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【第8話】 エリクとのデート(後編)



「南ミーミル海岸に着きましたよ、フィオル」


 馬車の中で必死に腹が鳴らないように祈っている間に到着していたみたい。馬車のキャビンから顔を出すと前方には眩しいぐらい白い砂浜と青い空が広がっていた。


「わぁ~、綺麗な場所だね……って、あっ! 昔と変わらずに、って意味だよ?」


「ちょっとビックリしましたよ。アナイン病で海岸のことまで忘れてしまったのかと焦りました」


 危ない危ない、ついついフィオルであることを忘れて初見の感想を呟いちゃった。感情が高ぶった時こそ言葉に気を付けないと。


 馬車を降りてすぐのところにあるレストランへと移動した私たちは屋外スペースの席に座り、パスタを注文する。料理が来るまでの間、座っている私たちの元へ吹く春の風はまだ少しだけ寒い。重ね着を持っていなかった私は寒がっているのがバレないように元気に振舞っていた。


 だけど、エリクはどういう訳か私が寒がっている事に気が付いたらしく、少しだけ馬車に戻りますと言って往復し、ケープと膝掛けを持ってきてくれた。


「使ってくださいフィオル」


「あ、ありがとう。寒さが顔に出さないようにしていたのだけど、よく気が付いたね?」


「気が付いたと言うより想定していただけです。いつかフィオルがアナイン病から復活すれば一般的な人より筋肉量が少なくなって寒さを感じやすくなるかなって。だから僕が少し涼しいと感じた時は、すぐに暖かくできるように意識していたのです」


 思いやりから準備まで完璧すぎてキュン死しそう! 馬車の中に小さい箱があるなぁ、とは思っていたけど私の為だったなんて。嬉し過ぎて逆に体が熱くなってケープが要らなくなってきたかも?


 完璧美青年エリクとの楽しい会話と食事は続く。時に思い出話、時に馬鹿話を繰り広げる中で話題は学房の話へと移り、私は前々から気になっていた疑問を投げかける。


「そういえば学房での勉強っぷりを見ていて気になったのだけど、エリクはどうして古代学や魔導学を専攻しているの? 確か昔は海洋学が好きだったよね?」


 ゲーム内のエリクは子供時代から大人まで一貫して海洋学が好きな設定があったはず。だけど転生してからは1度も海洋学の話を聞いていない。これも新たなゲームとの相違点なのかな? 首を傾げる私と一瞬だけ目を合わせたエリクは珍しく言葉を濁す。


「古代文明から得られる知識や道具は稀に街を大きく発展させることがありますからね。役に立つと思って学んでいるだけですよ」


「好きだからとか、そういう理由じゃなくて?」


「古代文明も古代学も多少は興味ありますよ。それよりほら、ここから南に浮かぶ小さい島を見てください。あそこはイロス島と呼ばれていて最近は学者たちが古代遺跡や古代文字を調査しているのですよ。責任者は確かルーナ様だったかな」


 エリクの口から出た『多少は興味ありますよ』という言葉が私には引っ掛かかる。いくら世の中の役に立つ可能性があるからって王国から講師を呼んでまで学ぶものなのかな? しかも、1番好きな海洋学の分野を手放してまで。


 大好きなルーナ様が古代学に関わっているから自分も関わっておこうと考えたのかも。ルーナ様は街中の皆から愛され、尊敬される女性だから。


 それにしてもミーミル・ファンタジーの主要人物たちは本当に凄い。貴族ばかりだからというのもあるけれど全員が為政者や為政者の卵として活躍しているのだから。今日だってカミラが鉱山の管理をしていること知ったわけだし。


 転生して色々なことを覚えたけど、それは知らないことが増えるのと同じ意味なのかも。まるで哲学者みたいなことを考えているとエリクは顔を覗き込み、綺麗な薄緑の瞳を私に向ける。


「ボーっとしてますけど大丈夫ですか?」


「あ、ごめん、ちょっと考えごとをしてたの。みんな色々と頑張っていて偉いなぁって。きっとテオもバリバリ働いているんだよね」


「ええ、幼馴染4人組の中では1番の出世っぷりですよ。フィオル……やっぱりテオのことが気になりますか? 辛辣な態度を取られたと言っていましたし」


 辛辣どころか『ずっと眠っていてくれても良かったのだがな』と言われた身だ。だけど本当のことを話したらエリクもグスタフもテオと大喧嘩しちゃいそうだから詳細には話していない。


