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【第6話】 学房生活初日



 10秒ほどのハグを経て、ルーナ様は私の体から腕を離す。


 私はできるだけフィオルっぽく振舞うように意識しながら笑顔で言葉を発する。


「目覚めるのが遅くなってしまってごめんなさい。ただいまです、ルーナ様」


 私の言葉を受けたルーナ様は堪え切れなくなったらしく涙を零していた。私がハンカチで涙を拭ってあげるとルーナ様は自嘲する。


「歳をとると涙もろくなってイヤね。エリクとグスタフは笑顔で貴女の復活を喜んであげたと聞いていたから尚更恥ずかしいわ」


「いえ、そんなことは。皆の“おかえりなさい”は全て私にとって大切な宝物ですから。それより到着が遅くってしまってごめんなさい。ここに来るまでに色々な事がありまして、実は――――」


 私はモーズさんが人の言葉を話していた事、そして崖の下にあった墓がフィオルのものである事、この2点を伏せておき、後は全てありのままに話した。ついでに本を汚してしまった謝罪も添えて。


「あら! それは大変だったわね。確かによく見れば服が汚れているわね」


 ルーナ様は私の服の汚れを手で払いながら言葉を続ける。


「フフッ、いたずらな猫ちゃんね。色々大変だったみたいだけど大きな怪我はしていないようで良かったわ。それじゃあ早速、教室に案内するわね。ついてらっしゃい」


 嬉しいことに学房初日の私の世話をしてくれるのはルーナ様だったみたい、ラッキー!


 教室までの移動中、ルーナ様は各部屋の案内をしつつ、これからの授業について教えてくれた。


 どうやら私の入るクラス……って言い方が正しいのかは分からないけど、お世話になる教室では隣国の王家から派遣されてきたエリート講師3人が勉強を教えてくれるらしい。隣の国から山中のミーミル学房にエリート講師を呼び寄せるなんて流石ルーナ様、人脈が強い!


 加えてクラスメイトの数も私含めて10人しかおらず、銀学院レベルと金学院レベルで5人ずつ別れて勉強を教わるみたい。日本の学校みたいに先生が黒板を使って1人で教えるのとは違って、3人の先生が10人の生徒の勉強の世話をする家庭教師に近い形態みたい。


 ちなみにゲームの設定資料集では現代日本で言うところの銀学院が高校レベル、金学院が大学レベルと書かれていたはず。だから金学院の生徒が銀学院の生徒に勉強を教えてあげるケースもあるみたい。人に教えること自体が勉強になるとも言うしね。


 十代後半で4年間も眠っていたフィオルは当然、銀学院レベルの5人に入る訳だけど、そもそも超平凡なJK立花スミレがエリート講師の授業についていけるのかな?


 目的の教室に近づけば近づくほど不安が増してくる。心の準備が整わないままルーナ様は教室の扉を開ける。私は恐る恐る足を踏み入れて俯いていた顔を上げると緊張は一瞬にして弾け飛んだ。何故なら私の視界には……


「えぇっ!? エリク! グスタフ! どうしてここに?」


 大好きな幼馴染3人のうちの2人、エリクとグスタフが座っていたからだ。


 驚きのあまり素っ頓狂な声を出す私。


 一方、エリクとグスタフは私が学房に来る事を知っていたからニコニコと……いや、ニマニマとした笑顔でこちらに手を振っている。


 一緒に授業を受けるなら教えてくれたらよかったのに! と言いたいところだけど、他の生徒たちもいるし、何やり2人の小悪魔な笑顔が可愛いから許しちゃう。


 エリクとグスタフに負けず劣らずルーナ様も顔をほころばせており、空いている席を指差す。


「フフッ、驚いたかしら? 貴女に喜んでもらいたくてエリクとグスタフがいることは黙っていたのよ。折角だから2人の間の席に座って色々と教えてもらうといいわ」


 皆からの視線を受けて照れくさい気持ちを抱えながら私は2人の間の席に座る。私は軽く自己紹介を済ませて、他の生徒にも自己紹介をしてもらった。


 私が遅刻したこともあり、ちょうど1時間目の授業が終わるタイミングだったらしく初めての休み時間が訪れる。


 私はエリクとグスタフの顔を交互に見つめて声を掛けた。


「まさか学院でも2人に会えるなんて嬉しいよ。それにしても2人とも凄いね! 王都の特別研究員を呼んで勉強するなんて。貴族という点を差し引いても飛び級みたいなものだよね?」


 私が今回の教室に呼ばれたのはアナイン病になったから……つまり日本で言えば社会保障みたいなものだ。


 一方、エリクは19歳、グスタフは20歳という若さで特別研究員から授業を受けている……これは未成年で大学院に通っているようなものなのかもしれない。まぁ、異世界の学業事情はよく分からないけれど。


 私がテンションを上げる中、同様にグスタフも胸を叩いて豪快に笑う。


「ガッハッハ! もっと褒めてくれていいぞフィオル!」


 グスタフは凄く嬉しそう……だけど、グスタフに視線を向けたエリクは肩を竦めて鼻で笑っていた。


「グスタフを褒めちゃダメですよフィオル。僕と他の生徒たちは政治・経済・魔導学・考古学などなど金学院以上の高等学問を学んでいますが、グスタフが受けている高レベルな授業は政治分野1つだけですからね」


「そうなの? じゃあグスタフは他の分野の授業の時は一緒にいられないんだね」


「いいえ、同席はしますよ。ただし、グスタフは他の銀学院相当の授業を受ける子達と混ざる形になりますけどね。いや、銀学院相当ならまだ良い方でしょうか。数学や化学分野になるとグスタフの勉強レベルは銀学院を下回って銅学院レベルになってしま――――」


