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【第9話】 グスタフとのデート(前編)



 エリクとのデートを終えた翌日の朝――――今日はグスタフと2人でお出かけだ!


 デート経験値が0から1になった私は謎の万能感に満ちている。0と1の間には大きすぎる壁があるのだ! なんて言ってもまだ1度も彼氏が出来た事の無いから偉そうにはできないけれど。


 今朝は昨日よりも寒いし昼は更に寒くなる可能性が高いと執事のドルフさんが言っていたから、昨日着た服を緋色にしてちょっとモコモコした感じの服を着ていこう。確かグスタフは赤や黄色みたいな明るめの色が好きだったはずだし。


 昨日より随分と落ち着いた心持ちでグスタフの到着を待つ私。すると庭園の方から私を呼ぶ声が聞こえる。


「おーい! フィオル~~! 待たせたなー!」


 この大きくて野太い声は間違いなくグスタフ。でも、どうして入口からではなく庭園から声がするの? 自室の窓から外を見ると、そこにはデート服とは程遠い農作業服を着たグスタフが立っていた。


 私は急いで1階に降りて入口扉を開けてグスタフの元へ駆けつける。彼は申し訳なさそうに頭を掻いていた。


「いやー、こんな格好ですまないな。フィオルの屋敷の向かい側に畑があるだろ? 最近、そこの婆さんが腰を悪くしているから集合時間前の空いている時間に畑作業を手伝ってあげてたんだ。だが、問題が起きちまってな」


「ふふっ、体力バカでお人好しのグスタフらしいね。で、問題って?」


「乗ってきた馬車の中には当然替えの服を持ってきていた訳だけどさ、うっかり農作業用の服を持ってきてしまったんだよ。面目ないったらないぜ。フィオルはすっっごく可愛い格好してくれてるのにさ……」


 ナチュラルに力強く褒められて正直ドキっとしちゃった。グスタフは大雑把で抜けているところがあるけれど、言動がとにかく真っすぐで裏表が無いタイプの人間だ。だから褒め言葉の純度が高い。


 照れちゃうから誤魔化したい……ここはポーズでもとって調子に乗る形で笑いをとろう。私は両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げるポーズ……カーテシーを披露しつつ、したり顔を浮かべる。


「ウフン♪ ドキドキしてくれた?」


「…………」


 ……どうしよう、今さらながら恥ずかしくなってきた。色んな意味で硬直する私を前にグスタフは相変わらずの言葉を返す。


「ドキドキというよりキュンキュンってやつかもな。フィオルの服がちょっとだけモコモコしているだろ? それがうちの猫のウィンターカットみたいで良いと思うぞ、ガハハッ!」


「ちょ、ちょっと! 猫と比べてたの? もうちょっと女性として褒めてくれないと」


「いやいや、ちゃんと可愛いし綺麗だと思ってるよ。まぁフィオルは美人だから何を着ても似合うだろうけどな」


 またこうやってストレートに褒めてくる……。ちょっとデリカシーがないところも含めてグスタフのことが気になっちゃうんだよなぁ。って、今は私の服よりグスタフの服の話をしないと。


 と言ってもグスタフが今から自分の屋敷に服を取りに返っていったら往復でそこそこ時間がかかっちゃうし……。私はどんな格好のグスタフでも好きだからここは思い切って…………