 テオのことが気になっていないと言えば嘘になるけど私には大好きなエリクとグスタフがいるから気持ちはかなり楽だ。だから心配しないでね、と言っておこう。


「エリクとグスタフを筆頭に学房のみんなが本当に優しいから、テオのことはあまり気にしてないよ」


「それならいいのですが……。もし悩みがあったら言ってくださいね。何でしたら将来の夢を相談してくれてもいいですし」


 将来の夢かぁ……。このままフィオル・クワトロとしてお父様の後を継いでクワトロ家を守っていくのも素敵な未来かもしれない。


 でも、本物のフィオルはそれを望んでいたのかな? 私の望みはフィオルが歩もうとしていた未来を歩むこと。そう考えると私がエリクにするべき相談は……


「じゃあ1個だけ変な相談をさせてもらおうかな。もしエリクに憧れている人間、もしくは“その人そのものに成りたい”と思えるような対象がいたと仮定します。だけど、その道が凄く険しい場合、貴方ならどうする?」


「なんだか不思議な質問ですね。フィオルが『もしも』の話をすること自体珍しいですし」


 もしかして本物のフィオルから、かけ離れた質問だったかな? 大丈夫なのかなぁ、と心配になってきたけれど、エリクは不安をかき消すぐらい真剣に考えて言葉を返してくれた。


「沢山考えましたけど具体的な解決方法は提示できそうにありません。ですが、気持ちは分かります。僕も同じような悩みを何年も抱えていますから」


「エリクも? それってエリクのお父様みたいになりたいけど難しいって悩み?」


「それもありますけど僕にとって1番のコンプレックスはグスタフとテオなのです」


「えっ、嘘!? どうして?」


 声を裏返して驚いてしまう私。エリクは自嘲気味に笑って理由を語る。


「2人はそれぞれ誰にも負けない特筆すべき強さがあります。グスタフは力強さ、豪快さ、そして周りを引きつける大らかな明るさがあります。一方、テオは徹底的な合理性と、ずば抜けた知識量があります。ですが僕は力でも頭でも1番にはなれません。器用貧乏なのですよ」


 私から見れば完璧超人みたいなエリクでも劣等感を覚える事があるなんて。きっと日々を一生懸命に生きていて、周りの人たちが魅力的すぎるからこそ自分の姿を客観視しすぎてしまうのだと思う。今の私には到底たどり着けない境地だ。


 それでもエリクのことが大好きな私だからこそ言える言葉はある。今の彼に必要なのは――――


「器用貧乏って言い方だとネガティブに聞こえるけどバランス型と考えればいいんじゃないかな? 色々なことができるのって何かに特化していることと同じぐらい価値があると思うよ。器用貧乏を勲章に変えちゃおうよ!」


「器用貧乏を勲章に……」


 オウム返しするエリクの瞳は大きく見開かれていた。良い驚きなのか悪い驚きなのか、彼の目を見つめながら答えが返ってくるのを待っているとエリクは薄く笑みを浮かべる。


「一見ダメなところもポジティブに捉え直す。とてもフィオルらしい言葉ですね。改めて本当に復活してくれたのだと嬉しく思います。おかげで元気が出てきました、ありがとうございます」


「……へへ、喜んでもらえたなら良かったよ」


 私がフィオルではなく立花スミレとして考えた言葉が『フィオルらしい』って扱いになるとは思わなかった。きっとゲームを遊んだだけでは分からない過去のエリクとフィオルのやりとりがあるのだと思う。


 フィオルとして生きていくと決めたのにフィオルだけを見つめられている状況が少しだけ苦しい。私には胸をズキズキさせる資格なんて無いって理屈では分かっているのだけど。それでもエリクが元気になってくれて良かった。


 食事を済ませた後、私たちは海岸沿いを散歩したり、港町の方へ足を運んだりしてデートを思う存分楽しんだ。


 別れ際のエリクはワンちゃんみたいに目をキラキラさせて「今日は本当に楽しかったです、また遊びましょう」と言ってくれたのが本当に嬉しい。目と耳に一生忘れない思い出を刻んでくれた。


 ちょっとだけ本物のフィオルにヤキモチを妬いちゃったけど、デートは大成功! 次のグスタフとのお出かけも頑張るぞぉ!




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