6-2. 書物館でもてなされます
息抜き回です、タイトル通り!
「赤毛ちゃん、お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございます……。なんというか本当にあっという間で……」
宮廷内で偶然ソユンと出くわし、目的地の書物館で用事を済ませたメイメイは、やや呆然としながら礼を言った。
(あまりにも色々と、想定外だったから―――……)
少しでも長く一緒にいたいと、わざとらしくならない程度にゆっくり歩くメイメイのいじらしさに反して、目的地に到着したのはいつもの半分の時間もかからなかった。
彼と一緒だと、裏の使用人通路ではなく、表にある高官用の短縮通路が使えてしまうのだ。
にこにこと歩調を合わせてくれるソユンを、まさかメイメイの私欲で遠回りさせるわけにもいかない。
まずこれが一つの思わぬ誤算である。
それでもメイメイは、いつも書物館で受付にかかる時間を考えると、まだもう少し一緒にいられるだろうと思っていた。
しかし、ここでもう一つの誤算があった。
ソユンがいると、手続きの時間すら短くなるのだ。
入り口にいた受付係はソユンを見かけるやいなや本を受け取りに駆け寄り、そのついでにメイメイの荷まで回収してくれた。
そのうえ、何やら奥の豪華な応接室へと案内され、速やかに受付処理を進める準備を整えられてしまった。
茶菓子をいただきつつ、仕事の早いソユンに見守られつつ、メイメイの任務自体は彼女の小細工なんてものともせずに、歴代最速で終了した。
それで唖然とするメイメイに掛けられた優しいねぎらいに、どうにか礼を言って応えたというわけだ。
―――そう、応接室。しかも広々とした貴賓用。
そのうえ、食べているのは上品な茶菓子。
メイメイは、仕事を最短で終えるばかりか、悠々ともてなしまで受けているのであった。
(いやいやいや、何この上客対応!? )
対応の速さ、手厚さ、その後の接遇まで、そのすべてがいつもと異なるものだから、せっかくの時間が終わっちゃうなんて感慨に浸る間もなく、メイメイはつい心の中で突っ込んだ。
ここで念の為、通常の書物館へのお使いの流れについても簡単に説明する。
はじめに、本来ならば顔を見ただけで奥からお偉方が出てきて代わりに申請書類を書いてくれたり立たせたままにするまいと駆けつけてきたりすることはまずないので、入り口の受付係に告げて申請書類を立ったまま記入する。
その後、申請書類がくまなく確認され、不備なく受け付けられて初めて、書物など荷物の授受が行われ、任務完了というわけだ。
署名だけしてもらえば大丈夫ですなんて言って応接室に案内されることも、もちろんない。
工程としては単純なものだが、書物庫には大切な書物が多い関係で管理も厳しく、申請書にはただ一枚の書類の授受ですらきっちり記入しなくてはいけない。
入り口のそばにある長机は申請書を書く人たちで混み合っているし、その後の荷の受け渡しでもよく列ができている。
総じて、単純ながら、時間も手間もかかる作業なのである。
今回だって荷物はソユンのついでに引き取って貰えたとしても、さすがにその後はいつもの手順で机に戻って申請書類を書くところから始めるはずだった。
だから、初めはソユンだけが応接室へ案内されていたのだ。
「赤毛ちゃんもこれで終わり?」
「へ? あ、いえ、むしろこれからですね! あそこでまず申請書類を作らないと。 ……あれ? ソユン様はもしかして、もうご用がお済みなのでしょうか……」
「僕は署名をするだけだよ。 赤毛ちゃんがもう少しかかるならここで待っていようかな」
「えっ!!」
最後の声は、ソユンの案内を買って出た書物館のお兄さんが出したものだ。
想定外と言うように、目を丸くしている。
切り替えが早かったのは偉いおじさん官吏だ。
にこやかにソユンへ提案をする。
「であれば、そちらの女官も応接室で記入するとよろしいでしょう」
「では私が彼女の申請書類の用意をします!」