「シッー! ぶっちゃけ過ぎなんだよエリク!」


 ここでグスタフが唇に人差し指をあててバラすな! と合図をする。そんな2人のやりとりを見た私はゲーム内でも似た感じのやりとりをしていたなぁ、と思い出して嬉しい気持ちになっていた。




 この日から私の楽しい学房生活が始まった。


 エリクとグスタフは貴族としての仕事もあるから学房に来られるのは2,3日に1回で授業を受けるのも午前か午後のどちらかだったけど、病院に籠りっきりだった私からすれば同年代の友達、ましてや大好きなミーミル・ファンタジーの2人、そしてルーナ様と過ごせる生活は勉強の難しさを忘れてしまうぐらい素敵な時間だって思えたから。





 気が付けば学房生活もあっという間に50日が過ぎようとしていた。何1つ不満の無い青春を送れていた……と言いたいところだけど、1つだけモヤモヤしていることがある。それは未だにモーズさんから連絡がこないことだ。


 モーズさんに会えないってことは当然、フィオルの魂と会話ができないし、テオの事情だって深掘りできない。せめてテオに嫌われている理由だけでも知ることができれば陰りの無い青春を楽しめそうなのに。


 今日の授業中、私はいつにも増してテオとモーズさんについて考え込んでしまっていた。よっぽど深刻な顔をしていたみたいでエリクは気遣わしげな顔を私に向ける。


「どうかしましたか、フィオル? 浮かない顔をしていますが」


「ご、ごめん、大したことじゃないの。ただ、その何というか待つことしかできない悩みがあると言うか。詳細はちょっと言えないのだけどね」


 私が言葉を返すとエリクは全く追求してこなかった。本当は悩みを掘り下げたいのかもしれないけど気を遣ってくれているみたい。


 エリクは腕を組んで何やら考え込んだ様子を見せると突然手帳を開いて確認し、私に問いかける。


「だったら考え事をする時間を少しでも減らした方がいいですね。その為に遊びに行きませんか? いつでも何日でも時間は空けますから」


 人生で初めて男性から遊びに誘われた! しかも、相手は栗色の髪が似合う物腰の柔らかいイケメン! 神様本当にありがとう!


 最近はほぼ毎日学房に通っていたけど数日前にホフマンさんから『フィオルはよく頑張っているから次の祝日で3連休をとって休みなさい』と言われている。だから、デートに行くなら3連休が良さそう。


「ありがとう、エリク! じゃあ、この辺りはどうかな?」


 私はエリクの手帳を指差して3日間休みがあることを示す。エリクは顎に手を当てた後、一瞬だけ離れた位置にいるグスタフの方へ視線を向けてから再び私を見つめる。


「じゃあ、1日目は僕と2人で遊びに行きましょう。そして2日目はグスタフと遊んであげてください」


「えっ!? 2人きりで遊ぶの? 3人一緒じゃなくて? それってつまりデー……」


 てっきり3人で遊びに行くものとばかり思っていた。デートという単語を慌てて飲み込む私。自分の中で膨れ上がる恋愛的な意識をどうにか抑えないと。なのに目の前の素敵な彼、そしてゲーム内での輝かしい思い出が男性に免疫の無い私の正気を奪おうとする。


 顔どころか首まで熱くなってきた……。顔が紅くなっていないか心配になる私とは対照的にエリクはニコニコした顔で言葉を返す。


「グスタフも僕と同じようにフィオルと2人きりで話したいことの1つや2つあるでしょう。それに僕がフィオルをデートに誘うなら、グスタフにも同じように機会を与えないといけません。じゃないとフェアじゃない」


 転生してから気付いた事だけど、エリクは定期的に『フェア』や『公正』という言葉を口にする。もう10回ぐらいは聞いたかな? ゲーム内では1度も聞いたことがない言葉だから、この要素も異なる点だ。


 まぁテオの変貌っぷりに比べれば些細なことだけど、それでもやっぱりゲームと違う点が幾つも現れると気になっちゃう。


 って、何で私は変なところで冷静になってるの!? 硬直したままの私を不思議そうに見つめるエリクへ返事を返さないと。


「ありがとう! じゃあ、祝日を楽しみにしてるね」


「はい! 僕も凄く楽しみです。では、一応グスタフにもスケジュールを聞いてきますね」


 そう言ってグスタフの元へ向かっていったエリクは事情を話し、あっけなくグスタフとのデートも決定する。グスタフもまたエリクとは違うベクトルでカッコよくて逞しくて大好きだから当日は凄く緊張しそう……いや、既に緊張しちゃってるけど。




 デートに誘われた私は有頂天になる一方で気がかりなことがあった。それは今のエリクとグスタフが私のことをどう思っているかだ。間違いなく強い友愛はあると思うけど、恋愛としての好意はあるのかな?


 ミーミル・ファンタジーは恋愛ゲームにしては珍しく3人の幼馴染がスタート時点から主人公をかなり好いてくれているシステムだった。その理屈で言えば既に私は好かれているはずだけど。


 いや、好意が有っても無くても私はフィオルの人生の続きを生きると決めたのだ。フィオルと同じぐらい素敵なレディとして振る舞って、2人を悲しませないようにしないと。


 でも、中身は何の変哲もない立花スミレである事実は揺るがない――――この先、大丈夫なのかな?




 デートができる喜びと未来への不安を抱えたまま私は祝日まで勉強の日々を過ごす。


 そして、あっという間に連休初日……あらためエリクとの初デート日が訪れた!




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