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きっとこれは最後の恋じゃない  作者: たまころ


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5/7

5 踏み出す

 間もなくお昼休憩という空腹ピークの時間に、後輩の橘ちゃんと会議室へ向かう。午後一の打ち合わせの準備をするためだ。

 人数分の椅子をセットし、資料とペットボトルのお茶を机に並べていく。


「桂木先輩って、営業の小向さんと同期でしたっけ?」


 そういえば、から続いた橘ちゃんの言葉にドキリとする。


「そうだよ」


 応えた声は上ずっていたかもしれない。

 初詣以来、わたし達は週末に二回、買い物に出かけていた。今日のランチは、以前に約束をした中華粥を食べに行く。

 会社の中では仕事での接点があまりないため、顔を合わせれば挨拶をする程度だけれど、携帯でのメッセージは毎日続いている。


「イケメンなのに彼女いないって聞いてたんですけど」


「そうだね。最近は聞かないねぇ」


 相槌を打ちながら、橘ちゃんは今年で二年目だから、小向の恋の噂が途絶えた頃の入社だったなと考える。


「実はこの前、すっごい可愛い子と一緒にいるとこ見ちゃったんですよ」


「へぇ」


「大学のサークルで仲良かった子の披露宴があって、表参道の結構有名なところで。小向さんと相手の女の子は私服だったから打ち合わせなのかな? て思ったんですけど、結婚の噂なんてありましたっけ?」


資料を並べる手元に集中して、なるべく平坦な声が出るように心掛ける。


「わたしは聞いてないな。小向が結婚するってなったら会社中に噂回ると思うから、まだ上司にも報告してないんじゃない? 内緒にしてあげたら?」


「そうですね。桂木先輩には喋っちゃったから、一緒に内緒にしてください」


 慌てたように話す橘ちゃんに、軽く「オッケー」と言葉を返す。


「そろそろお昼ですね、急ぎましょう」


 橘ちゃんと急ピッチで会議室を整え、わたし達は職場に戻った。

 同期が結婚するかもしれないと、聞いただけ。

 ザワザワと心が揺れているのは、きっと気のせいだ。





「お粥だけじゃ足りないかな。小籠包も頼む?」


 昼食時の賑やかなお店の中で、メニューを開く小向を見ていた。


「桂木?どうする?」


 むにりと頬の肉を掴まれてやっと、自分が質問されていたことに気が付く。


「わたしはお粥だけでいい。小向が食べたかったら頼もう」


 ぶんぶんと首を横に振って、さりげなく小向の手を振りほどく。初詣以来、小向からのささいな接触が増えた。それは嬉しいことだったのに、今は、そう思えない。


「俺もお粥だけでいいや」


「昨日も飲み会?」


「いや、家族で打ち合わせ」


 わたしは小向とハフハフと息を吹きかけて中華粥を食べて、美味しいねと言いあって、職場に戻った。


 普通に生活をしていて、家族で打ち合わせをすることなんて滅多にないと思う。一緒に仕事をしていれば別だろうけど。旅行とか入院とか、大きなイベントでもなければ、たいていのことは日常の会話の中で済むだろう。

 「明日は晴れるかな?」みたいな感じで「結婚するの?」と聞ければよかった。そしたらこんなにモヤモヤすることなんてなかった。

 でも聞けなかった。聞くのが怖かった。





 毎日、なにげないメッセージを送り合っていた。小向からメッセージが届いてないか気になって、何度もスマホを見ていたけれど、橘ちゃんから小向の噂話を聞いてからは、なるべく簡潔に、時にはスタンプ一個を返して、次第にその頻度は減っていく。





「桂木、ちょっと」


 職場に着くと、五十嵐課長に呼ばれた。


「橘、体調不良で今日は休みだ。フォロー頼むぞ」


「わかりました」


 昨日までは元気そうだったけど、無理してたのかな。急に具合が悪くなったのかな。そんなことを考えながら、橘ちゃんにメッセージを送る。


『体調悪いところ、ごめん。急ぎの仕事ある?』


 寝てるかな、とのんきに構えていたけれど、返信はすぐに届いた。


『昨日の夜から熱がでて、すみません。月曜日提出用の資料のまとめが終わってません。今日完成させて印刷予定でした。共用フォルダにデータは入ってます。』


「わーお」


 思わず声が漏れた。橘ちゃんが持っている仕事は簡単だから新人でも大丈夫だろうと、二年目の彼女に任せていた。しかし、その資料は月曜日に役員も参加する会議で使用予定。

 今日確認すればいい、とのんきに構えていたわたしと、今日完成させればいいと考えていた橘ちゃんののんびりコンビの結果だ。

 橘ちゃんに渡すまでは自分でやっていた業務なので、やり方はわかっている。

 ただ、今日は珍しく打ち合わせと社外での用事が入っていて、あまり時間はない。

 ため息をつきそうになったところで、スマホにメッセージが届いた。橘ちゃんかと思い、すぐに画面をタップする。


『明日、待ち合わせどうする?』


 小向からのメッセージに、ドキリとする。

 約束していたバレンタインは明日。

 約束はしていたけれど、具体的なことは何も決めていなくて、このまま流れてしまってもいいかな、と少し思っていた。


『後輩が急に休んじゃって。仕事のフォローで明日休日出勤になるかも。ごめん』


 猫が可愛くごめんねをしているスタンプも添えて、小向にメッセージを送る。すぐに既読はついたけれど、返事はなかった。


 本当はわたしじゃない人と、橘ちゃんが披露宴会場で見たという女の子と一緒に過ごしたかったかもしれない。初詣の雰囲気で、なんとなく誘ってしまっただけなのかも。

 小向は二股とかするような人じゃない。披露宴会場にいたのは小向じゃない誰かだったのかも。いや、じゃあ家族との打ち合わせって何だったんだろう。そもそも、わたしは小向の彼女じゃないから、二股には入らない。


