6.漂流と収集
高校を去った翌週、私は港湾地区の運送会社に日雇いで雇われた。
夜明け前、港のクレーンが鉄を軋ませ、海鳥の鳴き声に混じって船舶の汽笛が響く。
空気は油と潮の匂いが混ざり、靴底には常に細かい砂がまとわりついた。
荷役作業は単調で、肉体は疲れるが、頭は空いたままだ。
その“空白”を、私は別の方法で埋めるようになった。
運搬中のコンテナには、時折、医療器具や工業部品の廃棄品が紛れ込んでいた。
ピンセット、鉗子、メスの刃、計測器——新品ではないが用途は明確だ。
処分場へ回す途中、私はそれらをポケットや鞄に忍ばせ、家に持ち帰った。
押し入れの奥に小さな木箱を置き、道具はそこに並べた。
一つ増えるたびに、内部は静かに形を変えていった。
港の仕事は半年ほどで終え、紹介を受けて解体業者へ移った。
そこでは大型の冷凍庫と切断機を扱い、肉と骨を迅速に分ける技術を覚えた。
牛や豚の半身を吊り下げ、チェーンソーのような刃を通す。
刃が骨に触れる瞬間の抵抗、断面に走る白い線、露出した髄。
そうした一つ一つの感触が、私の指先に“確かさ”として残った。
やがて私は、廃棄される肉や魚の一部を持ち帰るようになった。
腐敗は進んでいたが、私にとっては練習台だった。
キッチンの作業台にビニールシートを敷き、金属トレイを並べる。
骨格を崩さずに肉を削ぐ、関節ごとに切り離す、刃を替えて皮を剥ぐ——
夜な夜な、作業手順を紙に記録し、効率化のための順番を改良した。
同じ形の切断面を出すために、冷却時間や刃の角度も試した。
例えば鶏の足を完全に関節から外すには、骨の溝に沿って刃を滑らせるのが最も速い。
魚の頭を落とすには、鰓蓋の裏から刃を入れた方が骨の欠けが少ない。
そんな“答え”を見つけるたびに、私のノートは黒々とした文字で埋まっていった。
給料は安く、生活は質素だったが、道具と書籍だけは惜しまず金を使った。
獣医学書、人体解剖図、廃棄医療書。
古書店を巡り、大学の研究棟から出る廃棄品の収集日を調べ、誰も見ていない隙に拾った。
自室は金属の匂いと紙の古臭さ、そして乾いた骨の甘い臭気が混ざる空間に変わっていった。
私は、まだその道具を“本来の対象”に使ってはいなかった。
だが、この習慣がいつか役立つことを、心のどこかで確信していた。