第13話
ホテルに着くと、ロビーの片隅で秘書の田口が落ち着かない様子で立っていた。
視線だけが何度もエレベーターへと向き、顔色はひどく悪い。
「田口さん、陸翔は?」
茜音が声をかけると、田口は安堵したように大きく息を吐いた。
「……奥様。社長は――こちらのお部屋で休まれています」
差し出されたカードキー。
茜音はそれを受け取り、記された部屋番号を見て、かすかに唇を噛んだ。
「……やっぱり、この部屋」
三度の人生で、何度も目にした数字。
その先で起こることも、いつも同じだった。
「行きましょう」
低く言ったのは義母だった。
義父と田口を含め、四人でエレベーターに乗り込む。
閉じた扉に映る自分の顔は、驚くほど静かだった。
部屋の前に立つ。
カードをかざす指が、ほんの一瞬だけ止まった。
息を吸い、吐く。
そして、ロックが外れる音がした。
薄暗い室内。
視界の奥に、ベッドの輪郭がぼんやり浮かぶ。
直視するのが怖くて、茜音は一度、目を閉じた。
その横を、義母と義父が先に進む。
次の瞬間、空気を裂くような声が響いた。
「あなたたち、何をしているの!!」
義母の悲鳴に近い声。
続いて、低く怒鳴る義父の声。
「陸翔!!」
胸が締めつけられる。
茜音はバッグを強く握りしめたまま、ようやく目を開いた。
「きゃっ……!」
女の悲鳴。 奈菜だった。
田口が慌てて照明をつける。
明るくなった室内。
ベッドの上には、布団を胸元まで引き上げた奈菜が座り込んでいた。
髪は乱れ、頬は赤い。
けれど――
陸翔は、ベッドの上にいなかった。
ベッドの横に立っている。
呆然とした表情で。
着ていたシャツは乱れ、ネクタイは外れたまま。
髪も崩れ、荒い呼吸だけが残っていた。
それだけだった。
触れ合ってはいない。
絡み合ってもいない。
―― 立っている。
理解が追いつかず、茜音の呼吸が浅くなる。
どうして?いつもは、違った。
三度の人生。この場面では必ず、陸翔はベッドにいた。
そこから、すべてが崩れていった。
なのに今回は、立っている。
その違和感を確かめる余裕もなく、茜音は踵を返した。
ドアへ向かい、そのまま走り出す。
過去と同じように、この部屋を飛び出す。
ただ一つだけ、違うものを胸に残したまま。
タクシーを拾い、ホテルを離れる。
窓の外の街の灯りは、滲んで見えた。
―― 四度目が始まった。
茜音は、自分の泊まるホテルへ向かいながら、静かに息を吐いた。
ただ今までと、何かが違っている。
その違和感の意味を、まだ―― 茜音は知らなかった。




