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第25話

「お客さん、病院に着きましたよ」


運転手の声に、茜音の意識が引き戻された。


窓の外には、見慣れた総合病院の入口。

ブレーキがかかり、タクシーが静かに止まる。


それでも、すぐには降りられなかった。


頭の中に、何度も同じ光景がよぎる。


自分のパジャマを着ていた奈菜。

何のためらいもなく、ゴミ箱に落とされたウェディングフォト。

そして、寝室から出てきた陸翔。


現実なのに、現実だと思いたくなかった。


「……何もなかった」


あの言葉を、 信じようとしていた自分が可笑しくて、

喉の奥で、乾いた笑いが漏れそうになる。


結局、何も変わらなかった。


陸翔は、いつもそうだった。 心では茜音を見ているようで、

最終的には、奈菜を選ぶ。


分かっていたはずなのに。 四度目は違うかもしれない、なんて。


――自分から離れると決めたくせに。


覚悟が、足りなかったのは自分だ。


現実は、容赦なく突きつけられる。

準備ができているかどうかなんて、関係ない。


茜音は震える手で料金を支払い、

ふらつく足取りで病院の自動ドアをくぐった。


消毒の匂い。 白い壁。 忙しなく行き交う人たち。


もう、検査なんてどうでもよかった。 理由も、目的も、曖昧なまま。


ただ、吸い込まれるように、ここに来ただけだ。


バッグの中で、スマートフォンが震えた。


一度。 二度。 三度。


画面を見なくても分かる。 陸翔からだ。


着信履歴は、すでにいくつも並んでいるはずだった。


指先が冷たくなり、 視界が揺れる。


茜音は立っていられず、 病院の壁に背を預け、そのまましゃがみ込んだ。


呼吸が、うまくできない。


「……っ」


その様子に気づいたのか、 近くにいた職員が慌てて駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか?」


茜音は、小さく頷いた。


「……大丈夫です。  診察をお願いしたいので……受付を……」


言いかけて、 ふと、バッグの中を探る。


――診察券。


ない。


マンションだ。 あの部屋に、置いたまま。


……でも。


次の瞬間、 自分でも驚くほど、静かに気づいた。


診察券がなくても、 診察は受けられる。


取りに行く必要なんて、 最初から、なかった。


それでも、 あの部屋へ戻った理由を考えると、 胸の奥が、じくりと痛んだ。


茜音は、力なく笑った。


「……すみません。  診察券、忘れてしまって」


「大丈夫ですよ。こちらで確認しますね」


職員の穏やかな声に促され、 茜音は立ち上がる。


足元が、まだ少し不安定だった。


付き添われて、診察室の前まで来る。 名前を呼ばれ、扉が開く。


白い診察台と、機械の音。


ここまで来て、ようやく、 身体が自分のものではないような感覚に気づいた。


胃の重さ。 吐き気。 立ちくらみ。


すべてのものから解放されたかった。

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