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きっとこれは最後の恋じゃない  作者: たまころ


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7 きっとこれは最後の恋じゃない

 大学生くらいの男の子は、わたしを呼びとめたのに、下を向いて真っ赤な顔をしてだんまりだ。


「わたしのこと好きなの?」


「違います!!」


 からかうつもりで言ったけれど、被せるくらい速攻で否定された。

 知ってるよ。わたしの顔見てがっかりしたもんね。でも失恋したばかりのわたしに淡い夢くらい見させてくれたっていいじゃん、と不貞腐れたような気持になる。


「あ、あの、よく一緒にいる明るい感じの女の人は、あの……」


 わたしが会社の中で一番近くにいるのは、後輩の橘ちゃん。彼女は確かに元気に挨拶出来る明るい子だ。


「橘ちゃんのこと? 明るい茶色の髪をこんな感じに結んでる子?」


 男の子の表情はパァァァと発光するようにわかりやすく変わる。


「俺、今日でバイト終わりで、最後に連絡先聞けたらって思ってて。でも昨日も今日も会社にいなくて」


「インフルで休んでるからね」


 ガーンという音が聞こえてきそうな目の前の男の子。そういえば、橘ちゃんが清掃のおばちゃんに混じって可愛い男の子がいる、と言っていたことを思い出す。きっとこの子だ。


 ショックを受けて放心している彼が小さな紙を握りしめていることに気が付く。きっと自分の連絡先を書いた物だろう。帰り際の橘ちゃんに渡そうと思っていたのか。甘酸っぱすぎる。


「それ、ちょうだい」


 わたしが指さした紙に、男の子はハッとする。ショック過ぎて、自分が紙を持っていたことも忘れてしまっていたのかもしれない。


「橘ちゃんが受け取るかわからないけど、それでもよかったら預かるよ」


「いいんですか!?」


 頷いて手を出す。ワンコみたいな子だ。

年下の橘ちゃんは抜けているところもあるけど、案外姉御肌なところもあるから、こういう子と合うかもしれない。今は彼氏はいないと言っていたし。本当に受け取るかはわからないけど、それでもいいなら。


「だめ。絶対だめ」


 紙を握った男の子の手を、上から握りしめる。

 その先を見ると、小向だった。


「桂木は俺の彼女だから、他の男の連絡先とか貰ったらダメ」


 そう言って、わたしと男の子の間に割って入ってしまう。困惑するわたし達を無視して、小向がわたしの手を取る。


「行こう」


 短くそう言って歩き出そうとするが、「待って」と慌ててその場に留まろうと足に力を入れた。振り向いた小向の怒った顔にヒヤリとした。彼が怒っているところを見たのは、初めてかもしれない。


「わたしにじゃなくて、橘ちゃんに預かるだけだから」


「は?」


 勘違いしているらしい小向に何だか気まずくて小さな声で事情を説明する。聞き終えた小向は「はぁーー」と長い溜息をついて「わかった」と言った。

 ホッとして取り残されていた男の子のところに戻る。


「ごめんね。ちゃんと預かるから」


 そう言って差し出した手を、再び小向に握られる。


「俺が預かる。橘さんに渡せばいいんだよね?」


「あ、はい」


 戸惑いながらも、男の子は小向に自分の連絡先を書いた小さな紙を渡した。


「一瞬でも桂木が俺意外の男の連絡先貰うとか、嫌なんだけど」


 目を合わせずに呟く小向を、思わず可愛いと思ってしまった。

 いやいやいや、とわたしは首を振る。この男はわたしのことが好きなのかもしれないけれど、二番目なのだ。一番目の女とは、この前の日曜日に結婚式を挙げている。


 会社を出た目の前の通りで騒いでいたわたし達は、気が付くと注目を浴びていた。知った顔はいないようだけれど、わからない。明日には社内でも噂になってしまうかもしれない。


