第3話
――それにしても。
茜音は、カップの中の紅茶を見つめながら、ふと思う。
さっきまで立ちのぼっていた湯気はもう消え、表面は静かに揺れるだけだった。
なぜ、何度も戻ってきてしまうのだろう。
少しぬるくなった紅茶を口に含み、ゆっくりと飲み下す。
喉を通る感触だけが、今も自分が生きていることを確かに知らせてくれる。
――一度目。 ――二度目。
死ぬ間際、頭の中を埋め尽くしていたのは、同じ言葉だった。
「なぜ、私じゃないの?」
「私を愛しているって言ったのは、嘘だったの?」
「私を、捨てないで」
思い返すたび、胸の奥がひりつく。 どれも、陸翔への執着だった。
愛されたい。 選ばれたい。 別れたくない。
その思いに、ただすがりついていただけだった。
そして、三度目。
屋上に立ったあの夜、初めて違う言葉が浮かんだ。
「次は、絶対に執着しない」
あの時は、ただ疲れ切っていた。
もうこれ以上、何かを失う痛みに耐えられなかった。
それでも―― こうして、また戻ってきている。
私の執着が、この世への未練となっているのだろうか。
そう考えると、妙に納得できてしまう自分がいた。
もしそうなら。 せめて。
せめて、陸翔と結婚する前に。
いや、お見合いの前に戻してくれればよかったのに。
出会わなければ、 愛さなければ、 失うこともなかったのに。
なのに。
なぜ、奈菜と出会うその日に戻されるのだろう。
何度考えても、答えは出ない。 理由も、意味も、分からない。
茜音はカップを持つ指に、少し力を込めた。
もし、今回も同じように家族を救えず、
また命を落とすことになるのなら。
――もう、願わない。
これで、終わりにしよう。
どんな結末でも、すべてを受け入れる。 やり直しなんて、いらない。
これ以上、何度も戻ってきて、 同じ後悔を繰り返すくらいなら――
静まり返っていた寝室から、アラーム音が聞こえた。
設定された、いつもの時間。
陸翔が起きてくる合図だった。
茜音は一瞬、そちらに視線を向けてから、
すっかり冷めきった紅茶を一気に飲み干した。
苦みも、渋みも、もう気にならない。
カップを静かに置き、立ち上がる。
考え続けても、答えは出ない。 なら、今できることをするだけだ。
茜音はエプロンを手に取り、
何事もなかったかのように朝食の準備に取り掛かった。
今日という一日を、 生きるために。




