悪魔の契約
どこかの誰かが何かをやらかして、その日から現実世界と魔界とを繋ぐ門が発生するようになった。
初めこそ人間と魔物の衝突はあったが、どこかの誰かが何かをしたお陰で相互理解と相互利用の関係性が構築された。
世界は、人間と魔物が雑多に溶け合う事で安寧を手に入れた。
「ハァ…今日も上手く行かなかった…」
サラリーマンと云うのは、家と職場を行き来するだけの生活を強いられる仕事だ。
朝は痴漢を疑われ無いように常に両腕を高く上げ、混む頃にはジジイの加齢臭とババアの香水に吐き気を催し、職場につけば上司の小言に耐え、同僚の転職話を聞いては自分も転職を考える振りをして意識が高まった気になり、帰りの電車ではガキ共の青春にトラウマを呼び起こされ、帰宅途中のスーパーで値下げシールが貼られるのを待ち、帰宅してからはそれを食べつつ推しの配信を後追いし、気付かぬ内に寝落ちをしては変な時間に目覚めて職場へ向かう準備をする。
休日には押し付けられた仕事を片付けながら著名人が炎上してないかをチェックする。
ふと虚しくなる事もあるが、そんなものはコンビニで買った500ml缶と胸やら脚やら晒してる生配信が全て忘れさせてくれる。
「あーぁ、職場の女の子の裏垢とか見付からねぇかなぁ~…」
『クックックッ…それがお前の望みか?』
しまった。アホな願望を漏らしてしまったせいで悪魔に目を付けられてしまった。
悪魔。それは魔界から現れる魔物の中で最もコミュニケーションが取れる存在。
人間の様々な欲望を叶えてくれるが、その代償は常に法外で非常識なものになっている。
だから俺は、いつもこうやって返す。
「何を払えば叶えてくれるんだ?」
悪魔は契約に関して嘘を吐いてはいけない。魔界でそう決まっているらしい。
だから知りたい事を全て訊いて全容を明かせば法外で非常識な代償を無害化する事ができる。
『そうだな…その程度の望みならばそこにあるベーコンでいいぞ。』
「ベーコン?こんなんでいいのか?」
『"裏垢の有無"なんていう自力でどうにかなりそうな望みに代償を吹っ掛けても仕方あるまい。』
「わかった。じゃあ、このベーコンやるよ。」
『クックックッ…毎度あり…』
ピョコッ♪
スマホに通知が来た。
『そのメッセージに貼られたリンクはお前の同僚の誰かの裏垢だ。フォローしてみるといい。』
「あぁ、わかった。ありがとよ。」
『クックックッ…』
悪魔の姿は霧のように消え去った。
「さてと…!」
早速リンクをタップする。
そこにはシャツのボタンを大胆に外した画像やスカートを大胆に捲り上げた画像ばかり上がった正真正銘の裏垢があった。
しかも背景は見覚えがある職場のトイレや休憩室ばかり。確実に職場の誰かだ!
「おい!悪魔!まだ近くに居るんだろ!?」
『クックックッ…呼んだか?』
「この裏垢が誰のものか教えてくれよ。」
『それは無理だな。契約で叶えた事に関して再び契約を行うのはルール違反だ。』
「そうなのか?」
『だから初めに訊いたのだ。"それがお前の望みか?"とな…』
失敗だった。こんな事なら職場で一番の巨乳のマリちゃんが俺に惚れるように願えば…ん?待てよ…?
「じゃあ、他にも望みがあるんだけど、叶えてくれるか?」
『ほう?どんな望みだ?』
「職場で一番の巨乳のマリちゃんが俺に惚れてるって事にできないか?」
『そんな事でいいのか?』
「え?ダメなのか?」
『いや…それがお前の望みならば、叶えてやろう。』
「代償は?」
『そのストゼロでいい。この程度な…』
悪魔の姿は霧のように消え去った。
ピョコッ♪
再びスマホに通知が来た。
「マリちゃんからだ…!えっと…?」
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今度の土曜日
買い物に付き合ってくれませんか?
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「キターーーーーーーーーーー!!」
いやいや待て待て…落ち着け、これこそ悪魔の契約の結果じゃないか!
あり得ないと思っていた事が確実に起きてる!
美人と結婚なんて最高の勝ち組じゃないか!
でも待てよ…?これくらいの現実で起こり得る契約を繰り返せばしょっぱい代償だけで済むから致命的な実害は無いんじゃないか…?
…よし。やるか。
「おい悪m『なんだ?』びっくりしたぁー!」
『お前みたいな奴はどうせまた呼ぶだろうからずっとスタンバっていたぞ。』
「そ、そうか…じゃあ、次の望みだ。そ、その…えっと…マ、ままままま、マリちゃんと…だなぁ…そのぉ…」
『なんだ?ハッキリしない奴だな。』
「だ、だからぁ!その…マリ、ちゃんとだな…」
や、ヤバい…言うんだ!言えば叶うんだよ!言え!言えよ俺ぇ!
「マリちゃんとキスしたいですお願いしますッ!」
日和ったーーーーーッ!
なんでだよッ!なんでキスなんだよッ!もっと先があるだろッ!俺のバカッ!
『…その願いで、いいんだな?』
「あ、あぁ…!いいよ!いいさッ!いいともォッ!」
『本当に、いいんだな?』
「な、なんだよ急に…いいって言ってんだろ!」
クソッ!バカにしてんな?日和った俺を嘲笑ってんな?
こうなったら飲んでやるッ!冷蔵庫のビール全部飲んでやるーッ!
「ぷはぁ!うめぇ!」
『…わかった。』
すると、悪魔は悲しそうな顔をして、何かを唱えた。
ゆっくり、ゆっくりと悪魔の姿が変わっていく。
いつも歩いてる時に横目で見た脚、コピー機を弄る時に盗み見た尻、目に焼き付いてる胸、言うまでもなく綺麗な顔…そこにはマリちゃんが居た。
「え…?ま、マリちゃん…?」
『私、悲しいです。折角デートしてくれると思ってたのに、そんな事を願うなんて…』
え?え?なんで…
「どうして、それを…」
『最低です…そんな事を悪魔である私に願うなんて…』
え?悪魔?マリちゃんが…悪魔?
「え?え?え?」
『あぁ…代償でしたね。要りませんよ。そんなもの。悪魔の接吻がどういうものか、身を以て知ってください…』
すると、マリちゃんの姿は見慣れた悪魔へと変わり、段々と俺に近付いた。
唇と唇が触れる。
あ、柔らかい…
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──ねぇ知ってる?営業部の____さん、亡くなったらしいよ?」
「え?じゃあ無断欠勤じゃなかったんだ?」
「ほら、今朝ニュースでやってた奴の…」
「若いのにね…」
『ハァ…ちょっと、タイプだったんだけどなぁ…』
登場人物
俺…俺。梲が上がらないサラリーマン。
マリちゃん…俺が勤めてる会社で一番の美人。巨乳。
悪魔…どんな望みでも叶えてくれる魔界の住人。人間の俺には男なのか女なのかもわからない。




