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王子様と夢みる女官  作者: 笹野にこ
三章 恋愛とか将来とか
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3-7. 噂の実態について

あれから数週間、悶々としているメイメイです






 


―――我が国が誇る首席補佐官様には関係を持っている、もしくは過去に持ったことのある女性が、そこそこの数いるらしい。

その程度は不明だが、目撃情報も複数の具体的な噂もあるから、信憑性は高い。




 

交際関係について探ったのはメイメイなので勝手に自滅したも同然だが、先日そんな話を聞いてからのメイメイは、長らく落ち込みがちである。

なぜだかあまり晴れやかな気持ちにはなれず、そわそわしたり落ち込んだりと、気分が不安定な状態で過ごしている。


気分転換にと秘蔵の恋愛小説を読んだのも、まずかったかもしれない。

登場人物にソユンの影がちらついて、余計に考え込む羽目になったからだ。


メイメイの趣味はやはり読書なので、その趣味すら今はメイメイに悪さをするとなると、この気分に関して現状打つ手はない。


(読書を封じられると、残るのは無趣味なわたしだけね、あはは………)



 

噂の真偽は分からないし、ソユンと特別親しい間柄でもない彼女が気にするようなことでもない。

なのにこうも気が動転しているのはなぜだろうと考え続け、不慣れながらも気持ちの整理をしていくうちに、メイメイはあることに気がついた。

 

ソユンに対して、身勝手にも理想を押し付け、かつある種の思い上がりのようなものを持っていたのだ。



(ソユン様は、結婚は考えていないとか、婚約者はいないよって仰ってただけなんだよね……)

  

しかし、これまでメイメイは、彼のことを女性や俗っぽい諸々とは切り離して考えていた。 

清廉な美貌を持ち、育ちの良さがにじみ出た上品な所作をするのだから、男女間の生々しいあれこれとは無縁で、浮き世離れしたような人物なんだと。

 

それで、交際経験や親しい女性という存在の可能性を、無意識のうちにあり得ないものだと判断してしまっていたようだ。

さらにはそんな考えの下に、彼といちばん親しい女性は自分なのではないかと考えるようになっていたのかもしれない。

 

それがただの自分の勘違いだったと分かって、羞恥を覚えるのだろう。

悲しかったり胸が苦しかったりするのは、幼稚な独占欲によるものだと考えると辻褄が合う気がする。





  

(まあ一人でこうして答えを出したつもりになっても、結局もやもやが晴れることはないんだけど……)

 

現に今も、どこか重たい感情を解消できずに自分を持て余して過ごし、どうにか仕事を終え、宿舎へとぼとぼ歩き戻るところであった。


 

「メイメイ、今日はこれでもう帰るの?」


「あ、うん……!仕事にきりがついたからね」


「……大丈夫?ちょっと顔色が悪いかも」


「わたしも思った!体調悪い?気分の問題なら、気晴らしにこの後市場でも軽く散策する?」



門のあたりで、見習い期間を共に過ごした女の子たちに声を掛けられた。

ちょうど彼女らも退勤のようで、心配そうな顔をしている。


せっかくの提案だが、メイメイはいつも以上に気力がないのだ。

 


「あ……、全然平気!心配かけてごめんね、ちょっと寝不足だから今日はもうこのまま帰って早く寝ることにするよ」


親切をありがたく思いながらも、そのまま帰路につく。



 

  

いつも一人で帰るときは、道なりに並ぶ家々やお店を眺めるのを楽しむメイメイだったが、最近は人目が少し煩わしく、大通りから三本ほど奥まった、普段は通らない道を利用している。

 

八大貴族に連なる家系や宮廷の高位官僚をやっている家々が集まる道だ。 

もちろん外観も美しいが、馬車で移動する人がほとんどで人通りは少なく、少し落ち着いていられるのだ。


  

最近は暗くなるのも早く、今もメイメイの心のようにぼんやりと薄暗い空模様。

 

ふてくされて石の一つや二つ蹴り飛ばして歩いてやろうかと荒んだメイメイだが、残念ながら彼女の歩く王都の主要な道は美しく整えられていて、ちょうどいい塩梅の小石なんて見当たらない。


メイメイの生家周りなら、石も草花も自然なままであちこちに見つかるのに。


(もし蹴った石がこのご立派な家や馬車にぶつかりでもしたら大変か……。じゃあ石なんて落ちてなくてよかったんだけど……、んん、なんだかむしゃくしゃする……!)


