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赤い糸は瓦礫の上で

作者: 昼月キオリ
掲載日:2026/03/12


♦︎

雨が降り続いていた。


去年の7月、記録的な豪雨が三日三晩降り続けた末、

ダムが決壊し、街は半日で水と泥に飲み込まれた。


住宅街に住んでいた湊斗みなとは、

父親の拳が飛んでくるのを避けるために押し入れの奥に隠れていた。

父親が部屋に入ってきた、

次の瞬間。

水は父親の体を一気に呑み込んだ。

偶然だった。ただ部屋の右側にいた。それだけの理由で俺は助かったのだ。



♦︎

同じ時刻。


彩花あやかは、傘も差さずに道路に立ち尽くしていた。

目の前の男は、ずぶ濡れのスーツを着たまま、彩花の腕を掴んでいた。

「静かにしろよ」と低い声で脅されながら、

男が彩花の口を塞ごうとした瞬間、背後から黒い波が来た。


男の身体は一瞬で浮き上がり、くるくると回りながら水に流されていった。

彩花は咄嗟にガードレールを掴み、事なきを得た。

右側にいた。

たったそれだけの違いで彼女はここにいた。




♦︎

瓦礫の山と化した街で、二人は出会った。


避難所に向かう途中。

水と泥にまみれた瓦礫の山。


湊斗が声を掛けるが

彩花は最初、男性不信に陥っていて離れたまま話を返していた。

話し続けていくうちに彩花は次第に心を開いていた。

境遇が似ていたからだ。


「俺さ、右側にいたんだよね」

「私も右だった」


「俺達、運が良かったんだな」

「そうみたいだね」



♦︎

しばらくして児童保護施設に移ってからも、二人はずっと一緒にいた。

男性不信になっていた彩花も湊斗だけには心を開いていたのだ。


同じ時間に食堂へ行き、同じ時間に自習室へ行き、

夜になると、庭の縁側に座って話をした。


誰かに「恋人?」と聞かれると、

彩花は「違う」

湊斗は「そんなんじゃない」

と答えた。



♦︎

18歳の春、二人は施設を出て小さなアパートでアルバイトをしながら暮らし始めた。


20歳の秋、二人は役所に婚姻届を出した。


式はしなかった。

指輪も買わなかった。

その代わり、二人はいつも近所の公園に行って

ブランコに並んで座って話をした。


「ねぇ、湊斗君は運命って信じる?」


彩花が訊いた。


湊斗は少し考えてから答えた。


「信じるっていうか信じざるを得なかった、が正しいかな」


彩花はふふっと笑った。


「私も一緒」


二人の上に雨は降らなかった。




♦︎

今、二人は小さな1DKのアパートで暮らしている。


湊斗は地元の建築会社で働き、彩花は図書館で働いている。

給料は高くなかったが二人で暮らすには充分だった。


一番最初に同じ布団に眠る時に湊斗が聞いた。


「俺、左側がいい」


「私も左がいい」


互いに譲らない。


結局、布団を斜めに敷き、ピッタリとくっついて眠ることにした。

互いの体温を感じながら静かに眠りにつく。


瓦礫の上で結ばれた赤い糸は、

今も二人を繋いでいる。


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