4.高校生活の始まり
高校に入学した日、真新しい制服の布地は、やけに薄っぺらく感じられた。
周囲の同級生たちは、新しい生活に浮き足立ち、部活や交友関係の話に夢中だ。
私は、その光景をガラス越しに眺めるような気分でいた。
自己紹介では、名前と中学名だけを言った。
笑顔も愛想もないそれだけで、十分だった。
数列離れた机の向こうから「ちょっと怖いよな」という囁きが聞こえたが、無視した。
——学校では、普通の生徒を演じる。
——放課後は、別の時間を生きる。
四月の終わり、通学路から外れた公園に、灰色の野良猫がいることに気づいた。
片耳が裂け、痩せているが、動きはまだ鋭い。
何日か観察を続け、出没する時間や行動パターンを把握した。
その間に、道具を用意する。
コンビニ袋に、細かい砂利と百円硬貨を混ぜて詰める。
手首のスナップだけで致命的な打撃を与えられ、袋ごと処分すれば証拠は残らない。
こういう準備をしている時間が、昔から嫌いではなかった。
放課後、人通りの途切れた時間を選び、公園へ向かう。
猫は、いつも通り植え込みから出てきた。
私はしゃがみ込み、呼び寄せるふりをして距離を詰める。
一瞬の間に袋を振り抜いた。
鈍い音がして、猫の体が地面に崩れる。
痙攣が数度、そして静止。
鼻先から血がにじみ、土の上に濃い染みを作った。
袋に猫を入れ、そのまま自室へ持ち帰る。
部屋の窓を閉め、机の上に広げる。
水道から汲んだぬるま湯をボウルに注ぎ、汚れと血を洗い流す。
毛皮が湿って重くなり、指先に張り付く感触が妙に心地よい。
棚から取り出した医療廃棄品のメスで皮を剥ぎ、筋肉と骨格を露わにする。
教科書で見た図解よりも、ずっと鮮明で、ずっと美しい。
骨は漂白用の薬液に浸け、肉は小分けにして袋へ入れた。
肉は捨てるが、骨は残す。これは私の“収集品”になる。
作業を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。
窓を開け、換気扇を回し、机の上を消毒する。
誰かがこの部屋を覗いたとしても、ただの生活空間にしか見えないだろう。
翌日、公園から猫の姿は消えていた。
だが私の棚には、新しい骨格標本が一つ加わった。
それを見下ろしながら、私は制服のネクタイを締め、何もなかった顔で学校へ向かった。