【第5話】 冷たい目
突如現れたテオは私の知っているテオとは少し違っていた。
冷然とした外見は変わりない。鋭利で知性を感じさせる目つき、エリクと同じぐらいの身長とピンと伸びた背筋、青みがかった黒髪が真っすぐ肩の下まで伸びている点もゲーム内と同じだ。
だけど目の前の彼はゲーム内で培った思い出を崩してしまいそうなほどに冷たい目を私に向けている。いや、もはや冷たいを通り越して殺意すら感じるほどだ。
前々からツンデレで気難しいキャラではあったけれど、それらの要素は全て愛ゆえの言動だったし温かみがあったというのに。身に纏うオーラはもはや別物と言わざるを得ない。
正直、転生してから1番驚いている。モーズさんはテオを知っているみたいだし、まずはモーズさんを仲介する形で会話を始めたい……と、思っていたのに気が付けばモーズさんは姿を消してしまっていた……どうしよう……。
とりあえず沈黙したままじゃいけないよね? 何か喋らないと。ゲームの経験をもとにフィオルの情報を思い出そう。確かアナイン病で眠りにつく前のフィオルが最後にテオと会ったのは――――
「久しぶりだね、テオ。確か最後に会ったのは4年前のパーティーだよね?」
私が必死になって言葉を絞り出すとテオは初めて笑顔を浮かべた、もちろん悪い意味で。
「フッ、そうだったな。ずっと眠っていてくれても良かったのだがな」
やっぱりテオから感じた敵意は間違いじゃなかったみたい。明らかにテオの様子がおかしい。プレイヤーとして彼が大好きだったからこそ、この反応は本当に辛い。
だけど、フィオルならともかく立花スミレに泣く資格なんてない。それより今は感情的になっている暇なんてない、テオのことを探らないと。
「もう! 冗談きついよ、テオ。それよりテオはどうしてここに? 私が落とした本も拾ってくれているみたいだし」
「本はさっき丘の上から落ちてきたから拾っただけだ。そして俺がここにいる理由だが……ここが大事な場所だからだ」
テオは無機質に答えると私に本を手渡す。本をギュッと抱え込んだ私は礼を伝えた後に質問を続ける。
「……この墓に用があるの?」
「お前には関係ない。それより早くここから出ていってくれないか? この辺りの土地一帯はミーミル学房を含めルーナ様が管理しているものの、貸しているのは俺たちリーフション家の人間だ。お前は遅れた勉強を取り戻す為に学房へ行くのだろう? さっさと行ったらどうだ?」
テオの変わりっぷりはある意味、新キャラであるモーズさんよりもインパクトがある。刺々しい態度を取られている現状、テオが墓に用があるのかどうか聞き出せそうにない。同様に私へキツく当たる理由も聞けそうにない。
一応、モーズさんが会わせたがっていたテオと会えたわけだし、ここは一旦別れてもいいかも。エリクやグスタフの時とは全く違うドキドキを味わうことになってしまったけど仕方ないよね。
「分かったわ。誰にだって大切な物や場所があるもんね。久しぶりの再会なのに気を悪くしちゃってごめんなさい。また話せる時があれば話しましょう」
「……」
私は逃げるように視線を落とし、テオの横を早歩きで通過した。するとテオから20歩ほど離れた位置にある木の陰に1人の女の子が立っていた。
私は彼女のことを少しだけ知っている。確かテオの妹のカミラだ。ゲーム本編にはあまり登場しないけどデコを出した赤髪のボブ、狐のように鋭い目、少し長く見える目尻と長い睫毛、年齢や小柄な身体とは対照的に色気があるから接触回数が少ないものの印象に残っている。
私と目が合ったカミラは丁寧に裾をあげた挨拶をすると「お兄様がごめんなさい。悪気はないの。ただ単に一生懸命なだけだから」と意味深な言葉を呟き、小走りでテオに寄っていった。
