38.令和22年4月3日 午前0時19分
3件目の犯行は、私の中では珍しいものになるだろう。
計画していない。
選んだわけでもない。
それでも、この騒がしい夜が続けば、
きっと私は、ここで“例外”を作ることになる。
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夜は静かだった──少なくとも、本来ならそうあるはずだった。
自宅の前は小さな住宅街で、普段は人の気配も薄い。
街灯が作る淡い円の中、風が吹けば砂利が擦れる音すら拾える。
そんな場所で暮らすことを選んだのは、
雑音のない環境が欲しかったからだ。
机に向かい、積み上げた画集の一冊を手に取る。
17世紀の宗教画と解剖図が交互に収められた本だ。
皮膚を剥がれた人体の構造と、神に救済を乞う魂の姿が
同じページの中で静かに並んでいる。
ページをめくるたび、筋肉と骨格の線が緻密に描かれ、
その上に重ねられた影と光が、妙な安らぎをもたらした。
画家たちは神の意思を表現したつもりだろう。
だが、私には“分解図”にしか見えない。
「肉体と魂は切り離せる。
それを最も正確に描いたのは、宗教画家たちだった。」
指先で紙の縁をなぞり、わずかな凹凸を確かめる。
視界は静かで、空気は整っていた。
──そのはずだった。
だが、数週間前から、この静寂は乱され続けている。
低いエンジン音が地面を震わせるように響き、
そこに混じる甲高い笑い声、意味のない叫び声、
ガラス瓶を割る乾いた音。
安いヒップホップを流すスピーカーの音が、
マフラーの爆音と混じって耳障りな不協和音を生んでいた。
窓を閉めても、鼓膜を突き抜けるほどの音量だった。
空き地には数台のバイクが並び、
若い男たちが夜を切り裂くように騒ぎ立てている。
マフラーから立ち上る白煙が街灯に照らされ、
それが揺れるたびに笑い声がさらに増幅されるように感じた。
「うぇーい!」「もっと回せよ!」
下品な声が夜気を裂く。
誰かが空き缶を蹴り上げ、それがガランと乾いた音を立てて地面を跳ねた。
リーダー格らしい一人がバイクに跨り、
仲間に大声で指示を飛ばしていた。
金髪、派手なジャケット、ピアスが街灯に反射する。
煙草を片手に、煙を吐き出しながら笑う顔。
騒ぎの中心にいるのは、決まって彼だった。
最初の数日は気にも留めなかった。
窓を閉めれば済む程度の、ありふれた雑音だと思っていた。
だが、一週間も続けば話は別だった。
眠りは浅くなり、目が覚めるたび、
耳の奥で笑い声が反響するようになった。
静寂が乱される感覚は、体温を奪うようにじわじわと広がる。
私は窓辺に立ち、ガラス越しに空き地を見下ろす。
一度、観察を始めると目が離せなくなる。
声の抑揚、仲間との距離感、笑い声のタイミング。
視線の動き。
立ち姿勢。
全部を拾ってしまう。
対象としては不適格だ。
仲間が多すぎる。
家族もいるだろう。
失踪すれば必ず騒ぎになる。
条件には合わない。
……そのはずだった。




