2-3. いつものように手紙を書きます
ソユン様には、メイメイの両親も興味津々
少し前まで、屋敷に籠もって人付き合いを最小限に、本ばかり読んでいる、そんな暮らしが当たり前だったメイメイ。
そんな彼女が親元を離れて仕事をすることになり、あたふたと、それでも一歩二歩と着実に前進しているうちに、いつの間にか一年が経っていた。
季節も巡り、また花が咲き誇る暖かい日々が戻ってくる。
――そちらも暖かくなってきた頃でしょうか。皆さん元気でお過ごしでしょうか。わたしは今日も何事もなく仕事を終えることができ、今は自室で一息ついているところです。
「そういえば、数日、まえ、に……」
お勤めが終わったある日の夕方、メイメイは両親に宛てて手紙を書いていた。
メイメイの生家は田舎にある上に、宮廷に参内することも稀だから、王都での滞在用の館を所有していない。
だから、彼女は働くにあたって家を出て、宮廷から程よく近い宿舎での集団生活を始めた。
今は同じ時期に王都にやって来た四人の少女と一部屋を共有し、一緒に暮らしている。
各々の私的空間を保てるくらいに部屋は広く、綺麗な浴場と住む人の半分くらいが一斉に席につくことのできる食堂付きで、さすが国が直々に運営する宿舎なだけあって、とても快適に暮らせる場所だ。
「あら、メイメイ。手紙を書いているの?」
「そう、一昨日来た手紙の返事! 昨日アンリが書いていたじゃない? だからその時に一緒にと思っていたんだけど、睡魔に負けちゃって書けなかったから、今!」
「昨日は朝早かったものね。……メイメイ、後で温かいお茶はいかが?この前話していた、最近気に入っている茶葉なの。ちょうどさっきお店で見掛けたから買ってきちゃった」
「え、ありがとう。気になってたから嬉しい!……ほら、私もちょうど一昨日親からお茶請けも送ってもらったところなの!よかったら一緒に食べよう」
半ばまで書いたところで入室してきたのは、同室の少女アンリエッタだ。
朗らかで面倒見のいい彼女は、宿舎でも職場でもみんなの中心的存在で、同い年ながら頼りないメイメイにもとても優しくしてくれる。
王都に来てできた初めての友人であり、一番大好きな女の子でもある。
そんなアンリがお湯を沸かしている間に、メイメイも手紙も横によけて、いそいそと文机の横の引き出しからお菓子を引っ張り出す。
年頃の少女が集まる宿舎だから、部屋ではよくこうして小さなお茶会が開催されるのだ。
「あ、美味しい。いい香りだし、ちょうどいい苦さで飲みやすいね!」
「メイメイのくれたお菓子は柔らかな口当たりね。わたし、とても好きだわ」
「えへへ、気に入ってくれてよかった! この干菓子ね、子供の頃からお気に入りで」
「ありがとう。お互いに好みが似ているなんて、なんだか嬉しくなっちゃう」
「え、わたしも嬉しい!……それに、楽しいね。もっとたくさん準備しておくから、またこうやって紹介し合おう!」
そうしてちょっとほっこりなお茶会を終えると、メイメイは手紙の続きに取り掛かることにした。
書き終えるまで、お淑やかなアンリは途中かけになっていた趣味の編み物をしているというので、隣に座ってもらって各々で作業を進める。
(こうして王都で暮らしていられるのも、アンリのおかげだなぁ……)
近況を書き進めながら、メイメイはふと横目で友人を眺め、思わずしみじみとした。
正直に言って、王都では集団生活を送るのだと気づいてから、メイメイはすぐに音を上げて家に帰ることになると考えていた。
人付き合いが人一倍苦手なメイメイが、住み慣れた場所から離れて共同生活をするなんて、想像もできなかったのである。
しかし、予想に反し、メイメイはこうして王都での暮らしを続けることができている。
それは、アンリのような頼もしく素敵な仲間に恵まれたからだろう。
