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【第1話】 ゲームとの違い



 頭が重くてボーっとするし、視界も真っ暗……これが死後の世界なのかな?


 高校に入学以降、ほとんどの時間を病院のベッドの上で過ごしてきた私『立花 スミレ』は17歳の夏……遂に生を終えてしまったみたい。


 思えば病弱な身体のせいで高校生になってからは勉強、もしくは携帯ゲーム機で遊ぶことしかしてこなかった気がする。最後にうっすらと見えたのはお父さんとお母さんの泣き顔だった。私がいなくなった後の2人が心配だなぁ。


 いや、今は家族の心配よりも自分の事を考えないと。私は天国にいけるのかな? それとも地獄? もしかしたら幽霊になって地元を彷徨っちゃうのかも。


 死後の世界なんて当然どうなっているのか分からない。今のところは意識があって思考することは出来るみたい。だったら、何か行動できてもおかしくないよね?


 まずは糊を塗ったみたいに閉じてしまってる瞼を開かないと……ってアレ? そもそも死後の世界って瞼がくっ付いたりするものなの? まるで生きているみたいだけど……。それに鳥の鳴き声も聞こえてくる。


 もしかして私はまだ死んでいないの? 期待と困惑に満ちた私の体は気が付けば上半身を起こし、無理やり瞼を開いていた。


 私の目の前には当然病院の壁がある……はずだった。しかし、意味不明なことに視界に映っていたのは中世ヨーロッパ貴族の私室を彷彿とさせる豪華な部屋だった。


 金箔の縁取りに精巧な彫刻が施されていたり、高くそびえる天井から吊るされた煌びやかなシャンデリアには無数のクリスタルが揺れ、光を優雅に反射している。


 現実にある私の実家とは大違いだ。床にゴルフボールを置いたら転がってしまうぐらい物理的に傾いているし、窓だって斜めになっていて建付けが悪いというのに……。


 病院でもなければ実家でもない異常な状況みたい。でも不思議と今いる空間に既視感があって落ち着いている自分がいる。奇妙な感覚だけど考えたって答えは出ない。今はとにかくここがどこか調べないと。


 私は立派な両開きの窓を開けて外の景色を見つめる。正面方向には美しい青緑の海、右手側には背の高い木々が並ぶ森が広がっている。


 左手側には荘厳さと活気が交錯する石畳の街並みが広がっていた。街の通り沿いには古いけどしっかりとした造りの建物が並んでいる。それぞれの家々は厚い石で組み上げられた威厳ある外観を持ちながらも、外で話す人々の温かな表情で中和され、のほほんとした雰囲気の街に見える。


 いかにもファンタジー系ロールプレイングゲームって感じの景色だ。当然、地元どころか日本ですらないみたい。だけど私はこの景色に見覚えがあり、何処なのか確信が持てた。


 今、立っている場所――――それは私が生前に遊んで遊んで遊びまくった恋愛シュミレーションゲーム『ミーミル・ファンタジー』のフィールド……つまりミーミル領で間違いない、と。


 ミーミル・ファンタジーは会話の選択肢を選んで攻略対象の好感度を上げるシステムがゲームの肝になっている。ただ、大事なのは選択肢のチョイスだけではない。色々な場所へと移動できるし、アクション性も兼ね備えているから会話以外の要素も攻略に関わってくる恋愛ジャンルにしては一風変わっているゲームだ。


 女性主人公である貴族令嬢フィオル・クワトロを操作しながら攻略する男性は3人存在し、全員が個性的で素敵な人達だ。彼らと過ごしたミーミル・ファンタジーでの時間は私の青春と言っても過言ではない。と言っても私は今でも高校生なのだから青春を語るには早すぎる気もするけれど。


 私は確かに病気で命を落としたはず……もしかしたらゲームの世界に来られたのも不幸な私を見かねた神様が粋な図らなをしてくれたのかもしれない。


 いや、まだ油断は禁物だ。異世界転生系の小説だとヒロインではなく悪役令嬢に転生するパターンが結構ある。だから一応、鏡を見て確かめておかないと。


 私は近くにある豪華な化粧台の鏡を覗き込む。そこには私の不安を吹き飛ばしてくれる美しい女の子――――改め主人公(ヒロイン)である『フィオル』が写り込んでいた。


 フィオルはゲームと同じで蜂蜜色の髪を揺らしてキラキラと光を反射している。髪型はストレートの姫カットで目も大きく真ん丸で睫毛が長く、瞳の色は薄く美しい水色だ。


 雪のように白い肌に加えて、少しだけ童顔な顔立ちが庇護欲をそそるビジュアルをしている。生前は兄から『座敷わらしみたいだな』と言われていた私からすれば憧れの容姿だ。


 今日からフィオルになれるなんて本当に嬉しい。思えばミーミル・ファンタジーを購入するきっかけになったのもヒロインであるフィオルの見た目と名前に惹かれたからだったし。


