね、最近はこの辺りにあった花も萎れちゃっていて、少し寂しかったんだよ』
僕はしゃがみ込み、胸の奥に沈めていた言葉を絞り出した。
「本当は、今でもまだ毎朝起きるたびに君がまだ隣にいるんじゃないかって思ってしまうんだ。」
『・・・。』
君がどんな反応するかなんて僕にはわかりきっていた。でも言わずにはいられなかったのだ。あの日から僕の心には、何もない。何もかもが、空虚なものに思えてしまうのだ。
「君がいてくれたら、そればかり考えてしまうんだよ。君のいない部屋はどこか広くて、駅前には君と行って見たいお店ばかりが増えていく。」
一ヶ月半、溜め込んでしまっていた思いの言葉が、僕の口から溢れ、君の元へ止まることのない滝のように流れ込む。悪い癖なのは、分かっている。
『そっか……』
「君とまた一緒に桜の木を見たかった。あのカフェではオニオンのピクルスを口いっぱいに頬張る君がいて。そんな想像をしては、僕は人目を気にせず泣いてしまうんだ。」
止まらなかった。僕の心に空いた暗い暗い大穴から君への想いが溢れた。
「……ごめん話しすぎたね。僕ばかり喋ってしまった。」
もう、君からの返事は無い。
君がどんな顔をしているか僕はこの潤んだ瞳の先では見つめる事はできなかった。
「……そろそろ行くよ。あの子を一人にしておくのも可哀想だから。」
僕は立ち上がり、軽い眩暈を覚えながら、灰色の石に無造作に置かれた花束を少し手直しした。
再び何も無い日常へ戻ることを覚悟し、僕は君の名前が丁寧に刻まれた墓石を後にする。
また、少し冷たい風が吹いた。
「また来てね。」
と言う君の声が聞こえた気がしたが、僕には振り返ることができなかった。