「じゃあもう替えの農作業服でそのままデートに行っちゃおうよ! ドレスコードがあるような場所に行かなければいいわけだし」


「フィオルのそういう豪快で大雑把なところ好きだぞ。じゃあ、お言葉に甘えて着替えてくるか。ちょっとだけ待っててくれ」


 グスタフだけには言われたくない、と思いつつクスリと笑う私。


 サッと着替えたグスタフと共に馬車に乗り込み、導かれるまま進み続けること20分――――私たちが着いたのは街から少し外れた森にある妙に大きな丸太の家だった。


「ねぇグスタフ、ここは何? グスタフのデートプランを信用していないわけじゃないのだけれど、気になっちゃって」


「ふっふっふ、フィオルなら入った瞬間にテンションが上がる最高な場所さ。そんじゃあ行くぞ」


 ご機嫌なグスタフが扉を開けると私の視界に映り込んだのは……


「きゃー!カワイイ!」


 現実世界の猫、ウサギ、フクロウ等に似た様々な動物だった。ここはいわゆる動物カフェみたい。


 ハリネズミみたいな毛をした猫、犬と同じぐらい大きくてモコモコのウサギ、手乗りサイズのフクロウなどなど……ファンタジー世界だからこそ拝める新種の動物たちにワクワクが止まらない。


 私が目を輝かせているとグスタフは近くのテーブルに近づいて椅子を引き、手を添える。


「ハッハッハ! 喜んでもらえて良かったぜ。ここは色々な動物に触れられるうえに美味しいご飯とお茶も楽しめる。日頃の疲れを存分に癒してくれよ」




 グスタフの言う通り料理もお茶もお菓子も本当に美味しかった。生前に食べていた病院食もそれなりに美味しかったけど、味は薄めで見た目も当然オシャレじゃなかったから。


 一方、ここの料理は味が濃くて、料理の形も動物モチーフになっていたりと本当に楽しい。もし現世の私が元気な体だったら友達とオシャレで可愛いカフェに行っていたのかな? 味わえなかった青春に想いを馳せてしまう。


 その後も私たちは動物との触れ合いを続けて沢山の癒しを頂いた。店員さんに礼を伝えて店を出たところでグスタフは次の場所を提案する。


「実はここから少し離れたところに動物カフェの親戚の人が営んでいる牧場があるんだが行ってみないか? カフェの動物たちと違って大きい動物ばかりだから違った面白さがあるはずだ。テンション上がるだろ? な? な?」


 テンションが上がっているのはグスタフの方だと思うのだけれど。多分、グスタフはカフェ以上に牧場へ行きたかったのだと思う。私だって現実の馬や牛が好きだから断る理由はない。私は笑顔で頷き馬車に乗り込む。


 馬車は10分ほど進むと前方に高さ3メートルぐらいはありそうな高い柵で囲まれた大きな牧場が見えてきた。


 牧場の人にお金を払って1度建物を経由してから放牧エリアに足を踏み入れると視界には象のように大きな羊、体からキノコを生やした豚、5倍ぐらい大きくて鉱石を食べている牛など、カフェとは違う意味でドキドキする動物たちが映りこむ。


 全体的にどの動物も大きく、最初は怖かったけど大人しくて人懐っこい動物ばかりだから段々可愛く見えてきた。動物たちの名前を知らないとアナイン病の記憶障害だと心配されてしまうから名前を言わないようにして喜びをグスタフに伝えよう。


「みんなすっっっごくカワイイね! ほら、グスタフも一緒に撫でようよ!」


「ん? ああ、そうだな。あー、でも15分ぐらい待ってもらっていいか? 動物たちをデッサンしたいんだ」


 グスタフが絵を描く? ゲーム内では発生したことがないイベントだ。これもまた相違点なのかな? 私は動物を撫でつつ時々グスタフの絵を覗き込む。


 紙に描かれたデッサンを見た私は思わず「凄い……」と驚きの声を漏らしていた。何故なら素人目にも分かるぐらい動物たちを立体的に描いているうえに筆がとてつもなく速いからだ。


「グスタフにこんな特技があったんだね。豪快なイメージが強いから驚いたよ」


「そうだろうな。俺自身、ガントレット家の男っぽくないよなぁ~って思うから誰にも絵が好きなことは言ってないんだ。親父にバレたら遊んでないで勉強しろ! って小言を吐かれちまうから内緒にしてくれよ?」


