豆まき
リモート仕事ができるようになったことをきっかけに、俺は思い切って田舎に家を借りた。
リビングからは街を見下ろす広い庭が見える。
晴れた日は木々の影や、遠くの建物までよく見渡せて、気分がいい。
節分の日、少し意気揚々として窓を開けた。
「鬼は──外! 福は──内!」
この家の周囲には、民家がない。
撒いた豆が庭の土をかすかに弾く音がした。
そして、続いて、何か、かすかに聞こえた気がした。
目を凝らす。
庭から地続きの、なだらかな下り斜面の向こうに、町の明かりが見える。
雪が疎らに積もっているのは、低めの草の上。
もちろん、辺りには人の姿も、猫の姿も、何もない。
「……気のせいか」
手に握った豆をもう一度撒く。
ぱらぱらと庭に豆が散る。
「鬼は──外! 福は──」
ぱら ぱらぱら こつ こっ… …
数度目、窓の明かりの方まで、豆が返ってきた。
思わず体が跳ね、窓を慌てて閉める。
心臓がざわつく。
ガラス越しに外を見ても、やはり誰もいない。
庭は白く、丘も町も静まり返っている。
それでも、庭の明かりの中には、豆がいくつか落ちている。
手から落としたのか、と手元の袋を見た時だった。
コツン コツン カツン
「えっ、あっ、ワァッ!?」
間近から聞こえた物音に、俺は弾かれたように後ずさる。
窓ガラスに、小さな物がぶつかっている。
室内の明かりで、一瞬、白っぽい小さな粒が見えた。
豆だ。
誰かが、俺のまいた豆を、暗闇から、投げ返している。
――翌日、早々に不動産屋へ行くと、あっさりと別の物件を紹介された。
しかし、担当者は事情を聴いても不思議そうに首を傾げるばかりだった。
「なんの曰くもないですよ。前の借主だって、町に引っ越しただけですし」
帰宅すると、リビングの床に、豆が落ちていた。
数時間前、朝食を取ったときも、家を出るときにも、なかったはずだ。
背後で、かすかに豆が落ちる音が聞こえた気がして、俺は家を飛び出した。




