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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
四章 憧れの人
19/34

4-1. 親友とお泊り会をします

女の子たちの友情回です♡




 




「そこ、落ち着くでしょう? 静かに休みたいときに来るのよ」


 

友人と休日の重なったある日のこと。

差し込む陽光の朗らかな昼下がりに、メイメイはアンリの実家に来ていた。

 

今いる場所は、屋敷の裏庭に直結した湖のほとりだ。

こぢんまりと東屋が設けられていて、眺めて過ごすのにちょうどいい。

 


 


 

(趣味のいいアンリが昔からお気に入りの場所だと言っていたから、一度来てみたかったけど――……)


なるほど、彼女がお勧めするだけあって、とても静かで美しい場所である。

 

木々や建物が風を遮るから、水面(みなも)は静かに空を映す。

水鳥が動いて波立つ様子さえ、趣があってしみじみとしてしまう。


 


「本当に、とても穏やかできれいな場所……。前に話を聞いてから、ここに来るのをひそかに楽しみにしてたんだよ!だから嬉しい!ありがとう、アンリ」


メイメイは心からそう思って、お礼を言った。

 

もちろん、前から来たかった場所ではある。

しかし、それを上回るくらい、メイメイはアンリの気遣いが嬉しかったのだ。

  


「ふふ、喜んでもらえてよかった!こうしてのんびり過ごすのもいい息抜きになるから、帰省するとここで一日過ごすこともあるのよ。昔から変わらない、のどかな場所です」


そう誇らしげに言う彼女は、生まれ育った場所にいるからか普段のお姉さんらしい表情とは少し違って、年頃の娘らしい素のままという雰囲気だ。

そんな姿を見ていると今までよりもっと親しくなれた気がして、胸がじんわり温かくなった。


 


景色も静けさも堪能できる場所。


ここに連れてきてくれたのは、アンリがお気に入りの場所を紹介してくれようとしただけではない。

今のメイメイに、必要な空間だったからだろう。







こうして二人で過ごしているのは、ソユンと高貴な女性の親密な様子をメイメイが目の当たりにしてしまった、あの日がきっかけだ。

 

あの日、メイメイは気付くと自室にいた。

正確に言うと、自室の扉付近で突っ立っていたのだ。



「……メイメイ?」


なぜだかぼんやりと立ちすくむばかりのメイメイに、心配そうな顔で声をかけてくれたのがアンリだ。



「とっても顔色が悪いわ。どうかした?」


「……あ、アンリ。うん、ええとね……、その……」



メイメイがどうやって切り出せばいいのか逡巡していると、アンリはふと明るい声で、メイメイに提案してくれた。



「……次にお休みが一緒の日、私のおうちに来ない? たまにはメイメイとゆっくり遊んでみたいわ」


「………!うん、行きたいっ!」


 

どんより(かげ)ったメイメイの心のうちに、柔らかな光が一筋差した。


親友のそんな気遣いを支えに、メイメイは今日ここに至るまでの間、どうにか沈みがちな心を抱えながらもやり過ごしたのであった。






  

アンリの生家は、王都からさほど離れていない北部にあり、大きな湖に隣接する館だ。

 

家格はそう変わらないとのことだが、メイメイの生家がのどかで落ち着く田舎らしい田舎であるのに比べ、彼女の家の領地は立ち並ぶ建物も整えられた草木も、とても洗練された雰囲気を醸し出している。

この館を建てた昔の領主夫人が遠い異国からの移民だったらしく、全体的にどことなく異国情緒の漂う町並みである。

 

景観を楽しみに訪れる人も多いらしく、実際に町は朝から人で賑わっていて、楽しそうだ。


 

そして、その空気とは一変して、今いる湖の周りは、実にゆっくりとした時間が流れている。

メイメイは、ほっとひと息ついて、しばらく湖を眺めていた。

 



 

