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【第7話】 エリクとのデート(前編)



 楽しみであり恐くもあるエリクとのデート日が訪れちゃった。私の緊張っぷりとは対照的に外は雲1つ無い快晴だ。


 朝食を済ませた後、近くにいた老齢の男性執事ドルフさんを掴まえた私は自室に招き、デート服を選んでもらうことにした。


 ドルフさんを選んだ理由の1つは男性視点の意見を貰いたかったからだ。もう1つは単純にドルフさんがいつもピシッとした着こなしをしていてスタイルが良く、オールバックの白髪と鋭くも優しい目つきがダンディだから、きっと他の人より良いアドバイスをくれそうだと思ったからだ。


「ねえドルフさん。デートに着ていく服はどれがいいと思う? この2着で迷っているのだけど」


「……昨日あれだけ迷っていましたのに……まだ決めていなかったのですか?」


 うっ……誰から昨日の私の様子を聞いたのか分からないけど耳が痛い。でも、数ある服の中から2つに絞っただけで褒めて欲しいぐらいだよ。


 目の前にある服は色が違うだけで、どちらも普段着ている貴族然としたキラキラしたドレスではない。スイスの民族衣装トラハトに似た街に溶け込む親しみやすい感じの服だからエリクもギャップに喜んでくれる……と思いたい。


「い、いいからどっちが似合うか教えてよ!」


「申し訳ありませんが私には言えません。デートというものは服選びも含めて自らの選択に喜び、悲しみ、仲を深めるものです。失敗も成功も血肉にしてほしいと思っていますので」


「くーっ! なんで妙なところで厳しいの! 大丈夫だっていう保証が欲しかったのに……。あー、どうしようかなぁ、迷うなぁ」


 私が右に左にと視線を動かし唸っているとドルフさんはクスリと笑う。


「フフッ、心配しなくてもどちらもお似合いですよ。きっとエリク様も喜んでくださいます。ですから猫背にならず胸を張って堂々といつもの笑顔で迎えを待ちましょう」


 どちらも似合う……つまり失敗は無いってこと? 何だか随分と気が楽になってきたかも。私は薄緑の方の服を着る事に決めた。私が好きというよりもエリクの好きな色が緑色だから喜んでもらえる確率が上がると思ったから。


 服を選んでから1時間後、屋敷にエリクが来たことをメイドさんが知らせてくれた。早鐘を打つ心臓を必死に抑えつけながら私はエントランスの階段を降りる。


 扉の近くにはエリクが立っており、私を見つめた彼は珍しく2,3秒口を開けて硬直し、フッと我に返ってから笑顔を浮かべる。


「おはようございます、フィオル。今日の服、とても似合っていますね。雰囲気も色味も凄く素敵だ」


「え、えへへ、ありがとう。エリクもいつもよりラフな格好がとてもしっくりきてて好きだよ。今日のデート先にはピッタリだと思う」


 やったー! 褒めてもらえた! あの感じはお世辞0%だと断言できる。流石は顔面偏差値100億、スタイル抜群のフィオル様だよ。


 それにエリクの恰好も素晴らしい。上衣は白いリネンのシャツ、刺繍の施された襟元から覗く胸元はいつもより少しワイルドだけど清らか。上に重ねられた黒のベストは体にぴたりと沿ってて無駄のない縫製が彼の肩幅をより広く見せている。品の無い言い方だけど雄味が強くてグッド!


 心の中で涎を垂らしている内に気が付けば私たちは馬車に乗って移動を始めていた。


 今回のデートで最初にすること……それはシンプルに大通りでの買い物だ。私はエリクと共に雑貨屋へ足を踏み入れる。


 エリクと一緒に色々な品物を見て回りながら談笑する時間は最高に幸せで、ずっとここに居たいと思うぐらい楽しい。でも、流石に長くいると店に迷惑だから会計をしなければ。私が鞄に手を入れるとエリクは大きく咳払いをする。


「ゴホンッ! ここは僕に払わせてください。歳は同じですが僕は既に貴族として働いて金を稼いでいる身ですから。それに働いて得たお金でフィオルに何か買ってあげられる日を楽しみにしていましたから」


