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きっとこれは最後の恋じゃない  作者: たまころ


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4 新しい約束

 定時が過ぎ一時間程経ったところで、仕事の区切りが良いところまで仕上げることが出来た。裏返していた携帯電話を手に取ると、それはメッセージが届いていることをピカピカと知らせてくれる。

 小向からのメッセージを確認して、慌ててデスク周りを簡単に片づける。まだ残っている数人に「お先に失礼します」と声を掛け、職場を後にした。


 勤務先から少し離れたコーヒーチェーン店は満席という程ではないが、同じような仕事帰りの人や学生達で賑わっていた。


「ごめん、待たせて」


「お疲れ」


 テーブル席に座って携帯を見ていた小向が顔を上げる。テーブルにはまだほとんど減っていないコーヒーとボリュームのあるサンドイッチがあった。

 小向の向かいの椅子に鞄を置かせてもらって、わたしもカフェオレとシナモンロールを購入して、再び彼の元へ向かう。


「あらためて、お疲れ様です」


「お疲れ様。仕事、どう?」


 コーヒーを一口飲んで、小向が尋ねてくる。


「忙しいけど、年末は毎回こんな感じだし。正直、年度末のほうが怖いかな。小向は?」


「俺もそんな感じかな。忘年会続きでそっちのほうがしんどいかも」


 営業の小向は、十二月に入ってから週に一回か二回は必ず忘年会の予定が入っているという。


「胃腸の負担が凄そう」


「毎回ウコン飲んで、次の日仕事だと寝不足だから栄養ドリンクで気合入れて、て感じ」


 思わず顔をしかめてしまう。ちゃんとご飯を食べれているのだろうか。


「この前、橘ちゃんが中華粥の美味しいお店が会社の近くに出来たって言ってたよ」


「ランチやってるかな? 明日行こうよ」


 携帯をいじりながら、橘ちゃんの言っていたお店の情報を探す。


「店の名前ちゃんと聞いてなかったからわかんないや。明日橘ちゃんに聞いてみるね」


「よろしく。明日じゃなくてもランチでなくてもいいから、胃に優しい物食べたい」


 コーヒーと簡単な食事を終える頃には、わたし達は次の約束をしていた。

 わたし達は店を出て、駅へと向かう。マフラーを買う約束はしたものの、どこで買うかは決めていなかったので、会社帰りに足を運べる距離にある商業施設に行ってみることにしたのだ。


 観光地でもあり食事や買い物が出来るそこは間もなく二十時だというのに、まだ人が引けていなかった。


「好きな店とかある?」


「うーん。あ、あそこの服はよく買う」


 わたしが差し示したのはお手頃価格でオフィスカジュアルの服が買えるブランドのテナントだった。

 何件か店に入ってマフラーを見て、気が付くと一時間が経っていた。二十一時で閉まる店がほとんどなそこを、わたし達は出ることにした。


「付き合ってもらったのに、決められなくてごめん」


 凄く気に入った物はなかったけれど、使い勝手のよさそうな物はあったから妥協して買うことも出来たけれど。

 去年まで使っていたマフラーは元カレの優紀からクリスマスプレゼントに貰った物だった。それを処分してしまった今、適当な物で補うのは何か違う気がして、とりあえずで買うことが出来なかった。