 


 

いつもと異なる様子の続くメイメイに、さっきのように声を掛けてくれる同僚もいる。

相談に乗ってくれようとしたり、いろいろな気晴らしに誘ってくれたり。

 

しかし、自分の幼さが露見してしまうようで気まずく、あまり気軽に相談できる話題でもないから、礼だけ伝えてやんわり断ってしまっている。

そもそもこんな心情が露わになるようなことを相談した試しがないので、もし仮に相談しようと思っても、何から話せばいいのかと口ごもるしかできないだろう。



(……アンリになら、話せるかもしれない)

 

聞き上手で一番親しくしてくれるアンリなら、困惑するメイメイを宥めて、落ち着かせてくれるような気がしてきた。


彼女は最近まで実家に長らく帰省していて、つい先週戻ってきたばかりだ。

そこから今日に至るまで、まだ二人でゆっくり話す時間も取れずにいる。

 

しかし、周りをよく見ているアンリなら、メイメイが塞ぎ込んでいる理由についても当たりをつけているかもしれない。

現にここ数日、心配そうな顔でメイメイを見守ってくれている。


 

(そういえば以前、職場でソユン様の結婚を話題に上げた時、不思議な表情をしていたことがあったよね……。もしかすると、その時にでもわたしの気持ちを薄々察したのかも。アンリのことだから、ソユン様の恋愛経験についてわたしに伝えるべきか迷っていたのかな)


アンリはメイメイの気持ちを大切に思いやってくれる()だ。

一度二人きりになれる機会を作って相談でもしてみようか、この妙な心情を。



(そうすればきっと、いつもみたいに、最後には笑い話になっているはず)




 


  

ぼんやりと解決の見通しを立てて、気持ちをすっきりさせたのがちょうどその時だったのは、あまり運がなかったと言えるだろう。

 

うつむきがちで歩いていたのを改めて、しゃんと背筋を伸ばし、視線を上げた。

その目に写ったのは、通りの先にある立派な館で、そのすぐ手前に馬車が停まるのに、ちょうど意識が向いてしまったのだ。


そうしてその馬車から出てくる人にも、もちろん気がついた。




(あっ、ソユン様だ……!王都にも屋敷があるとは聞いていたけど、ここだったのかな)

 

何気なく目を向けていると、彼は乗っていた馬車を振り返り、すっと手を差し伸べた。

嫋やかな女性がおくれて馬車から顔を出し、その手に自分の手を重ねる。


その女性含めて、なんだかとても絵になる光景だ。

 

重厚な門には門番のような人が控えているから、そこは高位貴族の邸宅で、女性はその家の人なのだろう。

二人とも着ている服やまとう雰囲気に、似たような高貴さを感じる。


  

―――そう、メイメイは、王都に来て初めて、ソユンが女性と二人きりでいる様子を目撃してしまったのだ。




  

ひとことふたこと言葉を交わし、名残惜しげに門へ足を進めた女性が、またすぐに振り返る。

ソユンを見上げ、何かを言って手を引いたので、どうやら家へ招いているようだ。

 

彼もそれには特に抗わず、御者に何かを告げると、そのまま門を(くぐ)っていった。

 



目を離せずにそのままその後ろ姿を見ていると、女性が隣に立ったソユンにぴたりと身を寄せるのが分かった。

そして、片方の腕を彼の頭の後ろへ運んで、髪紐をいたずらにほどく。


ソユンが横を向いて女性の背中に手を添えると、女性がソユンの顔を手で包みこみ、そっと背伸びをした。


彼が顔を傾けると、あの艷やかな亜麻色の髪の毛がさらりと滑り落ちて、近づいた二人の横顔を隠す。

そして―――、


門は門番によって閉められた。




  

目の前に馬車が通りかかって視界が遮られるまで、メイメイは門を呆然と眺めていた。




 


噂の真実味

★★★★☆

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