 フィオルという名前はノルウェー語で『(すみれ)』という意味だ。私の名前でもあるスミレと同じだから、転生は運命だったような気がして堪らなく嬉しい。


 嬉しい気持ちが抑えきれなくなってきた私は気が付けば鏡の前でクルクルと回り、フィオルの美しさを堪能していた。だけど鏡に映るフィオルを見た私は1つの疑問を抱く。


「あれ? ゲームから少し見た目が変わってる?」


 違和感の正体、それはフィオルの身長がゲームより高いという点だ。ゲーム内のフィオルは公式設定で152㎝だったはずだけど今の私は165㎝ぐらいはあると思う。それに声もゲーム内より更に透明感が増して、可愛らしい声質になってる気がする。


 そもそもフィオルの身長が低いのにだって理由があった。確かフィオルの設定にはベッドで目を覚ますゲーム開始時点までアナイン病という病で4年間眠っていた過去がある。最悪の場合、目覚めないことすらあるアナイン病の影響でフィオルは15~18歳ぐらいまでの成長期に食事を沢山とることができず、成長が阻害された背景があるのだから。


 妙なところで作りが雑なのが気になる……。でも、フィオルになれたのだからオッケーだと思うことにしよう。それより今はゲームとの相違点よりもずっと大変な問題がある。それはもうすぐフィオルの部屋に入ってくると思われるメイドとの接触だ。


 ゲーム通りの流れならフィオルの目覚めに驚いたメイドがまずフィオルの母親に報告するはず。その後、母親と目覚めを喜び合った後、更に攻略対象である3人の男性が一斉に会いに来るはずだ。


 となると急いで身だしなみを整えて……いや、フィオルの最強ビジュアルがあるからスッピンでも問題ないかな。むしろ問題なのは私の言葉遣いや所作だ。


 できるだけフィオルの言動をシュミレーションしておかなければ――――などと考え始めた矢先、無情にも部屋の扉が開き、若くてかわいいメイドさんが足を踏み入れる。


「失礼します。今日も寝ているフィオル様の体を拭かせていただきま……えっ? うそ!」


 手に持っていたトレイとタオルを床に落とし、両手を口に当てたメイドは大粒の涙を零す。


「フィ、フィオル様……ついに、目覚めてくださったのですね……」


「はい……じゃなくて、うん。随分と心配をかけてしまったみたいだね。この通り、今の私は完璧に復活できたよ」


「うぅ……私、これほど幸せな日はありません……あっ! そうだ、すぐに奥様へ伝えてまいります!」


「あっ、ちょっと待って――――」


 制止の声など全く聞こえていないメイドは屋内とは思えないダッシュで去って行ってしまった。それだけ喜んでもらえるのは嬉しいけど次のイベントに対する心の準備が全く整っていない。


 ちなみに猛ダッシュしていたのはフィオルの母親も同じだった。貴族とは思えないドタドタした足音を奏でながらフィオルの母は私に無言で抱き着いてきた。抱き着かれて顔が見えなくても彼女の喜びが伝わってくる。


 フィオルの母は抱擁を解くと、すぐに私の上半身をゆっくり倒して「病み上がりだから、まだ横になってなさい」と優しい声を掛けてくれた。


 確かフィオルの母親はブリジットって名前だったかな。ゲーム内ではほとんど出てこない人物だから最初は対応できるか不安だったけど真っすぐな母親の愛を前にしたら心配なんて吹き飛んじゃったよ。


 むしろ、私はフィオルではなくスミレだから“偽物でごめんなさい”という気持ちが湧いてくる。そんな私を尻目にブリジットさんは勢いよく私が目覚めた喜びを語り続けている。


 ブリジットさんの弾んだ声が響く中、部屋の壁掛け時計が夕方5時を知らせる鐘を鳴らし始める。ゲームだとそろそろブリジットさんが攻略対象である3人の男性を呼んでくる時間だ。


「あら、もうこんな時間なのね。あと30分もしたら、いつものようにエリク君が見舞いにきてくれるはずよ。私が感動の再会を邪魔するわけにはいかないわ。離れておくわね、ふふふ」


 ブリジットさんはまるで恋バナに群がる女子の様なテンションで笑っている。それだけエリクのことを信用していて恋仲になって欲しいのかもしれない。


 ブリジットさんが部屋から出ていくのを見届けた私はそわそわしながらエリクが来るのを待ち続けた。30分後、私の部屋に入ってきたのは頭の中に描いている美青年よりも更にカッコいい姿になった青年貴族エリク・ロンギーグだった。


