第7話
車を停め、エンジンを切る。
静かになった車内で、茜音は一度だけ深く息を吸ってからドアを開けた。
その瞬間、向こうから小さな足音がぱたぱたと近づいてくる。
「あかーねーちゃーん!」
大きな声で名前を叫びながら、リビングの方から駆けてくるのは姪の真帆だった。
思わず笑みがこぼれる。 茜音は慌ててしゃがみ、腕を広げた。
一直線に飛び込んできた真帆を抱き止めた――そのはずだったが、勢いに耐えきれず、二人そろってそのまま尻餅をついてしまう。
「きゃっ!」
一瞬の沈黙のあと、顔を見合わせて二人で大笑いした。
「ま、真帆……相変わらず元気ね」
「だって、茜音ちゃん来たんだもん!」
誇らしげに胸を張る真帆に、茜音は目を細める。
「真帆、今日は幼稚園どうしたの? お休み?」
「うん。そう。今日ね、お休みなの」
そのやり取りに、背後から柔らかな声が重なった。
「今日は先生たちの研究発表会があって、お休みなのよ」
振り向くと、そこに立っていたのは春奈だった。
真帆の母であり、茜音の義姉。
穏やかな笑みを浮かべたまま、続ける。
「真帆が休みの日に来てくれてよかったわ。
幼稚園に行っている間に、茜音ちゃんが来たって知ったら、
この子、泣いて手に負えなくなるところだったもの」
冗談めかした言い方に、茜音も小さく笑う。
真帆の手を取り、しゃがんだまま目線を合わせて言った。
「じゃあ、茜音も真帆に会えなかったら、泣いちゃったかも」
「えへへ。いっしょだね」
そう言って、真帆はぎゅっと茜音の腕にしがみついた。
その小さな体温が、胸の奥にじんわりと染み込んでくる。
懐かしいのに、縋りつくような感情ではない。
ただ、ここにある温度を、そのまま受け取っているだけだった。
キッチンに顔を出すと、母の麻沙美がお茶の用意をしているところだった。
「お父様とお兄ちゃんは?」
何気なく尋ねる。
「お父様はお昼に帰ってくるって。 啓介さんは……どうかしら」
春奈が肩をすくめて教えてくれた。
「すぐ行くから、先に座ってて」
麻沙美に促され、茜音は真帆と手をつないだままリビングへ移動する。
「それにしても珍しいわね。一人で来るなんて」
お茶を運びながら、麻沙美がそう言った。
「うん。なんか……みんなの顔が見たくなって」
それは嘘ではなかった。
けれど、理由のすべてでもない。
茜音の記憶に残る家族の姿は、いつも最後には少しだけ辛そうで、どこか悲しげだった。
だから今は、 誰かに縋るためではなく、
「ちゃんと笑っている家族」を、自分の目で確かめたかった。
それを見たうえで、 自分がこれからどこに立つのかを――
改めて、選び直すために。




