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第2話

これが、三度目の人生なら、私はまた破滅する。


 茜音は、自分のために紅茶をいれた。


 湯気の立つカップを両手で包み込むと、柔らかな香りがキッチンに満ちていく。

 陸翔はコーヒーを好む。二人で過ごす朝は、決まってコーヒーだった。


 だから、この紅茶は――  完全に、自分のためのものだ。


 壁の時計を見る。  まだ五時を少し回ったばかり。


 寝室の方は、静まり返っている。  彼が起きてくるまで、まだ時間はある。


 茜音は椅子に腰を下ろし、ゆっくりと思考を巡らせた。


 ――今回も、同じなら。


 今夜、陸翔は会食に出かける。  取引先をもてなす、格式ばった店。


 そこで、初めて水川奈菜と出会う。


 ホールスタッフとして働き始めたばかりの奈菜は、緊張から足元がおぼつかない。

 運んでいたワインをこぼし、陸翔の服を汚してしまう。


 何度も頭を下げる奈菜。

 困ったように笑いながら「大丈夫ですよ」と答える陸翔。


 ――それが、すべての始まりだった。


 翌日。  陸翔は友人に誘われ、飲みに出かける。


 その店で、客に絡まれている奈菜を見つける。

 自然と間に入り、彼女を庇うように場を収める。


 さらにその翌日。  商談後の懇親会。


 度数の高い酒を断りきれず、あまり強くない陸翔は体調を崩す。

 会場がホテルだったこともあり、秘書が慌てて一室を確保し、茜音に連絡を入れる。


 急いで向かった先で、茜音が目にするのは――

 ベッドの上で、互いを求め合う陸翔と奈菜の姿。


 これが、今日から起こること。


 何度も繰り返してきた、変えられなかった未来。


 ――1度目。


 なかったことにしようとした。


 一時の過ちだと。  自分さえ我慢すれば、夫婦は元に戻れると信じた。


 けれど陸翔は、次第に奈菜との関係を隠さなくなった。

 そして、はっきりと言った。


 奈菜と結婚したい。  だから離婚してほしい。


 拒み続けた。  泣いて、縋って、それでも拒んだ。


 すると陸翔は、奈菜を二人の自宅に住まわせた。


 キッチンに残る知らない香り。  リビングに増えていく見知らぬ私物。


 自分の居場所が、少しずつ削られていく感覚に耐えきれなくなった。


 茜音は、家に火を放った。


 すべてを壊してしまえば、この現実も終わると思った。


茜音は家を燃えつくす火の吞み込まれて命をたった。


 その後。


 娘を失った衝撃で、両親は急速に衰弱し、

 茜音の後を追うように亡くなった。


 兄は、陸翔を責めた。うんざりした陸翔は奈菜との企みで汚職の濡れ衣を着せた。

 兄は逮捕され、本宮家は崩れ落ちた。


 ――2度目。


 今度こそ、二人を出会わせないと決めた。


 会食の段取りを変え、  店を変更し、席順にまで口を出した。


 それでも運命は、すり抜ける。


 酒に潰れた陸翔を、奈菜が介抱した。  たまたま、そこに居合わせただけ。


 それだけで、すべてが崩れた。


 茜音はホテルを飛び出し、夜の街へと駆け出した。


 視界に広がるライト。  耳を裂くブレーキ音。


 次の瞬間、身体は宙を舞っていた。  そして。


 再び、両親は娘の死を受け止めきれず、心身を壊し、亡くなった。

 兄はまたしても不正の告発を受け、逮捕され、

 本宮家はまた崩壊を迎えた。


 ――3度目。


 抗うのを、やめた。


 すべてを受け入れることにした。  三人で暮らす選択をした。


 自分が折れればいい。  自分さえ我慢すれば、誰も傷つかない。


 そう、思った。


 けれど奈菜は妊娠した。


 陸翔の子供を。


 結婚して三年。  病院に通い、検査と治療を繰り返し、

 希望を抱いては砕かれてきた自分には、あまりにも残酷な現実だった。


 屋上に立ち、夜風に身をさらしながら、悟った。


 ――もう、昔には戻れない。


 茜音は、自ら命を絶った。


 それでも。


 両親は娘との別れに耐えきれず、心身を崩し、ほどなく亡くなった。

 兄は再び身に覚えのない不正の嫌疑をかけられ、逮捕され、

 本宮家は、完全にばらばらになった。


 ――もう、同じにはならない。


 自分が陸翔に執着したばかりに。  自分の選択のせいで。


 毎回、家族を巻き込み、壊してしまった。


 今度は、もう執着しない。


 自分のために。  そして、何度失っても自分を愛してくれた家族のために。


 生き続ける。  選び続ける。


 茜音は、紅茶の入ったカップをぎゅっと握りしめた。


 その温もりを、確かめるように。

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