ただ、順調に日々を過ごし、まとまった休暇ごとに家へ帰っているとは言っても、時折り家族が恋しくなることもある。
それなので貰える手紙はとても待ち遠しいし、送る手紙にも気合いを入れるメイメイなのだ。
書く内容はとりとめのないことばかりで、仕事の失敗談や嬉しかったこと、仕事仲間や同室の子たちとの日常などをつらつらと。
その中でも、宮廷女子の注目の的であるソユンのことに触れることが、きっととても多いと思う。
直接言葉を交わせた日は、部屋に戻ってからも心が浮き立っていて、手紙にも日記か覚書のように事細かに描写している自覚がある。
そして、メイメイがあまりに絶賛するからか、娘やその仲間たちが熱視線を向ける心優しく高貴な美青年には、手紙を受け取る両親も興味津々だ。
名高い〈ソユン様〉について、手紙でもよく質問を投げてくるようになった。
「この前、手紙を送ってからは、まだソユン様に、……遭遇できて、いません。遠くから、お見かけすることも、叶わず、とても、お忙しいようです……と」
前回の手紙には、「ソユン様は最近どんなことをしてお過ごしなのか」と書かれていたので、残念なことに分からないと書き綴っておく。
元々活動的な両親だから、彼らの探究心は、王都にいる娘以上の行動力を発揮した。
噂好きの使用人や王都の友人、領地に来る商人たちから情報を収集したり、わざわざ二人で王都まで来て姿絵――ソユン様人気はかなり高いので、大小こもごもの姿絵が出回っているそう――を買い集めたりと、なぞに楽しく過ごしているらしい。
しかも、ひときわ大きい姿絵を買った時なんて、飾るのにふさわしい場所だからと屋敷の大広間に設置することになったのだから、大層な推しっぷりだ。
先日帰省した際に真っ先に見に行ったが、我が家の歴代当主の肖像画が並ぶ中に、真新しい絵画が本当に追加されていた。
(しかも、見栄えがするからって真ん中に飾ってたし。下手すると、うちの肖像画より大きいし。もはや初代当主のような扱いになっちゃってるけど大丈夫なの……。ふふ……)
「ただいまー。……ってどうしたの、メイメイ」
「え、何が!?」
「すごい笑ってるから。何か楽しいことでもあった?」
手紙を書きながらあの日の光景を思い出して笑っていると、他の同室の子たちが部屋に戻って来た。
ちょうどメイメイのにやにや顔を目撃されてしまったようで、少し恥ずかしい。
「しかも、それがこう、仄かに特徴を捉えつつも、あとは想像で補ってるみたいな、ソユン様に似せた誰かって感じの絵で……。なおさら赤の他人の絵が飾られてる感強いのが面白くて」
「ソユン様ってあまりご自身の姿絵を描かせないみたいだから、直接ご本人を見て描かれたものがかなり希少なのよね。それに、多分画家が頼み込んでようやくってところだから、そんな貴重なものは出回らないし」
「恥ずかしがり屋さんなのかな?姿絵の商売をしたら、すごい儲けになりそうなのに」
「ソユン様からしたら、そんなの端金だけどね」
「確かに」
そもそも自分の美しさをひけらかしてお金を稼ぐのはあまりにもソユンらしくないと、思わずみんなで笑ってしまった。
例えソユンがお金持ちではなかったとしても、そんなこと考える前に自然とお金が集まっていそうだし。
「まず、あれだけの美貌をそっくり絵に落とし込める絵師もなかなかいないでしょう」
「それもそうね。私も一応ソユン様の姿絵は持ってるけど、……ほら、絵画自体はちゃんと美形な人が描かれているでしょう?ソユン様の親戚くらいなら、こういう人いそうだし」
「本当だ!そっか、表現しきれないソユン様の美貌が規格外なだけだから、画家の腕のせいにしちゃうとかわいそうだね」
帰省した時にあまり似ていないねとうっかり口にしてしまい、贋作を買ってしまったのかもしれないと両親を軽く落ち込ませたのを思い出す。