言葉だけを聞けば良いフォローなのだけど何故だろう……カミラの目と声に温もりを感じない。かと言ってテオのような敵意を感じるわけでもない。ただただ善意でも悪意でもない無関心で空っぽな言葉に思えた。
……って、カミラの分析をしている場合じゃないよね? 学房初日は完全に遅刻だし、モーズさんも消えちゃったうえに服まで汚れて踏んだり蹴ったりだよ。
とにかく少しでも早く学房に行かないと。私は気持ちを切り替えて走り出す。しかし、走り出して僅か30秒後、再び遅刻の元凶あらためモーズさんが目の前に飛び出してきた。
「待て、スミレ。まだ連絡事項が残っている」
「うわぁっ! き、急に飛び出してこないでよ! そもそもどうしてモーズさんは急に姿を消したの?」
「……テオに会いたくなかっただけだ」
「どうしてテオと会いたくないの? それに私をテオに会わせたがっていた理由も気になるよ」
私が質問を重ねるとモーズさんはいきなり毛繕いを始めて、そっぽを向いた。
「我がテオと会いたくない理由は……言えぬ。今はとりあえずテオが敵意を持っている事実をスミレに肌で感じて欲しかっただけだ。強引な真似をして済まなかったな」
バツが悪くなった時は猫っぽい仕草をするみたい。人間味ならぬ猫味を感じるかも。
テオとカミラのことを考えると気は重くなるばかりだ。だけどモーズさんとは、それなりに上手くやっていけそうな気がする。ちょっとずつでもいいから話を聞けるように次に会う約束をしておこう。
「さっき話した通り私は別世界の人間だからミーミル領での暮らしがとても不安なの。だからモーズさんさえよければ、また色々と相談させてくれない?」
「ああ、頼まれなくてもそのつもりだ。今はまだ話せないことも多いが、いつか必ず話すと約束する。だから今後、我がスミレの部屋の窓を叩いた時は中に入れてくれればいい」
「分かった、ありがとう! それじゃあ私は学房に行くね。またね、モーズさん!」
「うむ、またな」
また会う約束ができて良かった。
モーズさんと別れた私は3分ほど駆け足で移動し、ようやくミーミル学房のある敷地に足を踏み入れた。
周りを見渡すと2階建ての木造校舎以外にも子供たちが楽しそうに走り回る孤児院と公園、校舎と同じぐらい大きな図書館、そして小さいながらも研究所の看板を立てた小屋もあって煙突から謎の紫色の煙を出している。
「ゲームをやっている時にも思ったけど立派な土地だなぁ~。子供や学習意欲の高い人たちの為にこれだけの規模の場所を用意するなんてルーナ様は本当に凄いや。よーし、私も気合を入れないと!」
私は学房と呼ぶには随分大きな建物へと移動し、入口扉へと手を伸ばす。その時、私の後ろから「フィオル!」と驚嘆に満ちた女性の声が飛び込んだ。
後ろから聞こえた声は、たった4文字でも柔らかさと温かさを感じる声質だった。私はこの声を知っている。確信を以て後ろを振り返ると立っていたのはミーミル学房の管理者ルーナ・アイギス様だった。
ルーナ様の見た目はゲーム内と全然変わってないみたい。
年齢は確か66歳で黒髪より白髪の方が多くなったポニーテールは光を反射して美しい。歳を取って一層垂れた目は薄茶色の瞳とマッチしているから温かみを上乗せしている。加えて少し小柄な体格は守ってあげたくなる魅力すら感じる……と言っても私とは比較にならないぐらいしっかりした人だけど。
私が色々なことを考えているとルーナ様は無言で私を抱きしめてくれた。私……というかフィオルの方がずっと背が高いのに、それでも赤ん坊が母に抱かれているような情愛は現実世界に残してきた両親を思い出してしまう。正直泣くのを堪えるのが大変だった。