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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
五章 王子と武芸大会
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5-6. 王子との会遇


前回メイメイと会った後、ソユンは夜飾り紐を結う練習をしていました。

少しの刺激でほつれてしまうなんて、まだまだの出来だったとこつこつ…


意外に凝り性






 


(こうべ)を垂れよ、王子殿下のお通りである」



 


メイメイが王子宮でのお使いを終えて帰る道すがら、使用人通路が奇妙なほどの静寂と緊張感に包まれた。

 

なんと、先ほどまで話題にしていた人、ジフン王子殿下が通りかかったようなのだ。



 



(え、本物……?)



メイメイが目を瞬かせながら前を向くと、厳めしい顔をしたお付きの文官が前後に、近衛官が左右に位置し、真ん中にいるはずの人を視線から守るように囲っている。

使用人らは通路の隅でひれ伏していて、なんだかとても物々しい雰囲気である。


どうやら本当に、王子がいるようだ。


慌ててメイメイも膝を折って頭を下げたのだが、同じように周囲でもばらばらと遅れて平伏する様子が見受けられる。

 


使用人も使えるような通路を通りかかるなんて、長く勤めている者ですら初めての経験なのではないだろうか。

メイメイを含めて皆が、思わぬ遭遇に動揺していた。


 


  

(この前の大会でも思ったけど、すごい存在感を放つお方だなぁ…… )


王族の威厳だろうか、武人の気迫だろうか。

下を向いていても、なんだか圧を感じて緊張してしまうほど、纏う空気が重い。

    


それでも心の片隅では、この珍事を次回ソユンと会った時の話題にしようとお気楽に考えられるのが、最近のメイメイだ。

想定外の出来事に対する慣れとも、ソユンとの話題作りへの探求心とも言う。


 


 

「殿下の妨げになってはなりません。使用人は、速やかに別通路へ移動するように!」

  


すると、居合わせていたらしい副女官長が、手を叩いて号令をかけた。

落ち着かずにいた使用人一同は、ほっとしたように指示に従い、腰を低く保ったまま立ち去り始める。


 

(うーん……。側を通りかかる時にでも一目見てみたかったんだけど、やっぱりそうはいかないよね……)


せっかくの機会だが、一介の女官は王族のことを遠目でしか拝見できない定めなのだろう。

一斉に()けていく周囲の流れに便乗し、メイメイもその場を離れようと足を進めた。

 


否、進めようとした。


 

しかし、

 

(あれ、なんだか―――…)


  

道を塞がれたように、感じる。

 


勘違いだろうが、メイメイの進行方向に一歩、足を踏み出した武官がいたのだ。

使用人通路も警備の対象なのかな、なんて思いながらほんの少し戸惑っているうちに、周りの使用人が去っていく。


 

(で、出遅れた……。まだ残っている人って、わたしだけかも……)


  

気づけばメイメイの横にも背の高い武官が立っていて、少しばかり鈍臭い女官の退出経路を、ほのかに邪魔している。

この二人の広い背中に遮られ、メイメイはぽつんと一人取り残されてしまったようだ。

  


(で、でも、ちょっと騒然としている今なら、なんとかばれずにこの場を離れられそう! こう、しゅっと出ていけば……)



目の前の壁、もとい二人の武官の背中の隙間から周囲をのぞきながら、頭の中でも最適な退出計画を立てる。


だが、いざ動こうとしたところで、間の悪いことに彼らはずいっと横に退いてしまった。

王子との間を遮っていた人影が失われると、メイメイには隠れる場所がない。



しかし、どうしようと考える隙も与えず、静かな視線がつとメイメイに向けられた。

 


  

(―――王子が、わたしを見ている……?)


 

 

雑然と立っているように見えた取り巻きたちは、いつの間にかメイメイからも王子からも、少し間を空けて整列している。

そのせいで今のメイメイは、意図せずしっかり王子と対面してしまっている状態だ。


 

気が付くとメイメイの呼吸は浅くなっていて、鼓動の音が耳に響く。

 

こちらを見ている。

何かしなくては。



 

 

「わっ、我々をまばゆく照らす――……」


「よい」


再度腰を深く折ってひれ伏し、懸命に思い出した王族への口上を述べようとしたところで、短く遮られた。


 

(………やっぱり王子は、わたしをきちんと認識している。最初から、わたしだけをこの場に残す予定だったみたいに……)



