9-6. 待ち望んでいた日がやって来ました
南のお屋敷でのお花見に続き、今度は東のお屋敷でのお花見です!
外を歩いていると鼻の頭が赤くなってくる、寒さの厳しいある日。
「メイメイ、今日のお昼に使う資料を纏めているのよね? 手伝う?」
「そう、期限早まったやつ……。でも何とか間に合いそう! ありがとうねぇ」
メイメイたち文書課の女官たちは、書類に埋もれていた。
連日突発の会議が増え、文書が宮廷のあちこちで行き交っているからだ。
今も書き上げたばかりの資料を手に、アンリが早足で出掛けて行った。
メイメイもあくせくと書類の山を仕分け終えると、そこから一束むんずと掴んで立ち上がる。
「間に合った……。先輩、わたしもこれ届けに行ってきます!」
最近は、今までの女官生活でいちばん忙しく過ごしている。
数日後に控えるお楽しみがなければ、メイメイはやさぐれていたかもしれない。
(でも、わたしにはソユン様と蝋梅が待っているからね。ふふん、これくらい乗り切ってみせる……!)
自室に戻るたび、先日届いた手紙を眺めてはにまにまと笑っている。
近頃頻繁に通うのは、廷内にある治安隊の出張所だ。
そこの受付で用を済ませ、戻る道すがら、顔見知りの武官たちとすれ違う。
「おっ、嬢ちゃんまた来たのか。今日もお疲れさん!」
「あ、ヤン武官! お疲れ様です。今日もこちらに出勤ですか?」
がやがやとこちらに歩いて来るのは、普段は王都の外で活動する治安隊の面々だった。
「そうそう、最近は色々騒がしいからよく呼び出されてなぁ……。また資料を届けに来たんだろう? 嬢ちゃんのところも大変だな」
「もう連日書類とにらめっこです! ……あれ? あなたは……」
肩を回して哀れっぽい顔をしてみせる一同と労わり合っていると、奥にいた若い武官と目が合った。
知り合いではないが、見たことはあるかもしれない。
明らかにこちらを見ていて、誰だろうと思わず首を傾げた。
「あっ、あの、先日は手巾をありがとうございましたっ……! こちらの女官さんだったんですね!」
「ああ……、あの時の武官さん! そうなんですよ。あちこちに大変ですねぇ、お疲れ様です」
そう声を掛けられ、酔っぱらい騒動の記憶が蘇る。
(わたしより年下に見えるのに、巻き添えを食らって鼻血を出したり王都まで出勤したり、大変そうだなぁ……)
その日を思い出すとソユンへの贈り物のことまで連想され、メイメイはむくむくと元気が湧いてきた。
彼らに力強く微笑みかけると、足取りも軽く立ち去った。
「ほら、綺麗に咲いたんだ」
「本当に見事に咲いてますね! それに、とってもいい香り! お庭の雰囲気にも合っていて、すごく素敵です!」
そして約束の当日。
東部にあるソユンの別宅に訪れると、さっそく立派な蝋梅がメイメイを迎えてくれる。
すべてのものが二割増しで美しく見える気がするメイメイは、その時点で感激しきりだ。
前庭の見える母屋の広間まで案内され、室内でもゆっくりと眺める。
そのいい雰囲気に乗じて、メイメイはいそいそと巾着を探った。
「こっ、これ! よかったらお使いください! 遅くなりましたが、お誕生日のお祝いです……!」
「おや、わざわざありがとう。綺麗な手巾だね」
丁寧に皺を伸ばしてから、ずいっと差し出す。
頑張って刺繍を施した、美しい絹の手巾だ。
ついに渡せてよかったと胸を撫で下ろしつつ、メイメイはソユンの様子を窺った。
(アンリには桔梗と思われてしまったその花を、果たしてソユン様は当てられるだろうか……!)
一抹の期待にかけて、自分からの説明を控えてソユンを見つめる。
「刺繍もしてくれたんだ。……藤かな?」
「やったーーー! ソユン様、大好きです!」
「わ、びっくりした。僕も好きだよ」
「うわぁあ……っ!」
当ててもらえて、思わず両手を上げて叫んでしまう。
その拍子に口走った言葉を拾われ、丁寧に返されたので、メイメイはひっくり返ってしまうかと思った。
持ち上げていた手をするすると下げ、そのまま頬のところまで持っていく。
やはり熱い。
「大切に使うね。嬉しいよ」
「えへへぇ……、喜んでいただけたのなら、何よりです……」
もじもじするメイメイと、にこやかに笑むソユンの間に、蝋梅の甘い香りが漂った。
出されたお茶やお菓子を堪能し、調子よくお喋りを楽しむ。
そうして今日やりたいことを書いた紙を探っている最中に、急に首がかくんと揺れた。
前に倒れかけたメイメイを、ソユンが腕を伸ばして咄嗟に受け止めた。
「……うわっ! びっくりした。すみません!」
「大丈夫だよ。眠たいのかな?」
「最近疲れていたからか、今はしゃぎすぎたせいでしょうか。でも、元気いっぱいなので大丈夫です!」
メイメイは手を前に突き出すと、努めて明るく言った。
急な睡魔のせいで、じゃあそれではとお開きになるのだけは避けたい。
「少しお昼寝をするのもいいんじゃないかな。今回は僕の膝を貸そうか?」
そんなメイメイを前にして、ソユンはにこやかに笑うと自分の膝の上でぽんと手を弾ませた。
「ちょっ……と眠気すっ飛びました! その、み、魅力的なお誘いですが、わたしには恐れ多くて許されないご褒美ですよぉ……」
「僕の恋人でも許されないの?」
「み゙ゃーーーーっ!」
あまりの衝撃で、思わず立ち上がった。
メイメイを見上げるソユンの顔には茶目っ気が浮かんでいる。
(かわいいっ! けどこれ揶揄われてるやつ!)
ソユンの膝辺りを凝視しながら、メイメイは葛藤した。
「そんな……。そ……、そうですね、こ、こい、恋人なら……。許されるかもしれないですね……っ!」
そして、誘惑に負けた。
早口で言い募ると、髪の毛をささっと横で編みなおし、ぺこりと頭を下げる。
「では、失礼します……!」
前言撤回される前にと、もはや本能に任せてソユンの腿に頭を預けた。
「あはは、おいでー」
しかし、滑らかな絹の生地の下は、陶枕よりは少し柔らかみのあるもの、つまりソユンの腿の感触があるのだ。
それを意識しないなんて、できるはずがなかった。