「ありがとうエリク、でも私が自分で払うよ。私もお父様の仕事を手伝って少しは稼いでいるし。それに両親からは自立した女性になりなさいと教えられているから」


 エリクの気遣いに感謝しつつも私は鞄から財布を取り出した。手に持った財布は普通の革財布……に見えるけど開くと財布を2つ重ねような構造になっている。そんな財布をエリクが不思議そうな顔で見つめている。


「変わった財布ですね? お金を用途ごとに分けているのですか?」


「これもお父様の教えでね。貴族として使うお金と、普通の女子として使うお金を分けるように言われているの。自分で稼いだお金の大切さとか、平均的な庶民の金銭感覚を常に持つようにってね」


「なるほど、もしかして今回の買い物で日用品や筆記用具などを召使いに買わせに行かせず、自ら買いに来たのも御父上であるホフマン様の教育方針ですか?」


「うん、そうだよ。自分の足で商店通りを歩き、物の値段を知り、人々とコミュニケーションをとって街を知ることが大切なんだぞ、ってね」


「素敵な人ですね。ホフマン様と会話をする機会は少ないですが、街中の皆さんがホフマン様を褒めているので僕も教えを学びたいぐらいです。正直少し羨ましいですよ」


 ホフマンさんを褒めてもらえて私も嬉しい。転生以降、フィオルのことを調べる中で彼女がかなり外交的な性格で、その基礎を作ったのがホフマンさんだと知ることができた。


 ミーミル・ファンタジーはどちらかと言うと自己投影型の主人公像だったからフィオルの掘り下げは少な目だ。だから家族や彼女のこと褒めてもらえたり深く知れることが嬉しい。最近では娘が復活したことで、やつれていたホフマンさんの顔と体も元通りの中肉中背になったから尚更だ。


 ホフマンさんを称える言葉を呟いた後、何故かエリクはぼんやりと遠くを見つめていた。エリクは自分のお父さんとあまり仲良くないのかな? でもゲーム内だとエリクのお父さんは凄く評判の良い豪族のはずだけど。


「エリクは御父上とあまり上手くいっていないの?」


「いえいえ、父上は僕のことを凄く愛してくれていますし、僕も尊敬していますよ。ただ、会話する機会は少ないですけどね」


 エリクはポリポリと頭を掻きながら親子関係や悩みについて話してくれた。


 どうやら互いの忙しさから接触できる機会が少なくなってしまってるらしい。そもそも両親の性格がクールで厳しいタイプのようで、特にここ数年では専属の教師を招かれて人との接し方や交渉術を重点的に学ばされたらしく、そのせいでエリクは逆に素を出せなくなってきたとのことらしい。


 だからこそグスタフや私やルーナ様といる時は心底気が楽で、ありのままの自分を曝け出せるから幸せだと語ってくれた。彼の役にたてていることが嬉しいと同時に何とかしてあげたい気持ちが湧いてくる。


 それにしても今日のデートは早いうちからエリクのことが深掘りできてありがたい。ゲームプレイ時より遥かに自己開示が早いし、そもそもゲームでは知ることが出来なかった親子関係まで知ることができたから。





 私たちはその後も買い物を楽しんだ。エリクに似合いそうな小物も幾つか見繕ったりして、まさに理想のデートって感じ。いつもより幼い顔ではしゃぐエリクが最高に可愛くて胸がどうにかなりそうだったのは内緒だ。


 一通り買い物を済ませたところで次は何をしようかと2人で話していると大通りから50mほど離れた位置にある酒場の方から何やら怒声やガラスの割れる音が聞こえてきた。


 エリクは「賊か何かでしょうか? 放ってはおけません。フィオルは離れていてくださいね!」と言い残し、単身酒場へ走って行ってしまう。


 大丈夫なのかな? 離れていろと言われたものの心配になった私は20m程度離れた位置に移動し、物陰から酒場を見つめていた。すると炭鉱夫……にしてはあまりにガラの悪いチンピラ風の男3人がエリクと共に外に出てきた。