しかし、なぜだろうか。 

その理由はすぐ、王子自身の口から明かされた。


 

「ふうん、お前があの男の気に入りか」



この女官で合っているのかと王子に尋ねられ、応じている武官の声には聞き覚えがあった。

何度か、()の護衛をしていた男性だ。

 

 

直接声を掛けられることなど、たとえ王宮に出仕していようと、絶対に起こり得ないと思っていた。

しかし、もし、万が一それが起こるとしたら。



(王子とわたしの間には、ソユン様がいるのだ―――)






  




顔を上げるよう促され、体勢はそのままに視線を上げる。

すると、何を考えているか分からない冷たい表情の王子が、こちらを眺めていた。

 

すぐにまた視線を落とす。 

重苦しい雰囲気に、呑まれてしまいそうになったからだ。


  

「応答を許そう。近頃は親しく構われているそうだな?」


「わ、……わたし、わたくしめがそ、そのように、過分な待遇を、う、……受けているとは……」


「本来あの男とは関わることのない身分だ。よほどのきっかけがないと付き合いは続けられるまい」


「は、はい、……あ、いえ。……ただひとえに、不甲斐ないわたくしを見兼ねた、ソユン様のご厚意で、その、……す、少しばかり目にかけていただいたことがある、だけで………」


 

王子の話し方は静かに凪いでいて、こちらを威圧しようという意図は全く感じられない。

周りも王子のお付きに徹するばかりで、誰もメイメイに高圧的なところは見せていない。

 

それでもメイメイは息も浅いまま、声が不格好に震え上がるのを止められずにいる。

堅く重苦しく、立場にふさわしい風格の王子を前にしていると、少しの粗相すら許されないような心地になるのだ。



  

(歓迎した口調ではなさそうだけど、……自分の最側近に軽々しく接するなという注意、なのかな……)

 

こちらが王子を認識していなかっただけで、どこか王子の目につくところでソユンと話している様子を見られたことがあるのかもしれない。

それか、誰かの目を通して報告が入っていたとか。


もしかして、メイメイに烏滸がましい女だと怒りを感じているのだろうか。

声が淡々としていて意図が読めず、この空間、王子の前にいるのがただただ恐ろしい。


ソユンは人を隔てず、身分が下の者に親切だ。 

しかし、メイメイがその優しさに増長して不相応な振る舞いをしていて、それが目に余ったのかもしれない。

 


震えて様子をうかがっていると、意外な言葉が続いた。


 


「お前は、俺の首席補佐官と関係を持ったか?」


関係を持つ。

男女の仲か、と聞かれている。

 

理解が及ぶやいなや、首を何度も横に振った。


 

「い、いいえっ! まさかそんな……、そんな、滅相もないことで……」


「特に定まった相手もいないふらふらした男だから、あわよくばとは思っていないな?」


 

想定外の発言に次ぐ発言で、これは何を聞かれているのだろうと混乱する。

 

メイメイは、言葉の裏をかいて高度なやり取りをする、貴族的な会話が苦手だ。

いくら言葉を飾っていないからと言っても、明確に示してくれないと、王子の言いたいことがわからない。

 

とにかく正直に、思っていないと口にした。


 

「まあ、だろうな。……では、ソユンが最も枕を交わす相手を知っているか? 何年も前からの付き合いだ」


 


―――それは今まで聞いたことのない、初めて聞く話であった。

 

数々の噂を聞く限り、ソユンを取り囲む数多の女性の中に、特別枠の人はいないように感じていた。

ある意味みんな平等で、手を握るとか口づけを交わすとか、そういう関わり方が違うだけだと思って保っていた平静。

 

その裏で蓋をしたつもりになっていた、独占欲、優越感、それに親近感のようなものが刺激されて、メイメイは思わず身体を起こして目を見開いた。


 

彼女の動揺に気がついたのか、まじまじと顔を見るという不敬は見咎めず、眉を上品に片方だけ上げて、当ててみよ、と返事を促してくる。


 

「わ、わたくしは、ほ、本当に、ソユン様……あの御方の交友関係を、存じ上げていないのです。その、そういった……私的なお話も、いたしません……」


「おれだよ」


皮肉げな笑みとともに伝えられた言葉の衝撃に、思わず息を呑んで固まった。



 

「誰のものに懐いているのか、よく考えた方がいい。あれにあまり纏わりつくなと、それを一言伝えに来たんだ」








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