「いや。休みの日に時間かけてまたゆっくり選ぼう」


 小向はそう言って、さっき来たばかりの駅への道を歩き出す。

 ただの同期で、目がよく合うだけだった小向との約束が、また一つ増えた。





 結局、小向とは予定が合わず中華粥の約束は延期になったまま年末年始の休みに入った。毎日、何回かのメッセージのやり取りをして、その中で初詣の待ち合わせも決まった。


「年越し、どうした?」


「紅白観て、緑のたぬきを食べた。小向は?」


「俺は約束してなかったんだけど、大学からの友達が失恋したって騒いで押しかけてきて家で飲んだ」


 混雑を避けて待ち合わせた年明け二日目。お互いに厚手のダウンに身を包んで、それでも寒さにブルリと震える。


「俺がちゃんとアシストしないからとか、怒られた。自分で動かなかったら始まらないのにさ」


 始まらなかった小向の友人の恋の話を聞きながら、澄んだ青空を見上げる。

 高く遠くに見える飛行機が作る飛行機雲はすぐに消えていく。明日も晴れだ。きっと大丈夫だと、勝手に思う。


 目当ての神社が見えてきた。

 毎年テレビ中継されるような有名な神社ではなくて、屋台も出ていない地元の人のためにあるような小さな神社。

 わたしも小向も特にこだわりがなかったので、お互いが住んでいる場所の中間くらいにある神社を探して、ここにした。


 家族連れと親子連れの二組の後ろに並び、無事、お賽銭を入れて鈴を鳴らし、二排二拍手一拝をして、自分勝手に願い事をする。


 自動販売機で温かな飲み物を買って、来たばかりの道を並んで歩く。


「なんて願い事した?」


 小向の問いに、つまらない答えが浮かんで少し躊躇する。

 目を閉じて真っ先に頭に浮かんだのは仕事だったけれど、仕事は願うことではなく、自分で頑張るべきことだと思った。恋愛は、まだ自分の中から優紀が消えていないことを自覚していた。小向に対する気持ちを言葉にする自信もない。


「……健康祈願」


 フッと漏れるような笑いをして「確かに大事だね」と小向は頷く。


「小向は?」


 会社での評判も良く、見た目の印象も良い。一緒にいるとほっとした気持ちにさせてくれるのは、きっと彼に余裕があるからだろう。小向がいまさら神頼みするようなことがあるのだろうか。


「内緒」


「え、ずるい」


 わたしは素直に答えたというのに、小向は目を細めてニヤリと笑った。


「叶ったら教える」


「絶対だよ」


「うん」


 まっすぐ前を見つめる小向がなんだか眩しくて、何となく自分の足元を見ながら言う。


「きっと叶うよ」


 更衣室で、小向の後輩が職場の同僚と話していた会話を思い出す。取引先との飲み会で先方からの一気コールに、小向が自分の代わりに飲んでくれたと話していた。嬉しそうに頬を染めて話している彼女は今どきのお化粧を上手にして、とても可愛かった。

 小向はきっと、仕事でもプライベートでも頼れるいい男なんだ。挨拶程度しか接点のないわたしにはよくわからないけれど、後輩のために一気飲みをする優しい彼の願いはきっと叶うと、叶ってほしいと無責任に思う。


 駅が近くなってくると、わたしも小向も歩く速度が遅くなっていった。

 昼過ぎに待ち合わせて初詣を済ませた今は、ご飯を食べたりお酒を飲みに行くにはちょうどよくない時間で、お茶をするにも、手には温かな缶のカフェオレが握られていた。

 マフラーを買うために街に出るには、今日は混み過ぎているだろうし。

 わたし達は次の予定を模索することもできず、ただ足を進めていた。


 駅が視界に入ってきたところで、地元の人達のために存在しているだろう小さな公園にふらりと入った。滑り台とブランコがあるだけのそこには、正月の今日は遊ぶ子供も散歩をする老人もいない。

 わたし達は一つだけあるベンチに座り、握りしめていたカフェオレを一口飲む。温くなってしまったそれは、一月の寒空の下の体を全然温めてくれない。


「寒っ」


 冷たい風に思わず声が漏れる。


「女子の髪は防寒具だって、妹が言ってた」


「確かに、髪の毛下ろしてると暖かった」


 小向の言葉に頷きながら、彼が女性の扱いがうまいのは女兄妹がいるからかな、と思う。

 夏の終わりに切って短くなった髪は、今もその長さを保っている。寂しくなった首元に手をやると、ふいに、暖かな温もりに覆われる。

 冷えたわたしの手に、小向の大きな手が重なった。


「冷えてる。仕事始まってからになっちゃうけど、週末にまたマフラー探しに行こう」


「うん」


 心臓がうるさい。冷えてるなんて嘘だ。小向の視線に、わたしは沸騰しそうだ。


「今年のバレンタイン、土曜日なの知ってた?」


「知らない」


 まだ年が明けたばかりで、付き合っている人もいない今年は、バレンタインの曜日なんてチェックしていない。


「俺、その日は桂木と一緒にいたい」


 心臓がドクリと跳ねた。小向の指がわたしの指をするりと撫でる。


「わ、わかった。準備、しておく」


「期待してる」


 小向は嬉しそうにくしゃりと笑った。わたしが準備するのはチョコレートなのか、心の準備なのか、自分でもわからない。

 首元で重なった手は繋いだまま、わたし達は駅まで歩いて「またね」と言って別れた。


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