【第18話】 ミトの屋敷へ
「おーい! 港町シレーヌが見えたぞぉー!」
食糧補給後に海岸から出航して早3日。夏の日差しが降り注ぐ昼下がりの甲板に船員さんの声が響く。船室から出た飛び出た私とエリクは船首から南方向を見つめた。
数km先には青く澄んだ海を手前に白い石畳の道が伸びる美しい町がある。港には風にたなびく帆と、高くそびえるマストの群れ。ここが港町シレーヌ。
私たちが船を泊める北端には旅人たちの集う宿屋、海辺の風景を楽しむ広場、露店の酒場があるみたい。初めての場所に感動する私を見た船員さんは「シレーヌは情報と希望を求める者たちで賑わっているんだ」と語ってくれた。
どうやらシレーヌは陸・海問わず物流が盛んで旅の始まりや中継地点としても大人気らしい。盛んな物流の中には数多くの本も輸出入されているみたいで港にいる人たちをじっくり観察してみると読書を楽しんでいる人が多い。
船を港につけた私たちは未だに体を動かせないグスタフを担架に乗せて陸地に足を踏み入れる。
グスタフは昨日の晩になってようやく意識が回復して少しだけ会話することができたけど、体が動かせるようになるまではあと最低7日はかかるらしい。本格的に診てもらった方がいいということになり、少し遠くの町の医者のところへ行くみたい。
看病など諸々ドルフさんに任せることになったから次に会えるのは上手い具合に回復したとしてもシレーヌから出港する時ぐらいかな。
旅の目的はミトさんと会うことだ。だけど欲を言えばミトさんと会った後に皆で観光したかったからグスタフが一緒に行けなくて本当に残念。
でも、落ち込んでいる私とは対照的にグスタフの表情は晴れやかだった。むしろ彼はエリクのことを気に掛けていたようで震える腕を上げて手招きする。
「エリク、昨晩のことだが正直俺は未だにピンときていない。それでもお前が気になるならやっておけ。どっちに転ぶとしても動かないで後悔するよりマシだ」
グスタフは何のアドバイスをしているのだろう? それに昨晩のことって何? エリクはいつも以上に真剣な顔で頷いているから大事な話っぽいけど。
担架で運ばれるグスタフを見送ったところで私はエリクに「何の話をしていたの?」と尋ねた。エリクは少し間のある微笑みを返す。
「いえいえ、大したことではありませんよ。それより僕たちは旅の目的を果たさないと。ミトさんの屋敷へ向かいましょう」
不安にさせない為の笑み、そして誤魔化すように話題転換されたってことぐらい私でも分かる。優しいグスタフとエリクなら内緒話をされても心配する必要はないのだろうけど、何故か今日は不安な気持ちが膨らんじゃう。
ミトさんと会うから緊張しているのかな? 気持ちを切り替えないと。
エリクの後をついていくと彼は高台にある屋敷の前で足を止める。どうやら目の前にある平たくて大きな石造りの屋敷がミトさんの住む屋敷らしい。
庭先にいた庭師に案内されて屋敷の中へと入れてもらった私たち。ちょうどエントランスに立っていた真面目そうな青年の執事にエリクが声を掛ける。
「突然お邪魔してごめんなさい。僕たちはミーミル領から来たのですがミトさんはいらっしゃいますか?」
「ん? あ、貴方がたは確かエリク・ロンギーク様とフィオル・クワトロ様でございますね? とても有名な方々なので存じ上げております。今、お茶をお出ししますので応接間でお待ちください」
「あ、その、ミトさんと少し話ができればそれで……」
エリクの呼びかけも虚しく執事は奥へ行ってしまった。近くのメイドさんが応接間に案内してくれて、お茶を頂くこと30分。まだミトさんは姿を見せてくれない。何かあったのかな?