今の会話も手紙に書いて送ってみるとさらに興味が強まったらしく、何が何でも一度は直接拝みたいと後日返事が送られてきた。
メイメイ自身、こうして遠隔でソユンにはまり込む両親のことをとやかく言える立場ではなく、会えば会うほど、書けば書くほどソユンのことを知りたくなる連鎖に陥っている。
つい一年ほど前まで知らなかった中央の高級官僚は、今やメイメイ一家の輝く星である。
そうやって、家族一同ソユンを知るために色々としているのだが、やはりもっと細かい情報を持つのはメイメイを除く宮廷女子の面々で。
実際の仕事のようなお硬い情報は当然彼に近い人たちが詳しいだろうが、それ以外の雑多で気ままな噂話については宮廷女子の方に利がある。
情熱あふれる凄まじい情報網と、強い協力体制が築かれているからだ。
仕事の休憩時間に話していると、直接とはいえ数回話した程度のメイメイなんて比べ物にならないくらい、彼女らはソユンに詳しい。
それなのにソユンと話しているのを目撃される度にあれこれ聞かれるので、メイメイから得られる情報は果たして役に立っているのかと聞いたことがある。
ちょっとした挨拶を交わす程度で、話ができたとしても、メイメイが発する言葉のほうが遥かに多い。
しかし、メイメイから得られるそういう新鮮な生の声も貴重なので、それはそれで必要なんだそうだ。
なんでも、量より質だとか。
王宮のあちこちで交わされる噂話の中では稀なことに、耳にするソユンに関する噂は悪いものの一つもなく、ずば抜けて好意的なものばかりだ。
噂というよりも、むしろ目撃情報とか〈今日のソユン様〉という言葉に言い換えたほうがいいかもしれない。
例えば、「蓮の花を見て微笑んでいらっしゃった」。
これは、王子の宮まで完成した衣装を届けに行った王族の衣類担当の先輩の情報。
居住区内の中庭を横切る際に見かけたというソユンは、立ち止まって池に咲く蓮を眺めており、その表情を和ませる様子がとても優雅だったとか。
「廷内の自室に花を欠かさず飾っているというくらいだから、花がお好きなんでしょうね」
「わたしも飾る役目を任されたい」
「庭師になるしかないわ」
別の日には、「国王陛下に誘われて二人で私的に食事をとっていた」。
これは目撃の難易度がさらに上がるので、二つ階位が上の女官で、宮廷の給仕を担当する一人から。
突発的に決まったことで、普段王族の給仕を担当する彼女の上司だけでは準備が間に合わず、彼女も駆り出されたそう。
部屋の外で皿を下げるために待機していたところ、王がソユンと連れ立って退室するところを目撃したらしい。
「あっという間に時間が来てしまった」とか「名残惜しいことだ」だとかなんとか言いながら、しばらくその場で談笑していたというから、かなり好かれているのだろう。
「ソユン様って、直接お仕えする王子殿下だけじゃなくて、陛下からもかなり気に入られてるって聞いたことがあったんだけど、やっぱり本当のことみたいね」
「自分の私的な空間に連れ込んでソユン様を眺めながら食事するって、どれだけ徳を積めばできることなんだろう」
「王子殿下がいる時は基本的にお二人でお食事されているみたいだから、あの方と万が一同じ空間で食事ができたとしても、陛下や殿下も同席してることが前提ってことよね……」
「ソユン様直属になればそばに控えるくらいできる……?大臣とかそういう偉い人たちって、昼食を兼ねた打ち合わせをすることもあるみたいだから、それもあり……?」
「大出世じゃない」
――手紙には書ききれなかったソユン様の新情報については、今度帰った時にお話します!そうそう、アンリが教えてくれた美味しいお茶もお土産にしますね!今日もみんなのおかげで楽しい一日になりました。では、また。
メイメイより――