 彫刻の様な美しい顔立ち、無造作に整えられている栗色の髪、薄緑で少し垂れた目、どこを見ても素晴らしい。優しそうな顔立ちも相まって犬の様な可愛さも感じる。2次元キャラが3次元に降り立った破壊力に興奮と緊張が止まらない。


 少し高めの身長と剣術訓練によって意外とゴツゴツした手もゲーム内と変わっていないみたい。柔らかい印象と反する逞しさが堪らない。正直、3人の攻略対象の中でエリクが1番好きだったから嬉し過ぎて泣いてしまいそう。


 私が必死に涙を堪えているとエリクは異変を察したみたい。挨拶よりも先に目線を寝ている私に合わせると眉尻を下げて呟く。


「大丈夫ですかフィオル? 目覚めの知らせが嬉しくてすぐに駆け付けてしまいましたが、体が辛ければ日を改めますよ?」


 まさか“熱狂的に推していたイケメンと出会えた喜び”で泣きそうになっているなんて言えるわけがない。本気で心配してくれているエリクに申し訳ない気持ちが湧いてきた私は首をブルブルと振って笑顔を浮かべる。


「ごめんなさい。私もエリクに会えたのが嬉しくて上手く感情を表せなかったの。今日は会いに来てくれて本当にありがとう」


「体の調子が悪いわけではないのですね、よかったです。では、改めて言わせてください。復活おめでとうございます、フィオル」


 エリクはまるでゲーム内のイベントCGみたいな満面の笑みを私に向けてくれている。それだけで嬉しくて浄化してしまいそうだけど、今の私はプレイヤーじゃなくてフィオルなのだから、ちゃんと対応しないと。


「ありがとうエリク。もし、時間が大丈夫ならしばらくお話ししない? 私が眠っていた4年の間に何があったのか教えて欲しいの」


「分かりました。では時系列順に話しますね」


 そこからエリクは色々なことを話してくれた。


 今のエリクも他2人の攻略対象も貴族として一生懸命に働いていること、街に出来た新しい店のこと、最近特に力を入れている仕事は西部の未開拓森林地帯の調査であること等など……ゲーム内では知り得なかった情報も色々と知ることができた。


 逆に言えば相当やり込んだはずのゲームなのに知らない情報がいっぱいあって驚きだ。フィオルの身長の件もそうだけど幾つかあるゲームとの相違点も気になる。


 この世界は死んだ私が見ている都合の良い夢の様なのかもしれない……最初はそう考えていたけれど、それにしたって何かおかしい。


 色々なことを考えているとエリクは突然ハッと何かを思い出したような表情を浮かべ、私に問いかける。


「そういえばフィオルが起きたら聞きたかったことがあるのです。フィオルは体が本調子になったら何かやりたいことはありませんか? 例えばミーミル川の研究の続きとか」


「……ミーミル川の研究の続き……って何?」


「えっ? フィオルはアナイン病で眠ってしまう前まで頻繁に川の水質や生き物の研究をしていたじゃないですか」


 マズい……またイレギュラーが発生したみたい。プレイヤーが知らない情報を当たり前のように語られちゃうと私が偽物だとバレてしまう……。どうすれば誤魔化せるのだろう。私が必死に頭を捻っているとエリクは申し訳なさそうに頭を下げる。


「すいませんフィオル。アナイン病には個人差があることをすっかり忘れていました。確かアナイン病は記憶が断片的に失われてしまうことがあるらしいですからね。だから恐らくフィオルも大好きだった研究のことを忘れてしまっているのでしょう」


「えっ? ああ、うん、そうかも。何か記憶にぽっかりと穴が空いているような感覚があるんだよね、うんうん!」


「特にフィオルはアナイン病で眠っていた期間が長かったから症状が重たいのかもしれませんね。でも安心してください、記憶が戻る可能性は充分にあるらしいですから。それに思い出せなかったとしても僕とグスタフが忘れている過去について幾らでも教えますから」


 不幸中の幸いというべきかな? これなら記憶喪失キャラとして誤魔化しが効きそう。攻略対象であるエリクとグスタフもゲーム内と変わらず世話焼きで優しそうだから一安心――――あれ? 何で今、エリクはもう1人の攻略対象の名前を出さなかったのだろう?


 そもそもミーミル・ファンタジーはフィオルが4年の眠りにつく前から仲の良かった“3人の幼馴染の男性と愛を深めていくゲーム”のはず……。なんだか無性に胸がざわついてきた私は3人目の彼の名前を口にする。


「ねえ、エリク。さっきテオの名前が出ていなかったけど彼は忙しいの? また4人で仲良く遊びたいわ」


 問いかけられたエリクは目線を下に向けると険しい顔で告げる。


「驚かないで聞いてください。テオは2年ほど前から突然見舞いに行かなくなってしまったのです。僕とグスタフは4年間、来られる日は必ず来ていたのですが……」




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