表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

第10話

茜音が眠りについたのは、明け方をとうに過ぎてからだった。


 意識が浮上したのは、陸翔のアラーム音のせいだ。

 反射的に身体がこわばった、その瞬間――


「茜音、まだ寝てて」


 背後から、低く穏やかな声が落ちてくる。


 耳元に触れる優しさに、茜音は目を閉じたまま小さく頷いた。

 返事をする代わりに、息だけを整える。


 ほどなくして、背中のぬくもりが消えた。

 ベッドがきしみ、起き上がる気配。


 目は閉じているのに、意識だけははっきりと覚醒していた。


 やがて、玄関のドアが開く音。  続いて、静かに閉まる音。


 ――出社した。


 それが分かると、茜音はゆっくりと身体を起こした。

 重たい頭を支えるように、深く息を吐く。


 誰もいなくなったキッチンで、紅茶をいれる。

 湯気が立ちのぼるのを、しばらくぼんやりと眺めた。


 ふと、鏡に映った自分の顔を見る。


 昨日よりも、ひどい。  目の下には影が落ち、頬の色もない。


 ――仕方ない。


 まずは、この顔をどうにかしないといけない。

 茜音はスマートフォンを手に取り、いつも通っているエステに連絡を入れ、午後の予約を押さえた。


 次に、陸翔の母へ電話をする。

 明日の午後に伺うことを伝えると、楽しみに待っていると言っていた。

 義母の好きなケーキを買っていけば、そのまま夕飯まで一緒に。という流れになるだろう。


 ――予定は、整った。


 けれど、それだけでは足りない。


 茜音はシャワーを浴び、身支度を整えると、クローゼットの奥からスーツケースを引き出した。


 下着、最低限の衣類、化粧品。

 本当に必要なものだけを、淡々と詰めていく。


 ――何かあれば、また取りに来ればいい。


 アクセサリーに目を向ける。

 それらはすべて、陸翔が買ってくれたものだった。


 洋服も、ほとんどがそうだ。


 しばらく迷ってから、茜音はスーツケースを閉じた。


 これらは、置いていこう。  陸翔の好きにすればいい。


 車のキーも、テーブルの上に置いた。


 荷造りを終え、スーツケースを転がしながら家を出る。

 タクシーを拾い、行き先を告げた。


 ホテルへ。


 車内で、茜音は陸翔にメッセージを送る。


【今、実家に来てるんだけど、

 真帆が泊まってって言うから、今夜こっちに泊まっていいかな?】


 少しして、返信が届いた。


【茜音がいないのは寂しいけど、

 今夜は俺も飲みに誘われて帰りが遅くなりそうだから、

 そのほうが心配なくていいかも】


【体調はどう? よくなった?】


 画面を見つめながら、茜音は思い出す。


 ――今日は、奈菜と二度目に出会う日。


 酔っ払いに絡まれる奈菜を、  陸翔が助ける夜。


 思い出した途端、胃の奥が、重くなった。


【うん。もう大丈夫】 【飲みすぎないでね】


 それだけ送って、スマートフォンを鞄にしまう。


 もう、できることはすべてやった。


 茜音は、窓の外に流れる街並みから目を離した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