【第4話】 感謝の言葉
「少し手順が違ってしまったが自己紹介をさせてもらおう。我の名はモーズ。黒猫でもモーズでも好きに呼ぶがいい。我は“とある目的”があって君に近づかせてもらった」
目の前の猫は盗みをしたとは思えないぐらい真面目な喋り方だ。とりあえず理由を聞こう。
「色々聞きたいことはあるけど、まずは鞄を盗んだ理由を聞かせてくれない?」
「元々、我の目的は“とある場所”へ君を誘導するのが狙いだった。その為に本を奪って丘の下にある目的地へ投げて君を導くつもりだったのだが……」
「その場所には何があるの? 私を誘導する目的は何?」
「君の質問については後で答えよう。それよりも先に我の質問に答えて欲しい。君は何故、父親から預かった大切な本よりも鞄を追いかけることを優先したのだ? 中には筆記用具とノートぐらいしか入っていないのではないか?」
おかしい……。何故、モーズさんは私がホフマンさんから本を預かったことを知っているのだろうか? 聞きたいけれど質問に質問を重ねていたらキリがない。
それに今のモーズさんの目は出会って以降、一際真剣だ。早く答えてあげよう。
「勉強の道具以外にもサンドイッチが入っているの。だから絶対に取り返さなきゃいけないと思って」
「何ッ? 本よりも食い意地を優先したと言うのか? 坂道を転がって怪我をしてまで?」
「ち、違うよ! そこまで食いしん坊じゃないって! 私が恐れていたのはサンドイッチに入っている玉ねぎを猫が食べちゃったら危険だと思って……。だって猫が玉ねぎを食べたら最悪アレルギーで死んでしまうらしいし」
「そうか、だから体を張って我を守ろうとしてくれたのか。君とは何の縁も無い泥棒猫を守るために。なかなか立派で心優しい人間ではないか。気に入った」
変な猫に気に入れられて複雑な気分だけど、今なら色々質問に答えてもらえそうな気がする。聞いてみよう。
「じゃあ次は私の質問に答えてくれる? 目的の場所、そして誘導した理由を教えて」
「分かった。では丘の下にある目的地についてから話そう。と言っても本当は我ではなく別の男を君に会わせたくて本を放り投げたのだがな。その点も下に着いたら説明しよう」
移動中、私がモーズさんに自己紹介をすると彼は「時々、屋敷の中を覗いていたから知っている。クワトロ家の令嬢だろう?」と口にした。
当然、私は盗み聞きされていたことにツッコミを入れたけどモーズさんは沈黙したまま歩き続けている。そして私たちが崖下の目的地に到着すると、そこには何故か本は落ちておらず、代わりと言わんばかりに1つの墓が建てられていた。
よく見ると墓には何故か名が彫られていないみたい。首を傾げているとモーズさんが墓石の右上と右下を同時に指で押すよう指示を出してきた。変な指示だと思いつつ私は言われたままに押すと墓石の表面が忍者扉みたいに裏返った。
普通なら仕掛けが施されていたことに驚くのだろう。でも私の目に映る墓石には仕掛けとは比にならないほどに驚く文字が刻まれていた。
『フィオル・クワトロ ここに眠る』……と。
「こ、これは一体どういうことなのモーズさん?」
「見ての通りフィオル・クワトロの墓だ。彼女は死んだ、いや、正確に言えばフィオルの魂が肉体から完全に分離してしまったと言うべきか」
「な、何を言っているの? フィオルは……いや、私は目の前で生きているじゃない!」
「下手な芝居はよせ。君は亡くなったフィオルの体に宿った別人の魂なのだろう? 信じられないかもしれないが我には『魂を見極める力』と『漂う魂と会話する能力』があるのだ。まるで異界の使者とも呼べるような力がな」
……これはかなりマズいかも。モーズさんには私が偽物だと完全にバレている。彼は私をどうするつもりなのだろう?
