第15話
タクシーの後部座席で、茜音のスマートフォンがひっきりなしに震えていた。
画面に表示されている名前は、義母。
一度や二度ではない。 着信が切れても、少し間を置いて、また鳴る。
茜音は画面を見つめたまま、すぐには動かなかった。
義母の顔が、はっきりと思い浮かぶ。
心配そうに眉を寄せ、声を震わせて、
「茜音ちゃん、大丈夫?」
そう何度も呼びかけてくる姿。
今までも、そうだった。
義父母は、いつも茜音の味方だった。 陸翔を諫め、叱り、
「夫として何をしているの」
そう言い続けてくれた。
それでも――結果は変わらなかった。
離婚をする。
奈菜と結婚をする。
陸翔は、ただそれだけを繰り返す。
どれだけ頭を下げられても、
どれだけ謝られても、
最後に選ばれる未来は、いつも同じだった。
今回も、きっとそうなる。
義父母は陸翔を責め、茜音に謝り、
「もう一度考えてほしい」と言う。
でも――もういい。
茜音は、静かにスマートフォンの電源を切った。
画面が暗くなり、車内に残るのはエンジン音だけになる。
タクシーのシートに、深く身体を沈める。
……これから、どうするか。
問いは浮かんだが、答えはすでにあった。
これまでの人生には、決まった流れがあった。 陸翔からの連絡が減り、
家に帰らなくなり、 数か月後に、離婚を切り出される。
一度目も。 二度目も。 三度目も。
分かっていることは、もうはっきりしている。
――陸翔から離婚を切り出される前に、
今度は、私から離婚を切り出す。
これまでは、陸翔からの離婚に茜音が頑なに応じなかった。
だからこそ、彼は強硬な手段に出た。
ならば―― 茜音が最初から離婚に応じれば、
陸翔が、茜音の家族にまで手を出す必要はない。
「ああ……」
小さく息を吐く。
不思議と、涙は出なかった。
ホテルの部屋に着いた途端、力が抜け、
茜音はその場にへたり込んでしまった。
思い出されるのは、さきほどの光景。
今回、陸翔はベッドにいなかった。
――なぜだろう。
一度目と二度目は、田口に呼ばれ、 田口と二人で、あの部屋に入った。
三度目は、行くつもりがなかった。 もう見たくなかった。
けど、結局義母から連絡が来て行くしかなかった。
今回は、離婚の話をスムーズに進めるため、
茜音は、義両親を“目撃者”にした。
だから、違ったのだろうか。
それとも―― 陸翔は、奈菜と何もなかったのだろうか。
あるいは、 自分が駆けつけるのが早すぎたのか。
考えても、答えは出ない。
また今夜も、 眠れない夜を過ごすことになりそうだった。