「場所変えよう。ちゃんと話したい」


 小向の言葉に、わたしは返事をしない。このままここで騒ぐのは嫌だけれど、小向と話すことなんてない。


「俺の部屋、片づけたから」


「ダメ」


「じゃあ、桂木の部屋に行っていい?」


「やだ」


 誰もいない二人きりの部屋なんて絶対にダメだ。わたしの心臓は小向を見てまだ音を立ててしまう。こんな状態で二人きりになんて、なっちゃいけない。

 結局、お酒も飲みたくないというわたしの意見を聞き入れてくれて、近くのファミレスに入ることにした。


「熱っ」


 湯気の立つ海老ドリアが冷めるのを待てず、口に入れたわたしは思わず声を上げる。


「大丈夫?」


 小向の言葉に無言で頷く。今は口を開ける状態ではない。

 ククッと声を出して笑って「可愛い」と小さな声が聞こえた。小向は余裕そうにチーズが乗ったハンバーグを口に運んだ。


「なんでメッセージ見てもくれないの? 電話も無視するし」


 熱々のドリアをやっと飲み込んだところで、小向から質問される。


「日曜日、結婚式だったんでしょ? だから」


「日曜日は連絡できなかったけど、土曜の夜も月曜も、返事くれなかった。会社でだって会わないように避けてた」


 なぜかわたしが責められるような言い方に、イライラする。


「小向が結婚したからだよ。既婚者と個人的に連絡取り合う程無神経じゃない」


「は? 結婚? 誰が?」


 自分で日曜日が結婚式だと言ったくせに、今更白を切るのか。男らしくない。


「小向が日曜日に結婚式って言ったじゃん」


「言ったよ。妹の結婚式って」


 持っていたスプーンが手から放れる。ガチャンと音を立ててドリアの皿に落ちた。


「妹の、結婚式?」


「そうだよ。親族だから日曜日はかかりっきりになるし、新郎が来れない日にでも新郎の母親は来るから助けてって言われて披露宴会場の打ち合わせにも急遽呼ばれて行ったことあるって、言ったじゃん」


 聞いてない。『妹』の結婚式だとは、小向は一言も言ってないはずだ。

 少し不機嫌そうな小向の顔を、睨みつける。


「妹って、言ってなかったよ」


「そうだっけ?」


 だから何、とでも言いたげな小向に腹が立つ。


「小向が結婚したと思った。わたしは二号さんなんだと思って、不倫は駄目だから終わりにしなくちゃと思ったの」


 今度は小向が持っていたフォークを落とした。


「え、俺、結婚したと思われてたの? しかも桂木のこと、不倫相手にしたと思ったの? 最低じゃん」


「うん。そんな最低なことする人だと思わなかったから、落ち込んだ。でもまだ好きだから、顔見たり声聞いたりしたら絆されちゃうと思って、メッセージも電話も無視した」


「俺、結婚してないよ。浮気もしたことないし。ていうか、桂木が彼氏いた頃からずっと桂木のこと好きで、二年以上片思いしてたのに、他の人と結婚するわけないじゃん」


 小向は、一目見ただけでなんだか凄くいい。モデルみたい、とかじゃないけど整った顔をしている。背が高くてスーツが似合うし、清潔感があって愛嬌がある。話をしても口調はくだけているのに礼儀正しくて話しやすいから、年上からは可愛がられて年下からは懐かれる。

 だから当然、女性からもモテる。社内でもモテているけれど、社外の人からもよく個人的に連絡先を聞かれたり誘われたりしてると噂で聞いた。

 そんな男が二年以上、他の人と付き合っていたわたしを想ってくれていたのかと、ボンッと顔が熱くなる。


「わ、わたしも、好き」


 ここは告白するところじゃなくて、なんなら喧嘩のような状態だったのに、わたしはつい、告白してしまう。


「俺も、好き」


 わたしの言葉に、小向が頬を染めて応えてくれる。

 初めての喧嘩は何となく終焉を迎え、残りの食事をしながら、反省会となった。


 今回はわたしがちゃんと確認しなかったことと、小向の言葉が足りなかったことをお互いに謝って、今後は気になったらちゃんと確認することと相手にわかりやすく説明をすることを約束した。

 付き合った瞬間に喧嘩をしてしまったことに二人で笑う。お互いに短気なほうではないというのに、恋とはなんと恐ろしい。


 長く付き合っていた優紀とは、こんな馬鹿みたいなすれ違いの喧嘩、なかったなと思い返す。

 小向のことを最低な二股男だと勘違いして、新しい恋も終わったと思ったけれど、優紀の他に誰かを好きになれたことが嬉しかった。


 きっとこれは最後の恋じゃない。そう思ったけれど、これが最後の恋になってもいいように、思いっきり彼に気持ちを伝えよう。たくさん約束をして、いろんな場所に出かけて、思い出をたくさん作ろう。

 小向との思いでが笑顔で語れるような、そんな関係を築いていこう。


「ねぇ、小向、次の休みはどこに行こうか」


「俺、観たい映画あった。付き合ってくれる?」


「ホラー以外だったらいいよ」


「ゾンビものだけど」


「……」


 意外に嫉妬深くて独占欲の強い小向と、大雑把で合理主義なわたしのこれからは、また別の機会に。


数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、評価、リアクション、どれもとても嬉しいです。

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