「よかったらそこに座って」


「うん。……わっ、お茶までありがとう!」


「うちの特産の茶葉です、よかったら買って行ってね」


「商売上手!」



二人並んで木の長椅子に座って、眺めながらお茶を飲む。

ぽつりぽつりと言葉を交わしていると、段々と緊張が解けてくるのが分かった。




「……アンリって、ソユン様の噂、知ってる……?その、……異性との交友関係、みたいな……」

 

不意に、話したかったことが口から漏れ出てきた。



「ええ、噂でよく聞く内容くらいだけど……」


「わたしね、知らなくて、ご本人からは婚約者がいないとか結婚は予定してないとか、そういう話を聞いたから、勘違いして、てっきり……」

 

先日からのソユンの噂を聞いた衝撃、彼に対する儘ならない心情を、拙くつっかえながら少しずつ話す。


  

いないと思っていた女性の影、みんなはそれを知っていてメイメイだけが勘違いをしていたこと。

それがどうにも心に重くのしかかるということ。

この間実際に女性と二人で過ごすソユンを目撃して、さらに気持ちが混乱してきたこと。

 

アンリは静かな表情で、それを聞いてくれる。


 


「それでね、最近なんだか、むしゃくしゃしたり泣きたくなったり、ずっと落ち込んでばかりいて、自分の気持ちがよく分からないの……」


喋っているうちにまた胸が疼くような心地がして、メイメイは力なく机に突っ伏して、腕に顔をうずめた。

 


「……メイメイは気軽に憧れてるだけのわたしたちとは違って、あの方と近しく過ごす機会も多かったんだもの。その分衝撃を受けてしまうのも仕方のないことだわ」

 

「でも、でも……それは、ソユン様が身分を気にせずにいてくれる人だから許されているだけで、本来なら気安く話すのも身分違いで不相応なんだよ。たまたま知り合って、その縁を繋いでもらっているだけなのに、その好意を勘違いして。それで、あの人にふさわしい身分の、わたしよりもっと親密な人がもっとたくさんいるんだって当たり前のことに気がついたからって、こんなに落ち込んでいて……」



話している間に、恥ずかしさや悲しさがぶり返してきて、声が震える。

アンリは背中にそっと手を添えて、宥めてくれた。

 

一度呼吸を整えてから、唇を軽く噛みしめる。




「……わたしって、勝手に対等だって、特別だって、そんな風に思ってたのかな。ソユン様にとってわたしなんて、宮廷にいるたくさんの女官の一人ってだけだったのに」

 

「きっかけがあれば誰だって親しくなれるというわけではないし、素直で頑張り屋さんのあなただから、あの方も好ましく感じて付き合いを続けていたんだと思うわ。……そうやって線引きしてしまうと、きっと悲しまれてしまうわよ?」


 

ぽんぽんと背中で手が弾む振動が心地よくて、ほろりと涙がこぼれた。

 


そう、彼はメイメイを親しい友人のように、面倒を見てきた知人の妹のように、自然に優しく接してくれていた。

メイメイが卑屈になってしまっているだけで。

 

彼の気持ちやこれまでの交流の積み重ねを否定するみたいに言うのはお門違いだ。

 

メイメイも、たぶんそういうのは抜きで、純粋に交流を楽しんでいただけだと思う。

―――少なくとも、途中までは。


 


「わたし、……わたしって、ソユン様と恋仲にでもなれると思ってたのかな。だからこんなに女性との関わりが気になるのかな……。ただ、憧れてるだけだと思ってて、男女とかそういうのまで意識してなかったはずなのに………」

 

「そうね、メイメイはそういうことを意識して会っていたようには見えなかったわ」



アンリは相槌を打ちがてら一度言葉を区切ると、それにねと続けた。



「ソユン様と親交を深めて恋に落ちない女は恋人か配偶者持ちぐらいだって、よく言われているでしょう? もし仮に、メイメイが話しているうちに何かしら慕わしく思っていたとしても、とても自然なことだと思うし、それは自意識の問題ではないわ、絶対に」