 グルグルと考えても答えは出ない。両手で頬を軽く叩いて、気合を入れる。

 まずはメールをチェックして、今日の業務に取り掛からなければ。


 今日に限ってトラブル続きで、残業時間になってやっと橘ちゃんの仕事に取り掛かることが出来た。今日完成させる予定だったというだけあって、ほとんど出来上がっていたそれは、あっけなく終わった。

 あとは資料を必要な部数印刷して準備するだけ、そう考えて壁にかかっている時計をチラリと見る。


 間もなく二十時になるというところ。一人でやっても一時間もかからない量だけれど。

 わたしはパソコンの電源を落とそうとマウスに手を置いた。


「お疲れー。終わりそう?」


 金曜日のみんなが帰った後のオフィスに小向の声が響く。


「え、あ、うん」


 驚いて、まともな返事が出来ない。けれど、我に返って答える。


「あと少しだけど、疲れちゃったから残りは明日やろうと思って」


 明日は休日出勤するから小向に会えないと、言外に伝える。そのために、わざと仕事を残したなんて、口が裂けても言えないけれど。


「残りは何?」


「印刷して資料用に纏めるだけ。全員に同じものを配布するわけじゃなくて、役員用と一般社員用でわけなくちゃだから、間違えないように落ち着いてやりたくて」


 言い訳をするかのように、思わず内容をペラペラと喋る。


「そっか。じゃあ一緒にやろう」


 着ていたコートを脱ぐ小向に「え?」と驚きの声を上げる。


「明日一人でやるより、二人でリチェックしながらのほうがミス防げるし」


「でも、小向も疲れてるでしょ。これ、わたしの仕事だから大丈夫だよ」


 やんわりと断ろうとするわたしを、小向はまっすぐ見る。


「手伝ったら早く終わるだろ? そしたら明日、俺が桂木と一緒にいられるから。だから俺のため」


 率直な言葉にポカンとしているわたしに、小向は「まずは役員用から印刷して」と指示を出してくる。「はい」と返事をして、わたしは先ほど閉じたフォルダを開く。


 二人で作業をしていると、まだ配属前の新人研修の頃を思い出す。新人何人かずつ、あちこちの職場を巡った。

 大量の古い資料を片づけるときも、最後に掃除したのは何年前だったんだろうという場所の掃除も、小向は率先してやっていた。


「これ頑張ったら今日のビール絶対うまい!!」


 そう言ってわたし達を盛り上げてくれた。嫌味なくポジティブに変換するのが上手い人だな、と感心したことを覚えている。


 橘ちゃんから引き継いだ仕事は、念入りにチェックしても三十分もかからずに作業は終わった。


「ありがとう。おかげで早く終わった」


 お礼を言うわたしに、小向はニコリと笑う。


「これで明日は休日出勤しなくていいよね」


 返事をせず、わたしは曖昧に頷いて、今度こそパソコンの電源を落とした。


「なんか今日、寒いね」


 そういえばニュースで寒波がどうとか言っていた気がする。小向の顔を見たくなくて、下を向いたまま、デスクの上を片づけ始めた。

 ふわりと、首元が暖かくなる。


「マフラー?」


「本当は明日、桂木に渡そうと思ってたんだけど。なんか最近避けられてる気がして、いつでも渡せるように持ち歩いてた」


「あったかい」


「良かった」


 親しくなり始めた頃に、冷たい態度をとった。それでも、毎日のようにメッセージを送ってくれた。廊下で会えば、必ず声を掛けてくれた。首に巻かれたマフラーは、一緒に入った店で気に入ったけれど普段使いするには高級過ぎて諦めた物だった。たった一言「いいな」と言っただけだったはずなのに。


 好きだなぁ、と思う。


 わたしの小さな言葉を覚えてくれているところ。気を使わせずに残業に付き合ってくるところ。たくさん約束してくれるところ。約束を楽しみにしてくれているところ。まっすぐわたしの目をみてくれるところ。


 ずっと一緒にいると思っていた優紀と別れて、永遠なんてないと、知ってしまった。また訪れる別れのある新しい恋に踏み出す勇気が、わたしは持てなくて、ずっと気持ちを言葉にすることを躊躇っていた。

 けれど、もう溢れてしまった。


「チョコ、準備してあるから。うちまで取りにきてくれる?」


「いいの?」


「散らかってるから、小向がそれでよかったら」


 小向は大きく頷く。


「うちも散らかってるから、平気。我慢出来ないくらいヤバかったら、明日一緒に片づけよう」


 そうして、わたし達は手を繋いで、わたしの暮らすアパートに向かった。



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