私だけじゃなくエリクもソワソワしていると、ようやく応接間の扉が開く。だけど、現れたのはミトさんではなく、さっきの執事だ。しかも、謎の紙の束を手に持っている。
「お待たせしました。エリク様はミト様と話がしたいと仰っていましたね?」
「はい、話と言っても数点お伺いしたことがあるだけなのですが。もしかしてミトさんは今、お忙しいのでしょうか?」
30分も待った訳だから至極当然な質問を投げかけるエリク。すると執事は沈痛な面持ちで目線を下げ、衝撃の言葉を口にする。
「実は……ミト様は10日ほど前にお亡くなりになられたのです」
「え? そんな……一体どうして。病気か何かですか?」
「一応、医師の見解では病死扱いとなっております。ですが、よく分からないというのが正直なところです。詳しくはこちらの資料を見てください」
執事は手に持っていた紙を机の上に広げた。そこには症状が詳しく書かれている。
ミトさんはある日を境に皮膚が少しずつ硬くなり、皮膚の色が濃くなって斑模様が浮かび、100日ほどかけて内臓に異常をきたして亡くなってしまったらしい。
同じような症状で亡くなった人はこれまでほとんどいなかったらしいけど、5年前や10年前など、ごくまれに同じような亡くなり方をする人が現れたケースもあるみたいで原因などは一切解明されていないみたい。一応、学者の間ではパクタム病と名付けられているとのことらしい。
これだけ同じ症状の人が少ないなら感染症ではないと思う。同じく毒キノコみたいなものを食べて亡くなったケースでも無さそう。毒キノコとかなら遅くても、その日のうちに苦しみ始めるはずだから。じわじわ蝕むタイプの毒を持つ食材を摂取していたとしても違和感を覚えて食事そのものを変えるはずだし。
話を聞けなかったことは残念だけど仕方がない。屋敷の人たちの仕事を邪魔してもよくないから一旦帰ろう。
「私たちのせいで辛い事を思い出させてしまい申し訳ありません。色々と教えて下さり、ありがとうございました。それでは失礼しますね」
「お待ちください! おふたりにはまだお伝えしたいことがあるのです。いえ、お願いしたいことがある、と言った方がよいでしょうか」
「お願いしたいこと?」
「はい、無理のない範囲で構いません、ミト様の死に関連のありそうな情報があれば教えていただきたいのです。これはミト様の夫でありルスコール家の主人でもあるクラント様の望みなのです。さきほど、お2人の名を出しましたら協力を仰ぐよう指示を受けました」
「クラントさんの意思ですか。なるほど、クラントさんに意見を仰ぎに行き、資料の準備をしていたから応接間へ戻るのに時間がかかったわけですね。ちなみにクラントさんは今、どちらに?」
「……クラント様は現在、屋敷から少し離れたところにある病院で療養されております。実はクラント様も現在、ミト様と同じパクタム病に罹っておりまして……」
「えっ……それって……」
5年で1人程度しか発症しない病気を夫婦が発症するなんて、あまりにも低確率すぎる。エリクも同じことを考えていたようで資料を見つめながら呟く。
「僕にはどうしても何かトリガーあるとしか思えません。原因究明にはもちろん協力します。ですので、よろしければ屋敷内の物品や資料、それとミトさんに関係のある人への聞き込みを行ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです! 屋敷にある物は全て自由に調べてもらって構いませんので、よろしくお願いします! ミト様の私室の鍵をお渡ししておきますね。船に乗って帰るまでに返していただければ」
執事は深々と頭を下げて応接間から去っていった。ミトさんが亡くなっていた事実は衝撃的だし悲しいけれど道が途絶えた訳ではない。エリクと2人で頑張って調査を進めよう。
私たちは早速ミトさんの私室がある屋敷の北エリアへと足を運ぶ。鍵を使って中に入ると、そこには書斎と錯覚しそうな程に沢山の本が並べられていた。
私たちは手分けして片っ端から本、日記、仕事の資料などを調べ続けた。蓄音機で聞いた会話の内容や謎の症状に繋がる情報が中々出てこなくて焦りが募る。何故かスペースが大きく空いている棚があるけど、そこに置いてあった本に書いてあったのかな? だとしたら何処に持ち出されたのか突き止めたいところだけど……。
調査中、突然驚きの声を漏らしたエリクは1冊の日記を手に取って一節を指差す。
「これを見てくださいフィオル。驚きの繋がりを発見しました」
日記にはこう書かれている。
――――突拍子もない話を聞かされて驚くばかりだ。それに、お転婆で優しいフィオルちゃんがアナイン病に罹ったという知らせは幼少期のフィオルちゃんとしか関わったことのない私ですら凄く悲しい。
――――でも、久々にルーナ姉さんと会って沢山話を出来たことだけは嬉しい。ルーナ姉さんが21歳の時に9歳の私が養子に出されて以降、物理的に離れてしまってからは関わる機会も名目も失われてしまい、5~10年に1度しか会えない状況が続いていたから。
――――とはいえルーナ姉さんはミーミル領の英雄、大聖母と呼ばれているような人物だ。私じゃなくても頻繁に関わりを持つ関係になるのは難しいのだけれど。今回の件で私がルーナ姉さんの役に立つことができそうでとても嬉しい。
驚くことにミトさんはルーナ様から見て歳の離れた妹だった。それに日記の日付は蓄音機で録音された2年前と同時期みたい。これは一体どういうことだろう?