 チンピラ3人組の中で一際強そうなマッチョのスキンヘッド男が前に出るとエリクの胸倉を左手で掴んで怒鳴り散らす。


「しゃしゃり出てくるなよ貴族の坊ちゃんがよォッ! 俺たちは楽しく酒を飲んでただけだろうが!」


「楽しく飲んでただけ……ですか? 酒場の主人や他の客に対して怒鳴り、暴れ、怪我をさせた輩が何を言っているのですか? 貴方達のことは護兵に突き出します。大人しくしていてください」


「ケッ、逆に俺らがテメェを連れてってやるよ、病院になぁっ!」


 すっかり逆上したスキンヘッド男は余った右手でエリクの顔に拳を繰り出す。人生で初めて見る生の暴力が恐ろしくて私は堪らず目を閉じてしまう。だけど、私の耳に届いた音は鈍い打撃音ではなく異様に乾いた“パチンッ”という音だった。


 恐る恐る目を開ける私。視線の先には棒立ちにもかかわらずスキンヘッド男のパンチを掴んで止めるエリクの姿があった。


「……殴ろうとした以上、反撃は許されますよね?」


「くっ……なんてパワーだ。おい、お前ら! こいつをやっちまえ!」


 スキンヘッド男に命令された残り2人のチンピラはそれぞれ角材と酒瓶を持ってエリクに殴りかかる。しかし、エリクは微塵も動じずに後ろへ飛び、指先に風の魔力を練り込み……


「ウィンド・ショット!」


 指で輪ゴムでも飛ばすような軽々しい動きで超高速の風の球を放出する。風の球はサイズこそテニスボールくらいだけど力強さは半端なく、一瞬にして角材を折り、酒瓶を粉々に破壊してみせた。


 エリクは極めつけにスキンヘッド男が持っていたハンマーを叩きつけて破壊すると「これで諦めてもらえますか?」と降参を促す。


 ゲーム内でもエリクが風の魔術を得意としていることは分かっていたけど、こんなに強いなんて。もしかして、この強さもゲームとの相違点なのかな?


「うぅ……あぁ……」


 圧倒的な力の差を前に謝ることすら出来なくなったチンピラたちは数分後、腰を抜かしたまま護兵に連行されていった。大きく溜息を吐いたエリクは私の元へ駆け寄ってくると小さく頭を下げる。


「物騒なものを見せてしまい、ごめんなさい。その、恐がらないでもらえると嬉しいです」


「そんな! ビックリはしたけどエリクのことを恐く思うはずがないよ。むしろ格好良かったよ。相手を気遣って怪我をさせないように武器だけ破壊したのも素敵だと思ったもん」


 エリクは照れ半分、困惑半分の顔で鼻頭を掻いている。


「ハハッ、ありがとうございます。本当は魔物以外には武力行使なんてしたくないのですがね。最近は“鉱山の件”もあり、どうしても治安が悪くなってしまっていますからね。時々ああいう輩が現れるのです」


「鉱山の件?」


「ああ、フィオルは知りませんでしたか。実は最近、街の西はずれにある鉱山の魔石が活性化しているらしく、他領土からの採掘者が数多く流入しているのです。中には気性の荒い者も多く、トラブルが多発していましてね。管理者であるカミラがもう少し上手くやってくれると助かるのですがね」


 カミラ……まさかテオの妹が採掘者の管理をしているなんて驚きだ。でも、考えてみればテオとカミラの家リーフション一族はミーミル領でも1,2を争う豪族だ。カミラはフィオルやエリクと歳が同じだし、既に貴族として働いていてもおかしくはない。


 とはいえ男社会の採掘業をカミラが担当していたのは意外かも。何か理由があるのかな? 宝石が好きとか?


 そんなことを考えていると突然私のお腹が“ぐうぅ~~”と爆音を奏でてしまう。


「あ、いや、その、へへ、ちょっとお腹が空いちゃったね」


「はははっ、そうですね。じゃあそろそろお昼を食べに行きましょうか。ちょうど南の海岸沿いに美味しい店があるので向かいましょうか」


 ちょっとだけ恥ずかしかったけど、エリクにしてはかなり砕けた笑顔が見られたから結果オーライかな?


 私たちは一旦馬車に合流した後、10分ほどかけて南ミーミル海岸へ到着へと移動する。




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