もしかして殺されたり牢屋に入れられたりするんじゃないかな? 肩の震えが止まらない私とは対照的にモーズさんは優しい声色で真意を語る。
「私はフィオルとそこそこ付き合いが長くてな。魂となったフィオルは残された家族や友人のことをずっと心配していた。そんなフィオルの事を私はとても気に入っている。だからフィオルの肉体に新しく宿った魂がどんな人間なのか確かめておきたかった。すまないが我は君の事をフィオルと呼べない」
「そう……だよね。見た目が同じだけで全くの別人なのだから」
「だが、これでも我は君の事を気に入っているぞ? だから君は君の思うがままに生きるといい。フィオルもそれを望むだろう」
モーズさんはかなり私を買ってくれているみたい。だけど、こんな話を聞かされたら私がフィオルの人生を奪い取っているみたいで辛い。
私は今からでも肉体をフィオルに返すべきなのではないだろうか? また死ぬのは怖いけど、元々私は死んでいる身なのだから。
優しいフィオルの為に体を渡せるのなら今からでも渡すべきなのだろう。魂の交換が可能なのかは分からないけど、お願いしてみよう。
「モーズさんは自分の事を異界の使者と言ったよね? 魂と接触できる能力があるのなら今から私の魂を肉体から取り出して再びフィオルの魂を肉体に宿すことはできるの?」
「君は直接会話をしたことがないフィオルの為にそこまですると言うのか? 大した精神力だ、尊敬に値する。しかし、それは不可能だ。魂には吸着力のような概念があるのだ。時間経過や精神の消耗により吸着力が失われれば2度と肉体には戻れない」
「……そうなんだ。じゃあ、せめてフィオルと話をさせてくれない? 墓があるということは魂もここにあるのでしょう? 通訳のような形でも構わないから。私からフィオルにありがとうを言わせてほしいの」
「我の秘術を使えば君の耳でもフィオルの声を聞く事はできる。だが、1つ条件がある。月がある程度大きく出ている日、つまり大地に妖精の魔力が満ちている日の夜にしか霊体の声を聞くことはできないのだ。だから別の日にさせてくれ」
「月齢に妖精の力……なるほど、そういう条件があるのね」
「だが月の満ち欠けや秘術に関係無く、こちらの声を一方的にフィオルへ届ける事は可能だ。今もフィオルの魂は墓にある。好きなだけ礼を言うがいい」
「うん、分かった。じゃあ私の声を聞いてフィオル。私は……立花スミレは貴女と同じように若くして命を落とした別世界の人間なの。もともと病弱だった私は――――」
私は沢山の想いをフィオルに伝えた。
今の幸せがあるのはフィオルの体があるからだということ。フィオルに貰った命だからフィオルが大切にしていた人たちの為に使うということ。両親や友人たちを悲しませない為にフィオルのフリを貫き通すこと。他にも本当に沢山……まるで謝るかのように。
一方的とはいえ気持ちを伝えられてスッキリすることができた。気持ちが軽くなって少し余裕がでてきた影響なのかモーズさんのことがもっと知りたくなってきた。改めて聞くことにしよう。
「モーズさん色々とありがとう。ようやく気持ちが落ち着いてきたから改めて質問させて。モーズさんはどのようにして生まれたの? 何故、不思議な力を持っているの? どうして私やフィオルの為にここまで頑張ってくれるの?」
「我がフィオルの友であると同時にスミレのことも気に入ったから……という理由だけでは納得しないだろうな。すまないが、その質問は答えられそうにない。何故なら我自身が自分のことを部分的にしか分かっていないからだ。加えて今の我には言いたくても言えないことがあるのだ」
秘密にしたいことではなく“言いたくても言えない”という点が気になる。そこにモーズさんの優しさや葛藤が詰まっている気がするから。
今はこれだけ話してもらえただけでも良しとしよう。じゃあ次でいよいよ最後の質問にしよう。
「では最後にこれだけは教えて。モーズさんが会わせたがっていた男の人って誰なの?」
「その質問については間もなく答え合わせができるだろう。何故ならアイツがこっちに近づいている気配がするからな」
「え?」
モーズさんは視線を私の後方に向けることで近づいてくる者の方向を示した。意表を突かれた私が慌てて後ろを振り向くと、そこには崖下に落としたはずの本を手に持つ1人の男性が立っていた。
私は目の前の男性とは初対面だけど彼の名前を知っている。何故なら彼は……
「テオ……どうしてここに?」
ミーミル・ファンタジーの攻略対象、最後の1人――――テオ・リーフションなのだから。