続いて、先ほどのお兄さん官吏も部屋まで案内してくれた後、元気に走り去っていった。
普段はおっとりしている女官も、とても活気に満ちた表情で美しいお茶菓子を出しに来てくれた。
そんなこんなで、メイメイはたいへん非日常感のある経験をすることができたというわけである。
(私なんておまけの存在だろうに、邪険に扱うこともせずに感じよく対応してくれるのだから、なんだかほっこりいい気分だ……)
書き終えた後も、部屋に居座ってのんびり過ごすことを許してくれている。
にこやかで親切な書物館一同に囲まれるというおまけは付いているが。
「そういえば、ソユン様がお一人で行動していらっしゃるのを見掛けたのは、初めてかもしれないです! 今日みたいな日はやっばり珍しいのでしょうか?」
記入済みの書類を部屋に残っていた官吏の一人に確認してもらいがてら、メイメイはソユンに問いかける。
美人な女官に素晴らしい笑顔でお茶のお代わりを勧められ、それではと応じていた美貌の首席補佐官は、確かに普段は護衛官が伴ってくれているから珍しいかもね、と答えた。
「今日は渡り廊下を一つ隔てた館に移動して少し用事を済ませるだけだから、彼らにはその間別の仕事をしてもらうことにしたんだ。心配性だから、触れを出して廊下に通行制限をかけてくれていたみたいだけれど」
「そうだったんですね! あ、触れといえばわたし、出掛ける時にさっきの廊下は使用しないようにと言われたはずなんですが、ばたばたしていたせいかすっかり忘れていて……! 先ほどふと思い出して、怒られなくてよかったなとしみじみしていたんですよ」
「僕も、僕のせいで赤毛ちゃんが誰かに怒られるなんてことにならなくてよかったな。きっと声を掛けられる程度だろうけれど、それでもちょっと怖いよね……」
「う……、わたしのうっかりなのでその時は甘んじて叱られますが、……そうですね、初対面の人にはまだ少し苦手意識があるので、怯えてしまっていたかもしれないです」
何なら、今日は叱責されるところをソユンに目撃されかねない状況だったのだと実感すると、やはり回避できてよかったと、メイメイはほっと胸を撫で下ろす。
久々にお目に掛かるのが叱られている姿なんて、情けなさすぎる。
「珍しいと言えば、ご自身でこうして用事を済ませに出向かれるのもほとんどないことでしょうか? こう、細々したことはお付きの方たちが代わりになさるものなのかなと……」
「そうだね。今日は少し時間が取れそうだったから、気晴らしも兼ねて来てみたんだ」
ここの人たちはいつでも優しくて居心地がいいからつい味をしめちゃってと笑うソユンに、後ろで退出の用意をしていた書物館の面々も、嬉しそうに頬を緩めた。
メイメイの書類をその場で最終確認中のおじさん官吏はいつもの数倍時間をかけてふむふむと読み込んでいるし、きれいな女官さんはとても丁寧に追加のおやつを机に並べたりお皿を片付けたりしてくれている。
(会えた時に堪能しておかないなんて勿体ないもんね。ここぞとばかりに構いたがる書物館の皆さんの気持ちは、わたしもとても良くわかりますよ……!)
今だって、座って向かい合うという貴重な機会を大切にするべく、不躾にならない程度に目の前を凝視するのに勤しんでいるメイメイである。
日々多くの熱視線を向けられているであろうソユンは、隣で多少しつこく見つめられていても、それほど気にしないだろう。
すっきりした鼻筋や形のいい耳朶、目を伏せた時に長い睫毛によってうっすら影ができる様子など、普段じっくり眺められない角度から見られる贅沢さに心を躍らせる。
そんなメイメイの気楽さを打ちのめすように、ついと視線がこちらに向いた。
「なぁに赤毛ちゃん。そんなに見つめられると溶けてしまうよ」
「はわ……」
いたずらっぽく揶揄われ、気づかれていたことと、そのやんちゃな表情に、メイメイの頬の方が火照って溶けてしまいそう。
勝ち負けなんて話ではないが、すっかり完敗の気分のメイメイであった。