 個人的には遊びの域を超えて仕事にできるレベルの画力だと思うけど貴族ガントレット家の長男としては別の生き方を選ぶわけにはいかないのかもしれない。もし、そうならデート中であることを気にしないで今日は思いっきり絵を楽しんでもらいたい。そんな気持ちが私の中に溢れ出していた。


「時間を気にせず好きなだけデッサンしてね。絵を描いているグスタフを眺めているのも楽しいから」


「アハハ、何だよそれ。俺を見てたって面白くもなんともないだろ。でも、まぁ、ありがとな。お言葉に甘えてデッサンの時間を少しだけ延長させてもらうよ」


 グスタフが喜んでくれて良かった。


 グスタフの真剣な横顔を見つめるだけの時間が過ぎていく。最初から数えて30分ほど経った頃、デッサンに区切りがついたグスタフが背筋を伸ばしていると私たちの前を若い女性飼育員が深刻な表情で頭を抱えながら歩いていた。


 気になった私が声をかけると女性は放牧エリアの東端を指差す。


「向こうで寝そべっている鹿を見てください。体より2倍以上長い角を持っているでしょう? あの鹿はミスリルホーンディアと呼ばれている希少種で名前の通り超硬度の角を持っているのですが……」


 女性は悩んでいる理由を教えてくれた。どうやら通常のミスリルホーンディアはじっくりと角が大きくなっていき、定期的に角を削って世話をするらしい。だけど、向こうにいるミスリルホーンディアには珍しい発作のようなものが起きてしまったらしく一晩で角が肥大化してしまったとのことだ。


 ミスリルホーンディアの角は硬いだけあって重量がかなりあるようで今のままだと身動きが取れないらしい。しかも、肥大化した角を削るには専用の器具が必要らしく器具が牧場に届くのは早くても10日先になるらしい。


 10日も動けないのは流石に可哀想だ。それに寝返りが打てなかったり、体が動かせなかったら健康面でも良くないかも。


 何とかしてあげたいけど、こればかりはどうしようもなさそう。励ましの言葉を考えていた私を尻目にグスタフは1歩前に出て袖を捲る。


「それは大変だな。よし、上手くいくかどうか分からないが俺が角を切断してみるか」


「「えっっ!?」」


 私と飼育員さんが同時に驚きの声を漏らす。


 グスタフはミスリルホーンディアの前まで移動して深呼吸すると右手を地面につけて魔力を練り始める。


「大地よ、俺に力を貸してくれ。ロック・クレイモア!」


 グスタフが声を張り上げると同時に彼の右手には石でできた大剣が握られていた。グスタフの体と同じぐらいの長さ、そして顔よりも幅がある大剣を振りかぶったグスタフは……



「どりゃぁっっ!」



 雄々しい掛け声と共にミスリルホーンディアの角を見事に切断してみせた。大剣を振り下ろした地面も1メートルほど縦に裂けていて、とんでもない威力であることが伺える。


 初めて生で見るグスタフ渾身の一振りに興奮と逞しさと若干の恐怖に胸がドキドキする。


 たまに恋愛マンガなどで男性に体を掴まれて身動きがとれず、力の差にドキドキする女性が現れるけど似たようなものなのかな? いや、私は同じだと思いたくない。私のドキドキはあくまで新しい魔術を見られた喜びなのだ……と信じたい。


 角がほとんど無くなり身軽になったミスリルホーンディアはグスタフに頬ずりして喜んでいる。飼育員さんは何度も何度も頭を下げて礼を伝えてくれた。


 そんな状況でもグスタフはいつもと変わらないカラッとした笑顔で「おう! 良かったな!」と手を振っている。


 ゲーム内でもグスタフの強さは際立っていたけれど生で見ると大違いだ。思えば私はエリクが荒くれ者を退けた時も興奮しちゃってたし、強い男フェチなのかな?


 そんなことを考えながら私はグスタフの横顔をデッサンの時とは違う感情で見つめていた。




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