8-6. 月夜に打ち明けます
ハッピーホワイトデー✨
タイトル通りの内容になっております…!
(と、泊まっていいんだって……。これ、現実で合ってる……?)
思わず頬をつねっているのは、厚意に甘えてソユンの別宅に泊まることになったメイメイである。
痛かったので、夢ではなかったようだ。
そわそわと手触りのいい絹の衣を撫でさすりながら、使用人に指示を出すソユンを待つ。
すると、話し終わったソユンがふとメイメイの方を見遣った。
「そういえばその服、鮮やかな色合いが君にぴったりだ。似合っているよ、可愛いね」
「ゔっ……!? か、貸していただきありがとうございましゅ……」
不意打ちの言葉は弓矢のように鋭く、メイメイの胸を射ち抜いた。
よろめきかけながら呂律も怪しく礼を言うと、返さなくていいよ、と微笑みかけられる。
――危機から救ってもらい、お風呂に着替えと饗され、高級そうな服を贈られ、お泊まりをさせてくれる。
『メイメイ、行ってらっしゃい。今日が素敵な一日になりますように!』
メイメイを励ましてくれた、今朝のアンリの顔が思い浮かんだ。
(アンリ、今日は素敵な一日になったよお……!)
それでは食事をと移動する道中、美しい人の横顔を眺めながら、メイメイは考えた。
想いを告げるのにこんなに適した日は、早々巡ってこないだろう。
これほど近く、長く一緒にいられて、他の人の目も気にならない。
私的な空間にいるためか、ソユンもいつもより寛いで見える。
状況は、このうえなくメイメイの味方をしているようだ。
――告白をするなら、今夜しかない。
「そんなに力いっぱい手を握りしめて、どうしたの?」
「はっ!!」
そうして一人決意を滾らせる姿を、不思議そうに見られていた。
「あ、えーっと、その、気合いを入れていると言いますか……。そう、この後のお食事がとっても楽しみで!!」
「それはよかった。今日は珍しい魚を仕入れたと料理長も気合いを入れているんだよ。僕も楽しみ」
(食事を楽しみにするソユン様、可愛いーーーっ!)
動揺して食い意地を張った人のようになってしまったが、何ら問題はない。
メイメイもすっかりわくわくしながら、食事の席につくのであった。
ちなみに、料理は今まで食べた中でいちばん美味しかった。
そして、夜、客間にて。
「いや、告白ってどうすればいいの……」
恋愛経験のないメイメイは、じめじめと頭を抱えていた。
これまで読んできた本は、元々好き合っている男女が想いを確かめ合うばかりで、片想いの例は出てこなかった。
例え遊び人だったとしても、運命の女の子に出会った途端に遊び人の名を返上する。
競争相手が沢山いたとしても、二人の恋模様の盛り上げ役で留まってくれる。
そんな風に、心的負荷に弱い読者にも優しい仕様の本ばかり読んできた。
しかし、今回メイメイが想いを告げようとする相手は、彼女のことを特別に想っているわけではない、博愛主義の現役遊び人だ。
何も参考にできる事前知識がない。
しかし、頭を振るって弱気を振り払うと、メイメイは目に決意を宿して立ち上がった。
今日恋心を自覚したばかりの少女には、勢いがあるのだ。
(勝率が低いのはどうあがいても変わらないんだから、絶対に今日言うったら言う……!)
そうして、ソユンの部屋を探しに一歩踏み出したのであった。
月がまだ真上に上がりきらない時頃。
主屋の廊下は、まだ明るく灯されていた。
使用人らが話す声、物音はささやかに遠く。
たまに使う程度の別宅と聞いていたが、それでも敷地はかなり広く、主に相応しい優美な装飾がいたるところに施されていた。
庭に面した廊下をゆっくり歩く。
さり、と白砂が踏みしめられる音がした。
視線を夕方に見た美しい前庭へと向けると、探し求めていた人影があった。
(ソユン様――…)
静かに夜空を映す池の水面を、彼は橋のそばで眺めていた。
月明かりに照らされる姿はどこか儚げで、昼とは少し違う雰囲気を纏う。
密やかで、夜にとても映える人だ。
よく月に例えられるというが、それも納得できる。
しかし、この姿を見てもなお、メイメイにとってソユンは太陽なのだと思った。
王都でのメイメイを明るく照らしてくれた人。
不安でいっぱいのメイメイの道標。
温かく見守ってくれて、いつも輝いて見えて、みんなに愛されている人。
月のようでいて、それでも太陽のような人なのだ。
床板が仄かに軋み、月下の美人が振り返る。
その際に一緒に靡いた髪は月の光を受けて煌めき、もう少し近くに行けばきっと、あの涼やかな香りを感じられたことだろう。
「赤毛ちゃん?」
きょとりと目を瞬いた彼は、いつも通りの優しさを、声と表情に乗せて呟いた。
近づいてくるにつれ、控えめに白砂が鳴る。
さり、さり。
膝を折り畳んでメイメイがその場に座ると、ソユンは足を地面につけたまま、廊下の縁に腰だけを落ち着かせた。
視線がそう変わらない高さになって、鼓動がはねる。
「ソユン様に聞いていただきたいことがあって……」
メイメイは、一度深く呼吸をして息を整えた後で、慎重に語り掛けた。
「探してくれていたのかな。……相談事なら、もっと落ち着いて話せるところに移動しようか?」
「いえ! ソユン様さえお嫌でなければ、ここで大丈夫です」
人の気配も遠いなか、この幻想的な空間でなら、メイメイは勇気が振り絞れる気がした。
「その………」
顔が熱い。
声も掠れて、一瞬間が空いた。
「身分違いで烏滸がましいのはわかっています。それでも、わたし……」
呼吸が乱れた。でも、続けた。
「ソユン様のことをお慕いしております……」
メイメイの火照りを冷ますように、涼しい風が吹き抜ける。
ソユンの顔を見て伝えたかったのに、その瞬間風で舞った横髪に隠れてしまった。
メイメイが髪を耳に掛けて戻した時には、いつも通り穏やかな表情をしていて。
「……ありがとう、すごく嬉しいよ」
一拍おいて返ってきたのは、普段と変わらない、柔らかな声だった。