そう励ます声は、頑なになったメイメイの心をほぐし、堂々巡りの思考を照らしてくれた。




「……今までね、あんなに優しくて格好いい人に会ったことがないから、この気持ちが、よく物語で見たような恋ってことなのか、そこまでには至らない憧れみたいなものなのかも分からなくて」



気付けばかなりしっとり濡れていた頬を柔らかい手巾で拭ってくれる手厚さを受け、メイメイは自分を蝕んでいた重たく苦しい感情から、ようやく解放される気がした。

 

名残りでうるりと潤んだ瞳を親切な友人に向けると、メイメイが落ち着いたのを感じたのか、アンリもほっとした表情になった。



「もし恋愛感情だったとしても、八大貴族の方は結婚相手の身分もある程度制限されるんだって。だから、例え……。例えだよ、あの人の恋人になれるような奇跡が起こったとしても、わたしじゃその先には絶対に進めない。あの方の隣に並び立てない。そもそも話し相手でしかないのだから、考えてもどうしようもないんだけどね。それでもどうにもならないことをずっと考え込んでばかりで、最近はつらかった……」


溜まっていた涙が一筋、頬を伝う。

頭の中で渦巻いていた否定的な感情は、その雫とともに流れ落ちていく。


「メイメイの場合、(いだ)いちゃだめなんだって、今ソユン様に向けている好意的な感情を頑張って否定しようとしているから、一層辛いんじゃないかな。まずは自分の気持ちに向き合ってあげた方が苦しくないかもしれないわ。……ね、少しずつ考えていきましょう」


 


確かにメイメイの彼への感情が恋なのか、見ているだけで満足できるような憧れなのかは分からないままだ。

なのに最初から恋だ不相応だと決めつけて、恥ずかしくて惨めな気持ちになっているだけかもしれない。

 

もしかするとやっぱりこれは恋心で、気付いてしまった方が後々辛くなるかもしれない。

しかし、今めそめそとしているだけより、自分自身の気持ちを受け入れた方がすっきりするだろう。

 

変にいじけて、ソユンと関わるのをやめたいわけじゃあない。


 

(それに、今それほど厳密に見極めなければならないことでもないと思う) 


 

メイメイはよく考えに考え、根底にある、もっと親しくなりたいという気持ちを引き続き大切にすることにした。

後悔しないように節度は守って、それでも厭われない限り、関わりたいと思う気持ちには蓋をしない。

 

アンリはうんうんと頷き、いつでも相談に乗るからね、と言ってくれた。

 

―――メイメイの復活を喜んでくれるその表情があまりにも温かいので、涙腺を刺激されて最後にもう一泣きしたのは仕方がないことである。






 


「友達のお家に行くのも、お泊りも初めてなの。……仲良しの女の子たちが泊まって夜通し喋り続けるとか、本でたまに見かけるんだけど、……ちょっと憧れてたから嬉しいな!」



その夜は、二台寝台の並ぶ客室をわざわざ用意してくれた。

せっかくなので隣同士に寝転がると、改めてその親しさに心がときめいた。


「あのね、わたし、アンリが初めての友達になってくれて本当によかったと思ってる」


「わたしもよ、大好きなメイメイ。これからも仲良くしてね。……きゃっ!」


幸せな気持ちがむくむくと込み上げてきて、がばりとアンリに抱きつく。

 

驚いていたアンリも笑って抱きしめ返してくれて、結局同じ寝台できゃらきゃらと笑いながら寝そべった。

そしてメイメイの希望通り、その夜はずっとお喋りをして過ごしたのであった。



 

睡魔が限界を迎えるまで起きていたせいで寝不足だったけど、翌朝は晴れやかでいい気分だった。




 



 


実は先月の今日、このお話を投稿し始めました!

感慨深いものがあり、今日中に投稿したくなって先ほどまでせっせと書いておりました(ˊᵕˋ) 


いつも読んでくださる方々に感謝申し上げます!


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